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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
134/239

134. 迫る時

「まだ竜の時の方がずっと小さいよ!」


 ラスタの「なんで」に正面から対するのを避けたナギの抗弁は、だいぶ子供じみていた。ただ竜の方のラスタの大きさは今中型犬くらいだったから、「あまり変わらない」は、実際言い過ぎだった。



 今はよくても、ラスタの次や次の成長が、ナギは怖い。



 人の方のラスタの姿が一気に10歳くらいの見た目になったのを見た時、心の片隅に、ナギは衝撃を感じた。



 ナギが予想していた以上に、竜人少女の、人の姿の成長が早かった。



 次の成長の時には、もうミルと同じくらいになってしまうのかもしれない、と思う。



 ラスタの突然の疑問にナギはかなり動揺していたが、青い瞳は続けて、ナギが想像もしなかった質問を投げて来た。




「ミルならいいのかっ。」

「ミルでも、駄目だよ!」




 全く予想外の質問に動転し、少年はまた反射的に答えてしまっていた。




「………そうなのか?」




 回答が意外だったのか、少女の声が戸惑っている。

 ナギの思考は言葉に、後から追い着いた。



 口を突いて出た言葉は、間違いではなかった。



  自分とミルは結婚している訳でも交際している訳でもないんだから、

  実際駄目だと思う。



 竜人の聴力が人間の数倍とかではなさそうでよかった。


 自分の心臓の音が聞こえてしまうんではないかと焦りつつ、唾を飲み込みながら、ナギは少女にうなずいた。


 少女の瞳が、ぱあっと明るくなるのを感じる。



「ならいい!」



 青い瞳しか見えていないのに、ラスタの感情はどうしてこんなに分かり易いのだろう。

 声から怒りの色が消え、竜人の少女はたちまち機嫌を直したようだった。



 束の間の緊張が去って、ナギは床に手を付きそうになった。

 体から力が抜ける。



 「獣人の記憶」の範囲にまた懐疑の念を抱いたが、よく考えてみたら、竜のラスタに身の危険なんてないのかもしれない―――――――――危険があるとすればラスタに手出しする側で――――――――――――――――場合によったら好き合ってる男すら踏み出すと命が危なくならないか?とやっぱりちょっと疑問に思う。




「――――――だが、ナギ。」


 闇の向こうで、再びラスタの声がした。

 珍しく、少し躊躇ためらうような口調だった。



「もう少ししたら、竜の体の方が大きくなるぞ。」

「―――――――――――――――――――――」



 告げられた言葉に、ナギは心と表情が強張るのを感じた。



 大きさだけではなく、重さの問題もある。


 いずれラスタは竜の姿では、この「部屋」で寝られなくなるだろう。



 少年は、静かに尋ねた。


「あとどのくらい先のことか、分かる?」

「うむ……次の次、くらいか?――――――――多分、食べる物にも困る。」

「食べる物?」

「人の姿の時は人の食べる量で足りるが、竜の体は大きくなれば、その分食べる量も増える。大型の獣を狩らなきゃ、足りなくなる。」



  食べ物も―――――――――――――――



 愕然とする思いだった。

 「消える力」を手に入れてから、ラスタは食糧を自分で調達してくれていたから、食べ物のことは考えていなかった。



 これまでラスタは最短で三カ月、最長で半年で、次の成長を迎えている。

 もし同じようなペースで成長するのなら、その時が来るのは、最短で半年後――――――――でもその日にはもうここを脱出して、三人でヤナに帰り着いている筈だ。



 青い瞳の少女に、ナギは無言でうなずいた。







 あの小さなカップは、三つじゃ足りなかったかもしれない。


 暗闇で、ナギは地下牢にいる少女のことを想った。



 ラスタが瞳を閉じてしまうと、牛小屋の中もほとんど真っ暗だ。

 外に明かりが漏れるとまずいので、ラスタが火を作れるようになってからも、牛小屋では火を使わないようにしてきた。

 雑穀と水と牛乳があるから、火があれば本当はパンのような物も作れる筈だけど、やってみたことはない。



 黒竜はナギの左にぴったりと寄り添って、静かな寝息を立てている。

 相変わらず抜群に寝付きがいい。



 竜のラスタは喋れないから、不便ではあるのだ。


 初めて自分以外の人間と話したラスタの気持ちを、今夜はもっと聴きたかったとは思う。


 ラスタが嫌でなければ、自分とミルの間で伝言を仲介してくれたりすると助かるのだが、とも思う。



 竜は静かな寝息を立てていた。




  温かい。




 黒竜の静かで規則正しい寝息は、一年以上の間、ナギに深い安らぎを与えてくれた。




 暗闇に手を伸ばし、少年は隣で眠る黒い竜の頭をそっと撫でた。




  あと半年―――――――――――――――――――




 胸に微かに痛みを感じる。







 でもずっとこのままでは、いられない。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 周囲の全ての部屋から人払いをした場所で、ゴウル=ゴルチエは、金褐色の髪の男と向き合っていた。ほかに人はいない。灯りも円卓の上の燭台一基だけだ。


 向き合う男は、耳から上の髪を後ろで一つにまとめていた。背中に届くなめらかな髪は、男にしては長い。ヴァルーダ人の男は髪を伸ばす慣習がないので男のその髪形は珍しかったが、秀麗な顔立ちにはよく似合っていた。


 細かな刺繍の赤いクロスが掛けられた円卓の横で、男とゴウルは立ったままだった。



 やがて長髪の男が口を開いた。



「『何をお望みですか』、と。」



 それに応えるゴウルの声は、低く、威圧的だった。だが表情と声が固いのは、緊張のせいもあるのかもしれない。



「ヴァルーダ国内にある筈の、卵の場所を知りたい。存在に、気付いているのだろう――――――――――――――――――竜の卵だ。」



 向かい合う男は、すぐには応えなかった。


 沈黙のまま時が過ぎ、ゴウルが焦りと不安を抱き出した頃。



 ふうっ、と、金褐色の髪の男は、長い息をいた。




「『竜の卵は、異国人の子供の手に渡りました。』」

「異国人だと?!!」




 思わず叫び、ゴウルは膝から崩れ落ちそうになった。


 唯一の希望が絶望に変わった。


 竜の卵が異国に渡れば、王位どころではない。ヴァルーダの未来が怪しい。


 望みが潰えたと思ったゴウルだったが、すぐに意識を立て直した。

 卵がかえる前であれば、まだ間に合うかもしれない。



 ゴウルはぎらりとしたで男を見やった。



「どこへ―――――――卵はどの国へ渡った?!」

「―――――――――『まだヴァルーダにあります。』」

「何?!」



 天国と地獄の間を往復したような振り幅の大きさに頭が追い付かず、奇妙な表情を顔に貼り付け、ゴウルは小さくよろめいた。

 処理しきれない感情で脳味噌が破裂しそうだったが、辛うじて、ゴウルは尋ねるべきことを尋ねた。



「どこにある?!」



 悲願が叶おうとしている。

 答えを待ち、ゴウルは、食い入るような表情で長髪の男を見つめた。


 国内に異国からの客人や商人はそれなりに来ているが、子連れは珍しい。

 すぐに見つけられるかもしれない。


 だが願いが叶う寸前で、運命の扉はぴしゃりと閉じられた。



「『その先は、ご一家が無事に逃れた時にお話しします。』」


 怒りがゴウルの表情に沸き上がった。


「その条件は飲めぬ。国外に持ち出されたら終わりだ。」

「『当分持ち出されることはないでしょう。』」

「どういうことだ。」


 尋ね返してから、ゴウルはあることに思い至った。



  まさか。



「―――――――――――――――――――――奴隷か?」

「―――――――――――――――――――――――――」



 答えは返って来なかった。



  まさか。



 獣人の卵の隠匿は、家族にまで累が及ぶ重罪だ。奴隷に家族はいないだろうが、発覚すれば本人は処刑を免れまい。


 獣人の卵を隠し持つなど―――――――――――いや、奴隷として死ぬくらいであれば、捨て身の賭けに出るかもしれない。


 そこまで考えてゴウルはもう一つ、別の可能性に思い至った。



  獣人の卵だと、知らずに持っているのかもしれない。



 獣人の卵は種族によって形も色も様々だったが、どれも卵というより宝飾品のような見た目をしている。そうと知らなければ、卵と気付かずに持っていることはあり得る。



「奴隷なのか?そうでなければその交渉には乗れん。」




 しばらくの沈黙ののち




 金褐色の髪の男は、ゆっくりとうなずいた。


読んで下さっている方、読んで下さった方、本当に本当にありがとうございます!

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