133. むくれる青い瞳
◇ ◇ ◇
「仕舞ったぞ。」
「ありがとう。」
竜と牛の瞳以外何も見えない闇の中で、ラスタが布鞄を梁の上に作った窪みに仕舞ってくれた。
館への侵入を繰り返し、ナギとラスタは脱出のための装備を少しずつ揃えていた。
ナギの「部屋」は時々抜き打ちで改められることがあったので、装備の隠し場所をどこにするかは、ナギが最初に考えなければいけなかったことだった。
ナギは初めにナイフを手に入れて、入り口から二つ目の牛小屋の梁の上を削り、浅い引き出しくらいの大きさの窪みを作った。上までは、ラスタに「持ち上げて」貰った。
この牛小屋は天井が随分高くて、屋根の形に添わせた三角形の四つの梁はかなり太い。梁は剥き出しだったがその上に作った窪みに物を入れると、下からは全く見えなかった。小屋の強度は多少下がるのだろうが、倒壊する程の影響は出ないだろう。
今布鞄は、宙を飛んでそこに収まった筈だ。ラスタがいるから使える収納だ。
二人はしばらく身動きが取れなくなっていたのに、このひと月の進歩は目覚しかった。
初めて館に潜入したあの日から、ナギに疑惑の目を向け出したクライヴは少年を監視し始め、家畜小屋や麦畑の周囲で、ナギは度々白髪の男の姿を見掛けるようになった。
一時は脱出を冬に早めることも考えていたのだが準備を進めることが出来ず、結果として、それが大きなプラスになった。
幸運の一つは、ラスタが四度目の成長を迎えられたことだった。
ラスタの「物を透かして見える」距離が伸びたことで、二人の行動力は格段に上がった。
館の中の物や人間の居場所をいつでも把握出来るようになったことはもちろん、ラスタにしばらく館を観察して貰うことで、三人にとって必要な物で、在庫の管理が厳密でない物を知ることが出来たのは大きかった。
ろうそくや手持ちの燭台の数が減っていることに、おそらく館の人間は気付いてもいない。
更に幸運だったのが、ラスタの成長と同じ頃に、クライヴの監視が緩んだことだった。どうやらハンネスの婚礼が間近に迫り、クライヴもそれどころではなくなり出したらしい。
そしてもう一つ、冬の間の足踏みがナギにもたらしたもの。
僅かなものではあったが、ナギは初めて、仲間の行方に関わる手掛かりを見付けていた。
脱出の予定を夏に定めた今、まだ少しだけ時間の猶予がある。
ナギは仲間を救け出すことを、まだ完全に諦めてはいなかった。
体が夜更かしに慣れてきたせいもあるが、今、あまり眠気を感じない。
「部屋」の床に座り、ナギは虚空を見つめていた。
今日初めて、地下牢を自分の目で直に見た。
あんな所に―――――………
家畜小屋と地下牢に自分達を繋いでいるこの館の人間達が、憎かった。
ただ今日の出来事には、ナギを明るい気持ちにさせてくれた部分もある。
ラスタを、初めて自分以外の人間と会話させることが出来た。
自分以外の誰とも交流のない環境で竜人の少女を育ててしまったことは、ナギの心を苦しめている。それはやっぱり、正常なことではないだろう。
ラスタはミルの話をするといつも不機嫌になるので少しだけ心配していたが、なんとラスタは、自分からあの「贈り物」を用意してくれたのだ。
まともな環境であったなら、ラスタはきっと、友達を沢山つくれるのだと思う。
と、ラスタも無言でいることに気が付いて、ナギは目を上げた。
「―――――――――――――――――」
闇の中で、少年は少しだけたじろいだ。
青い瞳がむくれている気がする。
一拍置いて、竜人の少女はナギの思いもしなかったことを口にした。
「なんで寝る時は竜じゃなきゃいけないんだ。」
一瞬、ナギは息を止めた。
これまでそんなことを、ラスタは一度も言わなかったのに。
「竜の方が、寝やすいから。」
応える少年の声は、上ずっていた。
「もう人間の時と、あんまりかわりないだろうっ。」
ナギには竜人の少女の瞳しか見えていなかったが、青い瞳は明らかに怒っていた。




