131. 少年と少女と竜人少女
少女の金色の髪は、足首に届く程長かった。
その髪が一つだけの灯を絡め取るようにしてきらきらと輝いていて、彼女がいる場所にだけ光が差しているように見える。
竜人少女が纏う服は、ヴァルーダの服ともヤナの服とも違っていた。ミルが見たことのない上下が離れた山吹色の服は、水のような光沢を放って煌めいていた。髪の長さと同じ丈の巻きスカートのドレープは、流れる川のように豊かでなめらかだ。
一瞬前までいなかった筈だった。
自分は今、多分生まれて初めて獣人の「超常の力」を目にしたのだ。
ナギはだいぶ説明不足だったと思う。
竜人が「小さな女の子」だという以外のことは、ミルは、ナギからほとんど聞かされていなかった。
想像も出来なかったくらいの竜人少女の美しさと不思議な力が衝撃的で、言葉を失ったまま、ミルは立ち尽くした。
竜人の女の子はナギの隣で少しむくれていて、青い瞳はミルの方を向いていない。
ナギはずっとこの子と―――――――――――――――?
まだ声が出なかった。
自分がこのビオラを抱いていていいのか分からなくて、15歳になった少女は、自分の知らないナギの日々を推測で埋めようとした。
「ラスタ。」
少年の穏やかな声がする。
床に片膝を付いたナギは、鞄から今度は緑色の小さな包みを取り出していた。
身動きも出来ずにいるミルの前で、少年はそれを竜人の少女に手渡した。
少女の青い瞳がちらりとミルを向く。初めて竜人と瞳が合って、ミルはどきりとした。
包みの緑は、木の葉の色だった。包装は布でも紙でもなくて、大振りの木の葉だったのだ。数枚の木の葉を使って何かを包んでいるようで、藁を編んだ紐がその包みに十字に掛けられている。
青い瞳はすぐにミルから逸らされた。
そして目を逸らしたまま、竜人の少女は右手に持った葉っぱの包みを、ずいと格子の間から差し入れてきた。
「…………『誕生日おめでとう』だ。」
少しだけ頬を膨らました少女にそう言われて、ミルは目を瞠った。
竜人の少女の言葉がヤナ語であった驚きも大きい。
そう言えばナギと竜人の女の子が何語で話しているのかなんて、考えたこともなかった。
ナギが育てたのだから当然なのかもしれないが、まさか「伝説」の竜人がヤナ語を話しているなんて、ちょっと意表を突かれる思いがする。
でもそれ以上に驚きだったのは。
目を逸らしてむくれ顔をしている少女を、ミルはまじまじと見つめた。
物凄く、可愛い。
格子の反対側で、ナギも苦笑しながら竜人の少女を見つめている。
少しだけ緊張しながら、ミルはぎこちなく小さな葉っぱの包みを受け取った。
歴史上、竜人から物を貰った人間は、数える程しかいない気がする。
「………ありがとう………ございます。」
やや硬い声でミルがそうお礼を言うと、青い瞳はちょっとびっくりしたようにミルを見て――――――――――――それから照れ臭そうに、ふんっ、と右上を振り仰いだ。
――――――――――――――――物凄く、可愛い。(二回目)。
「ラスタが自分で用意したんだよ。」
格子の向こうから、少年がその贈り物のことを教えてくれる。
「………包んだのはナギだけどな。」
「でも葉っぱを見付けたのはラスタだよ。」
鉄格子の反対側で交わされる「手柄」を譲り合うかのような会話を聞いて、ミルは思わず微笑ってしまった。
この場所で、こんな気持ちになれる日が来るなんて。
幸せだった。
館の人達に見つからないように何かを用意するのは大変だった筈だ。自分のために、二人はそれをしてくれたのだ。
ビオラの花と葉っぱの包みを抱き締めて、今日15歳になった少女は微笑った。
「………開けてもいい?」
ミルがそう尋ねると、竜人の女の子はやっぱりちょっと頬を膨らませたまま、やっぱり瞳を合わせずに応えてくれた。
「……うむっ。」
――――――――――――――「うむ」?
――――――――――――――ナギが教えたの?
小さな女の子には不釣り合いな言葉遣いで大真面目に言われて、ミルはまた笑いそうになってしまった。
三回目。
と、少年が話を遮った。
「あ、中身が落っこちたらいけないから、ベッドの上で開けた方が――――――」
ナギとミルは同時にベッドを見つめた。
マットも布団も、半分ずり落ちたままだった。
直さないと―――――――――――――――
ミルがベッドを直そうと思ったその時、少女の呟くような声が聞こえた。
「…………直せばいいのか?」
「きゃあっ?!!」
がしゃあんっ!!
悲鳴を上げて、ミルは格子の向こうのナギの方へと飛び寄った。鉄格子が派手に鳴る。
ここが地下でなかったら、館の人間が起き出して来ていたかもしれない。
ベッドの上で布団とマットが生き物のようにむくりと浮き上がり、大きな影が地下牢の石壁の上で舞い踊っていた。
「大丈夫、落ち着いて。ラスタがやってくれてるんだ。」
少年の言葉に驚いてミルがラスタを見やると、竜人の少女がまた照れ臭そうに、憮然として瞳を逸らした。
四回目……。
そんなラスタの姿を、そのすぐ隣でナギは無言で見つめていた。
ラスタはどんどん成長している。
触れずに物を動かす時、ラスタは以前は「細かい作業は指や手の動きがあった方がやりやすい」と言っていたのに、少女は今はほとんどどんな物も、指一つ動かさずに操っていた。
空気を巻き込む音を立てながら、全員が見守る中で、布団とマットが独りでに元の位置に納まる。
だがミルはまだそこで凍り付いたようになっていた。
無理もない、とナギは思った。
ミルは初めてラスタの「超常の力」を見ているのだ。
―――――――――――しかもろうそくの明かりに揺らめく寝具の大きな影は、正直、結構怖かった。
目の前の格子に張り付くようにしているミルの手に、ナギが気遣うように自分の手を伸ばした時―――――――――――
がしゃんっ!
「きゃあ?!!」
今度は房の扉が独りでに開いて、ミルは再び格子に飛び付いた。
「入ればいいだろうっ!」
ラスタがむくれ顔でナギにそう言うのを聞き、ミルは目を丸くした。
今のもラスタが?!
どうやって鍵を、と思ったが、そう言えばナギは先刻、足枷も「ラスタが外してくれた」と言っていた………。
と。
「駄目だよ!!」
「えっ?」
ほとんど反射的にナギは言ってしまい、そのナギをミルは困惑顔で見上げた。
ラスタも戸惑い顔をしている。
考えずに言葉が口を突いて出てしまい、少年自身が焦った。
咄嗟にハンネスのことが頭をよぎって、変に意識してしまったのだ。
「もう行かないと。」
二人の少女に訝しげな瞳で見られ、少年は慌てて取り繕ったが、絶対変に思われているだろう。
「……帰るのか?」
戸惑いながら竜人の少女が言う横で、ミルが少し悲しそうな表情をした。
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