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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
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127. 境界の女性

 青紫の瞳がちらりとカナタを向いた。


 やっぱり、この世の存在ものとは思えない程に美しい瞳だった。


 カナタは言葉を失っていた。



  ヴァルーダ人……?!



 でもヴァルーダ人より、女性の肌は更に白く見えた。

 だけど一体何があればここにヴァルーダ人ではない女性―――――しかも男装の―――――がいることになるのか、想像が付かない。


 自分が見ている存在ものをどう解釈すればいいのか分からなくて、ヤナの少年はただそこに立ち尽くした。


 その女性も、自分が座っている場所から動く様子を見せなかった。女性は、表情すら動かさなかった。


 と。


 現実離れしたその存在が口を開いた。


 何かを言われたが、言葉の内容はカナタの頭に入らなかった。




 それがヴァルーダ語だったからではない。


 ヤナ語だったからだ。




「昼で終えると言っていたから、ここで隠れていた方が生き延びられる確率は高いぞ。」



 カナタは息を飲んだ。

 息を飲み、声にも顔にも表情のない金色の髪の女性を見つめた。


 起きている出来事は、カナタの理解を超えていた。


 少年が我に返ったのは、そこに騎馬が近付く音がしたからだ。全身がびくりと反応し、弾かれるようにカナタは木々が茂る右手を見やった。



 どどっ、どどっ……



 ガラスか氷を思わせる青紫の瞳も、カナタと同じ方を向く。

 馬の蹄が大地を蹴立てる、重い音が近付いていた。



 少なくともその女性は、カナタを攻撃しようとはしてこなかった。

 でもやって来る騎馬兵は、きっと容赦なくカナタを殺す。


 急激に現実に引き戻される。



  ここにいたら死ぬ。



 少年は身を翻すと、左の茂みの中に飛び込んだ。



「隠れていた方が生き延びられる確率は高い」



 ヤナ語で話しかけられた驚きの方が大きくて、その時には飲み込めなかった言葉は、ちゃんとカナタの頭の隅に残っていた。



  あの女性ひとは一体……?!



 敵にも味方にも思えない。

 だが祈るような思いで、カナタは木々の中に身を伏せて息を潜めた。


  あの女性ひとはあそこにいても大丈夫なのか。


 一瞬、そんなことが頭をよぎる。

 女性はヴァルーダ人ではなさそうな気がした。それ以前に、この世の存在ものとすら思えなかった。



 やがて蹄の音が止み、複数の男の声がした。あの女性が何かを応えている。


 女性の正体がますます分からなくなる。


 その会話はヴァルーダ語で交わされていて、カナタには半分も理解出来なかった。

 ただ聞こえてくる女性の声は淡々としていて、一切の感情の揺らぎを感じさせないのは、ヴァルーダ語を話していても同じだった。



 生きた心地がしない。

 ここまでずっと走り続けていたから、気配を消したくても少年の心臓は爆発しそうに暴れていたし、呼吸も荒かった。


 死が扉一枚隔てたそこにあると感じる。

 その扉がひらくのかひらかないのか、決定権を握っているのはあの会話だと思った。



 死にたくない。

 家族に自分の生死を知らせることも出来ない場所で。



 永遠にも感じられた。ヴァルーダ語の会話は、だが長くはなかった。


 やがて馬が動き出す音がする。


 男の声が何かを言っていて、重い物が地面を移動する音と馬具や武器の金属音がして、それが遠ざかって行く。



  行った―――――――――――――――――――――?



 胸がどきどきしていた。



  あの女性は、ヴァルーダ人に自分のことを告げなかった?



 あの女性はまだそこにいるのだろうか―――――――――それとも。


 カナタはすぐには動かなかった。だが確かめずにはいられなくて、少しすると、息を殺して少年は静かに立ち上がった。





 馬が一頭だけ繋がれていた。


 その隣に先刻さっきと同じ姿勢のまま、女性は一人だけで座っていた。


 青紫の瞳が、もう一度カナタをちらりと向いた。

 だがそれは一、二秒のことで、女性はすぐに前へと向き直り、ヤナの少年に何も説明しようとはしてくれなかった。



 柔らかな緑の上に、流れる川のように煌めく金色の髪が広がっている。

 飾り気のない男物の服は、上も下も生成りのような白色だ。女性の隣にいる馬も白が強い芦毛で、その光景はまるで絵画のようだった。



  やっぱり自分は、どこかこの世でない所に片足を突っ込んでいるのかも

  しれない。



 耳に聞こえる人が殺されて行く音と、目に見えるものが一つにならなくて、現実のこととは思えなかった。


 何も言えずに、カナタはただ女性を見つめていた。


 この世のものではなさそうな存在に何かを尋ねて、応えて貰えると思えなかった。



 同胞の男達が殺されている音がしている。


 現実から切り離されているかのようなこの木立ばしょが、ちゃんと現実の中にあると理解するのにしばらくかかった。


 随分と時間を要した。

 現実をきちんと知っておきたくて、木立の外が見える場所を目指し、やがてカナタはふらふらと歩き出した。


 木々の隙間から向こうを見やる。


 なだらかな緑の坂の下に、藍色のヤナの服を着た男が仰向けに転がっていた。



 その瞬間。


 カナタは我を忘れた。



「おい。」


 女性の声が、カナタの背中を追い掛ける。だがその声も少年の足を止めることは叶わなかった。



 カナタは坂を駆け降りていた。



 叫んでいた。







「ナギッ!!!」




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