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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
123/239

123. 潜入の後始末

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 あの突風は、小さな黒い竜の仕業だった。

 白髪の男が倒れたのも―――――――――――――――。


 ラスタの新しい力を知った時、少し考えれば思い付けた筈なのに、その使い方は、ナギの頭に浮かびもしなかった。



 竜人は相手に触れることなく、姿すらも現すことなく、生き物の臓器を壊すことが出来る。

 外傷も残さないから、人間ひとは、心臓発作か何かと思うだけだろう。



 世界中の権力者達は「合いの子の獣人達」に、どんな仕事をさせてきたのだろう。



 ナギの心にかげが落ちた。


 歴史の闇を覗く思いだった。



「館の人間が牛小屋で刃物を持って死んだら、ナギが疑われて面倒になると思った。」

 小さな少女はナギからを逸らしてそう言うと、唇を引き結んだ。


 つまりラスタはその気であれば、多分、クライヴの息の根を止められたのだろう。



「――――――――――――――――――――――――」



 麦畑で顔を上げると、少年は坂の上の領主の館を見つめた。


 二階の中央近くに板を打ち付けられた窓があり、それがここから見ても目立つ。



「そんな風吹いた?」

「村では吹かなかったよな。」


 館の突風被害は麦畑の領民達にとっては、恰好の話のタネだった。

 村人達は朝からずっと大風の話題に興じていたが、畑仕事の監督役は突風に襲われたのが館だけと知り、困惑顔をしていた。昨日きのうも今日もいい天気だから尚更だ。



「おい、窓が割れる音に気付いたか?」とか尋ねて来る村人達に適当に応じながら、少年の視線は今度は、牛小屋の方へと動いていた。


 ほとんど寝ていない体が悲鳴を上げているのを感じるが、ナギは不思議と眠くはなかった。多分興奮しているだけで、気を抜いた途端に倒れそうな気がした。


 自分でもこんな状態なのだから、小さな少女の体はもっと心配だった。



  ラスタはどうしているだろう。



 どこかで休んでいてほしいと思う。



  無理をさせてしまった……。



 夜明け前、牛小屋にクライヴが近付いた時、黒竜は真っ先に気が付いて、くちばしでナギをつついて起こしてくれた。


 竜人は、寝ている間も周囲の気配を拾うことが出来るのかもしれない。

 最初の頃、寝返りを打ったら小さな竜を踏み潰してしまうのではないかと心配していたが、黒竜はいつも不思議なくらいに上手に、居場所を動いていたと思い出す。


 あのあと姿を消した小さな竜は、きっとすぐ近くに留まっていて、クライヴの乱暴をずっと見ていたのだろう。


 幼い少女に、あんなことをさせてしまうなんて。



 いつかこの国の人間を手に掛けなければならない時が来るかもしれない。



 その覚悟はした。



 でも手を汚すべきなのは自分だ。



 ラスタじゃない。



 「獣人と人間は違う」とラスタは言ったけど、獣人が人間ひとを殺す痛みが、そんなに小さいとは思えない。


 合いの子であればなおのこと、親の片方が人間であることについて、完全に冷淡になれると思えなかったし、人間が牛を殺す痛みだって、そんなに小さくはない。





 何よりもラスタは、人間のナギを「大好きだ」と言ってくれたのだから。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 執務室の扉付きの棚の前で、領主の機嫌はかつてない程に悪かった。


「覚えていないだと?!」


 怒鳴られた息子はまだ酔いが醒めていないのか、焦点の合わないをしている。

 その養育係が苦渋の表情を浮かべながら直立不動の姿勢で嫡子の隣に立っており、もう一人の息子は憤懣やるかたないといった表情かおをしていた。



 壊れた窓のことだけでも大事おおごとなのに、まさか挙式間近の息子が地下牢の鍵を持ち出した挙句、紛失するとは。



 窓の損壊が大騒動となったため、クライヴは家畜小屋に戻ることも、鍵を見付けることも出来ずに、夜明けを迎えてしまっていた。結局養育係は、鍵の紛失を家長に報告しない訳にいかなかった。



 窓の損壊が、ブワイエ家にとって小さな問題でない理由は幾つかある。



 一つには、板ガラスを作れる工房がブワイエ領にないことだ。

 領地外の工房に発注しなければならないから、当然、納品までに時間が掛かる。ガラスだけではなく窓枠まで破損していたこともあり、よりにもよって真冬に、かなり長期に渡って窓なしで生活を送らなければならない。しかも割れた場所が、ブワイエ一家の私室のある二階だ。


 一つには、予定外の経済的損失。

 遠方からガラスを取り寄せて、窓枠も修繕すれば、それなりの費用になる。



 そして何よりも、花嫁の輿入れが間近であること。



 ゴルチエ家の令嬢が嫁いでくるまでになんとしても修繕を終わらせないと、ブワイエ家の体面に傷が付く。花嫁の部屋は、既に二階に用意されていた。



 そんな騒動のさなかに、嫡男がぐーすか寝ていたというだけでも腹に据えかねるのに。



 ヘルネスの怒りは大きかった。


 地下牢の鍵を持ち出した理由など、一つしかないだろう。


 はらわたが煮えくり返った。



 奴隷の娘に手を付けることが問題なのではなかった。


 娘が身籠りでもした時に、問題が大きいのだ。


 泥酔していたからといって、許せぬ愚かさだ。



 なかなか起き出してこない兄をつい先刻さっきまでどこか嬉し気に非難していた弟は、鍵の紛失を知ってからは、怒りに満ちたをしていた。


 奴隷の娘がなかなかに美しくなってきたと思っていたのは、サドラスも同じだ。


 ゴルチエ家の娘と縁組して貰った兄が、あの娘まで自分のものにしようとしていたのか。


 兄弟格差に対する怒りと不満が、二人目の息子の中で、爆発しそうになっていた。



「しばらく謹慎していろ!!挙式まで女を買うなど許さん!!」



 自分を怒鳴りつける父親の声を、ハンネスはぼんやりと聞いていた。

 釈然としなかった。


 ハンネスは昨日きのうひどく酔っていたが、記憶を失ってはいなかった。

 曖昧だったり途切れたりしている部分はあるものの、自分で棚の鍵を開けたことは覚えていた。



 自分が棚を開けたその時には、地下牢の鍵はもう無かったように思うのだ。



 鍵が消えていることを問題視する程意識ははっきりしていなかったが、夢うつつに「鍵がない」と思い、それからしばらく棚の中や部屋の中を、うろうろと捜したことは覚えている。


 屋外からその姿を見られていたとは、さすがに気付いていなかったが。


 その内眠ってしまい、最後はクライヴに助け起こされて、自室に戻ったところまで記憶にある。



  覚えがない……。



 鍵を持ち出した記憶がなかった。



 その館の中で地下牢の鍵の捜索が行われたが、誰も見付けることが出来なかった。



 書庫の古い書棚を、誰も捜さなかったのだ。





「なんで鍵を盗ったんだ?!」

「ハンネスは地下牢へ行こうとしていたと思う。」


 ぎりぎりで地下牢の鍵を持ち去ったあと、困惑するラスタに、ナギは言葉少なにそれだけ説明した。


 クライヴとの鉢合わせを間一髪で回避して牛小屋に戻ったのち、しばらく考えて、少年は竜人少女に、その鍵束を書庫に隠して貰えるように頼んだ。何年も触れられた様子のない、古い書棚を隠し場所に指定して。



「当分見付からないと思うけど、見付かっても、泥酔したハンネスの仕業になる。」


読んで下さっている方、今日たまたま読んで下さった方、本当にありがとうございます!!


よろしければ下の☆☆☆☆☆を押して頂いたり、ブックマークして頂けたりすると、物凄く嬉しいです!!

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