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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
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119. 冬の夜の対峙

 刺すような冷気の中で、剥き出しの肌を晒して少年は震えていた。


 だが冬の真夜中に突然踏み込まれ、刃物を突き付けられているにも拘わらず、奴隷の少年に大きな動揺は見えなかった。


 奴隷は静かに佇んでいて、その落ち着きがクライヴのおそれを余計に掻き立てた。



  始末するべきだ。



 論理的には説明が付けられない感覚だったが、年老いた男はこの時、確信に近い予感を持った。



  この奴隷は、いつかブワイエ家に害を成す。



 尖った鉄の先端に体を晒したまま、少年は無言でクライヴの靴を見つめていた。





◇ ◇ ◇


 もう一度寝付きはしたものの、ミルの眠りは浅かった。

 だから鉄格子が叩かれる音に、少女はすぐに目を覚ました。



  が灯されている。



 少女が飛び起きると、鉄格子の向こうのオレンジ色の揺らめきの中に、老いた男がランタンを掲げて立っていた。


「起きろ。」


 男がそう言った時にミルが悲鳴を上げなかったのは、あまりの恐ろしさに声が出なかったからだ。


 ミルはこの場所で、男性の姿を見たことがなかった。

 朝晩に少女の奴隷を地下牢から出し入れするのは、女中の仕事だったからである。


 男性がそこにいるというだけでも異常な事態だったのに、老人が手にしている物が、少女を一層恐怖させた。


 白髪の男は、右手に先端が鋭く尖った金属の棒を持っていた。



 少し前、ナギの声が聞こえた気がして目を覚ましたことを、ミルは思い出していた。



  何かがあった―――――――――――――――



 血の気の引いた顔で、奴隷の少女は男に命じられるままにベッドを降りると、布団をめくって見せた。ヴァルーダ語は今もほとんど分からないので、ミルは男の命令は、言葉よりもその仕草で理解した。


 それから少女の奴隷は男の身振りに従い、布団と毛布を順番に抱え上げ、広げて見せた。

 奴隷に風邪はひかせたくないのだろう。凍てつくような地下で、古びてはいたが、ミルには布団のほかに毛布も与えられていた。


 なぜか最後まで房の鍵を開けられることはなかった。


 ハンネス付きの老使用人は、格子越しに少女の寝具を点検した。


 それから老人は顔をしかめてランタンをかざすと、やはり房の外に立ったまま、部屋の四隅を照らした。

 陰惨な地下の闇の中、オレンジ色のが自分の上を通過しながら右へ左へと動くのを、奴隷の少女は身を強張らせてただ見つめていた。



 老人が何を探しているのかは分からなかったが、目的のものはここになかったようだった。やがて白髪の男はミルの部屋の前を離れ、ほかの房の方へと歩いて行った。



 説明は一切与えられなかった。何もわからぬまま、結局、少女は独りそこに取り残された。


 だが。




  ナギ……。




 おそらく少年の身に何かがあった。



 叫び出したい程の不安と恐怖の中で、ミルは夜の地下牢に立ち尽くしていた。




 その様子を見ている存在ものがあったことには、ミルもクライヴも気が付かなかった。

 





◇ ◇ ◇


「ぐぇっ!!」

「ナギ!!」


 真っ暗な牛小屋で、少年は潰れたカエルのような悲鳴を上げた。

 まさか開脚運動の最中に、ラスタが背中の上に降って来るとは思わなかった。


 それきり少年は、しばらくの間声を失っていた。

 自分の仕出かしたことで崩れ折れている少年の反応が、予想外だったらしい。

「ナギ!!!大丈夫か?!!」

 座ったまま突っ伏した少年の体を無理矢理起こし、竜人の少女はかなり慌てた様子だった。



  まあなんにせよ、無事でよかった…………。



 衝撃的な痛みに身悶えながらも、少年はほっとしていた。

 ラスタの帰りが想定したよりかなり遅くて、ナギの不安は頂点に達していた所だったのだ。


 なんとか声が出せる所まで持ち直し、「大丈夫」と繰り返して幼い少女を安心させると、ナギはようやく落ち着いて座り直して、暗闇で相棒と向き合った。



 何か問題が生じたのかと少年は案じていたが、そうではなかった。



「年寄りの方のヴァルーダ人が、地下牢へ行くのを見掛けたんだ。」

「クライヴが?」



 鍵の紛失に気付いたのだろう。


 少女の報告を聴いて、少年はまずそう思った。

 ハンネスが話もまともに出来ない状態であったなら、クライヴが鍵を捜しに地下牢まで行っても不思議ではない。


 だがラスタは、クライヴの様子をいぶかしんで地下まであとをつけたのだと言う。


「変な物を持ってたんだ。人間が暖炉で使う―――――――なんだあれは。『火かき棒』か?」


 意外なところで語彙力の弱さを見せながらラスタが告げた話に、ナギの表情が変わった。


  火かき棒。


 武器にもなる鉄の棒を手にしていたとするのなら、クライヴの行動は別の意味合いを帯びる。



  クライヴは侵入者の存在を疑っている―――――――――――。



 そのの地下牢での顛末を聴き、少年は微かに青ざめた。


 ミルはどんなに恐ろしかっただろうかと思う。


 原因の一端を作ったのはナギ自身だったが、クライヴに憎悪を覚えずにはいられなかった。



 やがて相棒の話を全て聴き終えると、ナギはしばし考え込んだ。



 侵入者を疑いながら、クライヴはなぜ一人で行動しているのだろう。

 ハンネスの失態を、家人にも知られたくないのだろうか。



 ただ今気にしなければいけないのは、クライヴが単独であるのかどうかではないだろう。



 牛小屋ここに戻る時に、ナギはクライヴと鉢合わせしかけた。

 何か不審に感じたようで、クライヴはしばらく木戸からこちらを照らしていた。




  ―――――――――――――――――クライヴはここに来るかもしれない。





◇ ◇ ◇


 少年にやいばを突き付けながら、ブワイエ家の老臣は、奴隷を始末する理由を考えていた。


 足を鎖で繋がれ、「部屋」のふちに立たされた少年奴隷が、逃げ回るのは難しかった。


読んで下さっている方、今日たまたま読んで下さった方、本当に本当にありがとうございます!


よろしければ下の☆☆☆☆☆を押して頂いたり、ブックマークして頂けたりすると物凄く嬉しいです!

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