110. 少年の決断
今同じ建物の中に、ミルがいる。
これがあれば、ミルに会いに行ける……?
咄嗟にナギは、そんなことを考えた。
上下二列のフックに掛けられた鍵の中で、一番右下のそれだけが他と違っている。
フックに掛けられているのは金属の細長い輪で、複数の鍵がそこに繋がれていた。多分鍵の数が、地下牢の房の数なのだろう。
ナギの表情に気が付いて、ラスタが頬を膨らませる。
ナギは少しの間鍵を見つめていたが、やがて無言で棚に向き直った。
「いいのか?」
地図を手に取った時小さな相棒にそう尋ねられ、ナギはやや驚いて少女を見やった。
その言葉の意図が図りかねた。
どういう意味だろう?
「ミルに会いたい」なんてナギが言えば、ラスタは怒り出しそうなのに。でもラスタが協力してくれるとしても、今はミルに会いに行けないと思う。
「……まだミルを、救けられないから。」
苦し気に、ナギは微笑んだ。
むしろ危険を冒して誰かに見つかりでもしたら、その機会を永遠に失ってしまうかもしれない。だから今日は、地下牢へは行けない。
「………心配してくれたの?」
戸惑いながらナギが尋ねると、小さな少女はぷいっと目を逸らした。
「……わたしはナギ以外はどうでもいい!」
竜人の少女が怒ったようにそう言うのを聞いた時、ナギはちょっと微笑ってしまった。
少女の言葉の前に少しだけ間があって、その間の分だけ、ラスタは少し嘘を吐いている気がする。
時と共に、ラスタも変化しているのかもしれない。
地下牢へ行きたいと思う気持ちに蓋をして、ナギは革の輪から丸められた紙を引き抜いた。
◇
一本だけ灯されたろうそくの横で、少年と竜人少女は地図を広げた。
初めて見る巨大な王国の地図は精密で、その品質にこの国の力の大きさが見えるようで、少年は少しだけ圧倒された。
地図は軍事情報でもあるから、普通他国の詳細な地図はなかなか手に入らない。ヤナの学校では、他国の地理は簡単にしか習わなかった。
だからナギがここまで詳細な異国の地図を見るのは、初めてだった。
絨毯の上に直に置かれた地図を、一つだけの灯がオレンジ色に染め上げて、照らしている。
ミルとラスタから聞いていた「印」は、真っ先に目に入った。だがはっきりと目立つその印を見た後に、一番最初にナギの視線が向いたのは、やっぱり懐かしい故郷だった。
祖国ヤナ――――――――――――
祖国の方角が、ようやく明確に分かった。
ラスタから教えられていたブワイエ領の場所は、朱色の線が途切れた辺り。
それは、祖国の東南に位置していた。
「………ラスタ。」
「うむ。」
少女の小さな指が、ブワイエ領を差した。
「そこがこの領地だ。」
丸めた地図を留めていた革の輪が宙を飛び、ふわりと地図上のその場所に着地する。
「それからここが、ヤマタのあった場所だ。」
少女が指を動かすと、革の輪はブワイエ領の西の大きな河を斜めに横切り、やや北に移動して再び着地した。
ナギが卵だったラスタに出会った場所。
そこはヤナの真南だった。
少年は身を乗り出すと、意識の全てを集中するようにして、地図に見入った。
短めの、滑り込み更新です……!




