109. 地図と鍵
「開いたぞ。」
「……ラスタは凄く楽しそうだね?」
足手まといの自分を連れていて、大変な筈なのに。
もしかしてラスタは、いざという事態が起きても人間のナギは「消える」ことが出来ないと、よく分かっていないんじゃないだろうか。頭で理解しているのと、実感として分かるのとでは、違うから。
だがラスタが楽しそうなのは、生来の明るさのせいではなかった。
「井戸より遠くにナギと来たのは初めてだからな!」
純粋に嬉しそうにラスタはそう言ったが、その言葉を聞いた時、ナギは平静ではいられなかった。
数瞬言葉を失ってしまったナギの前で、小さな少女は扉に手を伸ばした。息を潜めるように静かな音を立てながら、右開きの扉が開く。
厳かと言っていい程の様子で、秘密を開示するかのように暗がりに棚が姿を現した。
そこにある物はどれも、雰囲気で重要な物だと分かった。
窓から離れた場所の、低い位置に置いたろうそく一本では棚の中を照らすには足りなくて、ほとんどの物が輪郭は分かっても、色までは識別出来なかった。それでも一番下を占有している鈍く光る金庫は、目を引いた。
鉄の塊の重厚感に気圧される。
横幅が扉幅より少し小さくて、高さはナギの膝より高い。
その金庫だけは床に直に接していたが、扉の中は、後は全面が造り付けの棚だ。
棚の最下段の、金庫のすぐ真上に見えたのは、また別の金庫だった。ただし、こちらは小箱くらいの大きさの手提げ金庫だ。
その手提げ金庫の横に革袋が数個並んでいて、その内の一つにナギは見覚えがあった。
この革袋……。
色は見えなくても、皮に付いているクセで分かる。
これは牛乳の売買の時に使われている小銭入れだ。
手提げ金庫より上の段には帳簿のような物や、何かの紙の束が並んでいた。
地図は。もっと上の方か。
自分の右後ろの窓の方を、ナギは一度見やった。
この位置なら、窓に影が映ることはないだろう。
思い切って、少年は立ち上がった。
その地図はナギの目の高さに、かなり丁重に仕舞われていた。
明らかにそれを収めるためだけに造られたと見えるスペースに横たえられた紙の筒を見た時、少年の心臓は、どくりと大きく波打った。
やはり地図のためだけに作られたと見える革の輪が筒の真ん中を留めていて、紙筒の直径が広がるのを防いでいる。革の輪の表面には、飾りのようなものすら見えた。
探し続けていた、この国の地図。
口の中に溜まる唾を、少年は飲み込んだ。
ここにある物は皆気になる物ばかりだが、初めて忍び込んだ日に欲張らない方がいい。
最優先は、地図だ。
そう思いながらも、ナギは紙の筒に手を伸ばす前に、もう一つだけ気になったことを確かめようとした。
扉が開いた時に、微かに金属音が聞こえたような気がするのだ。
「――――――――――鍵……?」
暗がりに目を凝らすと扉の裏側に箱のような物がくっついていて、その箱の内側に上下二列に並ぶフックがあるのが見えた。そのフックの一つ一つに、鍵がぶら下げられている。
「――――――――ラスタ。鍵の下に何か書かれているの、読める?」
「うむ?」
一本一本の鍵の下に、文字のようなものが見える気がする。
ラスタは何も問い返さずに、ナギの要望に応えてくれた。
「勝手口、食品庫、倉庫1、倉庫2―――――――――――――」
鍵をどかすことなく、竜人の少女はその下の文字を読み上げていった。
ラスタはわざわざヤナ語に直してくれていて、お蔭でナギが知らない単語に戸惑うことはなかった。
少年が予想した通りその文字は、鍵を使用する場所を示しているものと思われた。
食品庫―――――――――――――――
ラスタがいればどこの錠でも開けられるだろうが、この鍵が必要になることもあるかもしれない。
「―――――――――――客室1、客室2――――――――――――」
ラスタの声にじっと耳を傾けて、ナギは頭の中で自分にとっての要と不要に、鍵を振り分けていった。
そして。
「牢。」
とラスタが言った時、ナギは凍り付いた。
それが最後の鍵だったらしい。ラスタの声はそこで止まった。
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