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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
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105. 暗闇の中の秤

  何かあったのかもしれない。



 館の様子を見に行きたいと思い、その判断は誤りではないかと躊躇ためらう。


 今はもう、小屋の中も外も自分の足元も見えないくらいの暗闇だ。

 館の灯りが全て落ちていたら、目指すべき目印となる物もない。

 地図のある部屋の位置はラスタに教えて貰ったが、闇の中でそこが分かるだろうか。

 下手に行動すれば、状況が悪化しかねない。



  慌てたら駄目だ。



 懸命に、ナギは自分を落ち着かせた。


 もしラスタが見つかったり捕まったりしてしまったのなら、灯りが灯されたり人が動き回ったりするだろうから、騒がしい様子が館の外からでも分かるのではないかと思う。


 もしラスタが眠ってしまっているのだとしたら―――――――――――



  館へ行きたい。



 暗闇の中の床を見つめて、少年は息を殺すようにして佇んでいた。


 もう少ししてもラスタが帰って来なかったら。


 これ以上じっとしていられそうにない。



 自分に落ち着けと言い聞かせながら、視界がない中で、ナギの体は木靴の方へと動きかけた。



 その時。



 ぽんっ。

「うわっ!」

「何してるんだ?」

「ラスタ……!」



 体から力が抜けたようになって、ナギはその場に座り込んだ。



  よかった………



 青い光が現れたのは、少年のすぐ目の前だった。

 ナギがすぐには動き出せずにいると、その光の位置は音もなく下がり、すぐにまた少年のの位置と同じ高さになった。


 煌めく瞳が小さく傾く。竜人の少女が小首を傾げたらしい。


「体から湯気が出てるぞ?」

「えっ。」


 自分では何も見えていないので、竜人にそう指摘されて、少年は驚きの声を上げた。

 不安を振り払いたいと思う気持ちもあって、考えなしにやり過ぎたかもしれない。

 鉄枷を使って、ナギはしばらく重量挙げをしていたが、単調な動きが眠気を誘い出したので、そのあとは柔軟運動をしていた。


 汗が冷えたら、逆に体が冷たくなってしまう。

 わらの中に体を入れるべきかもしれない。


 でもその前に。


「なかなか帰って来ないから、心配してた。よかった。」

「うむ!『ただいま』だ!」


 竜人少女の嬉しそうな声がして、少年は笑った。


「体が冷えないように、動いてたんだ―――――――――わらの中に入るね。」

「人間は不便だな。」


 ラスタの戸惑い声を聞きながら、ナギは中腰になり、わらの山がありそうな方向を手探りで捜した。


「人間は大変だな。」


 闇の中でラスタの声が今度はそう言って、それから青い光が少しだけ移動した。


「ここだぞ。」

「―――――――――ありがとう。」


 竜人の少女はわらの横に立って、その場所を教えてくれたのだった。


 自分も闇でも見えたら、と少年は思った。


 ヴァルーダ人が寝ているあいだに動けたら、どれだけ脱出に有利だろう。

 でも人間の自分に、羽がないのも、夜に見えるがないのも、仕方のないことだった。


 真っ暗な中、ナギはわらの山を割ると、その中に体を沈めて座った。



 と。



 ラスタが押し入るようにわら布団の中に一緒に入って来た。

 そしてナギが呆気に取られている内に、竜人の少女は少年の膝の上で落ち着いた。


 青い瞳がナギを見上げる。


「あったかいか?」


 全く普通の調子で訊かれて、少年は真剣に悩んだ。



「…………ラスタは―――――――――――あと二年で大人になるんだよね?」

「うむ!凄い美女になるからな!」



 「獣人の記憶」って、と喉元まで言葉が出掛けたが、その先をどう続けていいのか分からない。


 この先が段々心配になって来る。

 ナギはしばし無言でいた。すると。


「ナギ、眠いのか?」

「…………大丈夫。」


 実年齢1歳、見た目年齢6歳のラスタにそう心配されて、16歳の少年は、ちょっと情けなくなった。



  本題に入ろう!



 頭を抱えたくなる問題を、この時少年は棚上げすることにした。


 取り敢えずラスタは、人間ひと基準でまだ6歳の見た目だったし。



「―――――――――地図は見られた?」

 ようやくそう尋ねた時には、ナギの声は乾いていた。青い瞳がうなずく。

「この場所は分かったぞ。」



 少女の言葉で、ナギの心臓は爆発しそうになった。

 遂に自分達の居場所が特定出来たのだ。


 固唾を呑んでナギはその先の言葉を待ったが、続いたラスタの声は浮かない調子だった。



「考えていたより、脱出が難しそうだ。」



  いい報せと悪い知らせ―――――――――――――――――



 それでも情報がゼロの時と比べれば、遥かに大きな進歩だ。

 全身を緊張させながら、ナギは少女の話の続きを聴いた。





 それからしばらくの時間が経ち、ナギは闇の中で考え込んでいた。

 竜人の少女は無言で少年を見守っている。


 ナギの頭を、ある考えが離れなくなっていた。



 ミルの表情かおと言葉が胸に甦る。



 ―――――――――――『無茶はしないで』―――――――――――



「……………。」

 もししくじれば、ミルをここに一人で残すことになってしまう。

 だから軽はずみなことは、絶対にしちゃいけない。


 得られるものと危険性を秤にかけて、ナギは検討を繰り返していた。


 もう一度ミルの顔が頭に浮かぶ。


 可能な限り、危険は冒すべきじゃない。



 でも今回は。



 ゆっくりと、ナギは言葉を絞り出した。



「―――――――――――――ラスタ。」

「うむ。」

「――――――僕もその地図を見たい。」



 青い光が丸く見開かれた。


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