102. 竜人の親
何か問題があったのだろう。
落ち着いて話が聴きたくて、ラスタを抱いたまま、ナギは「部屋」へと上がった。そして木靴を脱いで竜人少女に鎖を解いて貰うと、少女に向き合って座った。
闇は急激に濃くなっていて、ラスタの瞳は光り出している。
少年が落ち着くのを待っていた竜人の少女は、不本意そうな表情で今日の顛末を話し出した。
「地図は見つかった。ちょっと手間取ったけど。それがかなり大きな地図だった。」
大きな地図。
それだけ聞くと、書庫の地図より立派そうに思えた。
それなりにお金が掛かっている筈だからだ。
問題になったのは、意外なことだった。
「だから地図は、丸めて仕舞われてたんだ。透かして見たけど、丸められてると文字や絵が重なって見えるのもあって、字を読むのが難しかった。棚から出して広げなきゃ読めない。」
目を見開いて、少年は幼い少女を見つめた。
ミルが入るくらいだから、書庫と違ってその部屋には結構人の出入りがあるのではないかと思う。咄嗟にナギはそんな推測をしたが、まさにそれが不本意な結果の原因だったらしい。
「鍵付きの棚に仕舞われているんだが、鍵を解くのは訳ない。だけど書庫と違って人間の出入りが多くて、途中からは領主の男が部屋に居座ってしまったんだ。館の人間が起きている間は難しいと思って、昼間はやめておいた。」
ヘルネスが………。
賢明だと思う。ラスタが大人のように適切な判断をしてくれることに、ナギはほっとしていた。
竜人の少女の実年齢を考えるとそれだけでも凄いことだが、彼女は続けて善後策まで提示してくれた。
「だから今日館の人間が寝た後に、もう一回行って来る。」
「えっ。」
「館に忍び込むのも、棚の鍵を開けるのも、それ自体は大したことないからな。大丈夫だ。」
「いや、だけど。」
確かに館の人間に見つかる不安さえないのなら、ラスタにとったら簡単なことだろう。
でもすぐには頷けなくて、ナギは自分が何に引っ掛かっているのか、慌てて思考を整理した。そして程なく答えに辿り着く。
ラスタが夜に外に出るのは初めてだ。
ラスタは生まれた時から、ナギと「日暮れと共に寝る」生活をしている。
「夜は危険だ」とか、少年はそういう心配をしているのでもなかった。消えられるラスタが他の動物や人間に襲われたり捕まったりする心配はほとんどない。
引っ掛かっているのは―――――――――――――――
「竜人の子供って、夜更かししても平気なの?」
少年がそう問うと、少女は少し意表を突かれたかのような表情をした。
こんな時に痛感するのだが、竜人や獣人についての知識が全くないナギには竜人少女の子育ての、何が普通で何が正解なのか、全く判断が出来ない。
やや考える様子で、ラスタが小首を傾げる。どうも本人もよく分かっていなさそうな雰囲気だ。
「夏よりだいぶ早いし、夜更かしって程じゃないんじゃないか?」
「………うん。」
獣人の親はどうして、人間との間に生まれた卵を育てようとしないんだろう。
これまでにも何度か考えたことはあったが、ラスタが話せるようになって色々教えてくれてから、その疑問はナギの胸から離れない。
ラスタの両親のことはナギの最大の関心事の一つだが、昨日と一昨日は帰路の準備で、ゴルチエ家の御者達が早朝から近くをうろついていたせいで、少女に多くを訊けていない。
ただラスタの母親はまだ生きており、ラスタがそれを認識していると知り、ナギは割と大きなショックを受けた。
当然ながら人間の父親の方はとっくの昔に亡くなっていて、ラスタはそれも認識していた。
人間と獣人には多くの違いがあるのだろうが、ラスタを育てることが出来たのも、育てるべきだったのも、竜人の母親ではないのかと少年は思ってしまう。
一年間、ラスタを育てたのはナギだった。
人の世界にラスタを置いて去った竜人を、ラスタはなぜ「母親」だと思えるのだろう。母親のことを語る時のラスタの口調には、ちゃんと親しみのようなものがあった。それがナギには、少し受け入れ難かった。
「ラスタはお母さんに会いたくないの?」
少年がそう尋ねると、ラスタはにこやかにも見える程の穏やかさで「大きくなったら会いに行く。」と応えて、それ以上の話はナギはまだほとんど聴けていない。
多忙状態が解消出来なくて、なかなか更新出来なくて済みません……




