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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
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101. 秘密の会議

 少年が息を飲む。その気配が伝わって、かまどの前の女中が険のある眼差しで振り返った。


 失敗したとは気づいたが、タバサはまだこちらの様子を窺っていて、即座に怒鳴りつける様子ではない。

 顔と声から感情を殺して、ナギは事務的な空気を装い直した。だがまるで地鳴りのような低く強い響きで、胸が痛くなる程に心臓は激しく打っていた。


「絵に描ける?」


 そう問うと、黒髪の少女は硬い表情でうなずいた。

 ナギの反応はミルが思っていたより大きくて、にわかに彼女を緊張させた。



  長くは話せない。



 必死でナギは、頭の中を整理した。

 今ここでミルに絵を描いて貰うことはもちろん出来ない。だけどこの限られた時間で、少しでも多くを知りたい。


 地図を見て、「この場所が分かったかもしれない」と言うミル。


  でもミルもヴァルーダ文字は読めない。


 少し考えて、ナギは今尋ねることを決めた。


しるしが付いてた?」

「うん。」


 太った料理人は忙しく料理していて、女中はその右隣で手を動かしながらも体をひねらせ、こちらを睨んでいる。その様子にちらりと目を走らせてから、ナギは質問を重ねた。


「地図はどこで?」

「一階の廊下の端に近い、書斎みたいな部屋。」

「ちょっと!」


 タバサの苛立った声が聞こえて、「今終わりました」と応じながら、ナギは盆を持って立ち上がった。

 自分だけなら殴られても構わないからこの話を続けたいと思うが、ミルがジェイコブに殴られるようなことだけは絶対に避けたい。


 ミルに目配せで秘密の会議の終わりを知らせると、ナギは物置きの「食卓」に向かおうとした。


 が。


「ナギ!」


 突然少女に呼び止められ、少年は心臓が凍る思いをした。

 かまどの前の女中が凄まじい形相でこちらを見る。

 その場に固まったまま、ナギは視線だけを少女に向けた。


 ミルとが合う。

 少女の表情かおは苦しげだった。


「無茶はしないで。」


 少年は、はっとした。


 自分を案じる


 自分はミルを不安にさせている。


「ミル‼ナギ‼何を余計なことを話してるの‼」


 ヒステリックにタバサが喚く。だがその時、少年が想像もしなかったことが起きた。


「まあいいじゃねえか。そんなに喚くなよ。」


 十年に一度くらいのレベルで訪れる、何かとんでもなく機嫌のよい日だったのだろうか。

 タバサをなだめたのは、ジェイコブだった。



 しかし次の瞬間。



「あんたはミルに甘いのよ!!」



 同僚を怒鳴りつけたタバサの言葉に、ナギは目をみはった。

 たじろいだジェイコブを、高齢の女中が更になじる。


「こんなガキに甘い顔して、一体どんなつもりなのよ!!」


 愕然として、ナギはかまどの前の料理担当者達を見つめた。


 ナギの顔色が変わったのを見て、ミルは彼が何かよくないことを聞いたのだと察した。

 両手に盆を持ったまま凝固していた少年の視線が、ぎこちなく動いて、少女の方を向く。

 少年の顔からは血の気が引いていた。


 心配そうに、ミルは同胞の少年を見上げていた。





◇ ◇ ◇


 ラスタは書庫を探し続けてくれていたが、彼らの役に立ちそうなまともな地図は、まだ見つけられていなかった。


 竜人の少女が言うには、彼女は書棚の横に立って、そこから同じ棚に並んでいる本を数ページずつ透かして見ているらしい。

 一段数十秒という驚異的な早さでラスタにはそれがこなせるらしいが、なにせ蔵書が膨大なのと、ごはんの確保に狩りにも行かなければならないのとで、竜人はまだ書庫の全てを見終えることが出来ていなかった。


 書庫ではない場所に、彼らが求めている地図はあるかもしれない。

 ミルがもたらしてくれた思わぬ情報を、そのよるすぐにナギはラスタに伝えた。


 翌日、ラスタは早速その部屋と地図を探しに行ってくれた。





 その日の夕暮れ、薄闇が落ち出す中ナギは緊張しながら小屋に戻った。


 今日はミルと話すことが出来なくて、彼女から追加の情報は得られなかった。あとはラスタが頼りだったが、ラスタが地図を見つけられたかは分からない。


 ゆっくりと、少年は軋み声を上げる牛小屋の扉を閉めた。




  ぽんっ。




 腕の中に、小さな少女が落ちて来る。


「ナギ!」

「ただいま。」


 心臓に悪い恒例行事をこなして、ナギは微笑んで、竜人の少女を抱き締めた。



 ラスタの服は今日は空色の巻きスカートだった。上衣はやはり胸の周りを巻いただけのような形だったが、今日は左側にだけ肩に掛かる部分があって、そこは今回は銀細工だった。しかも空色の布は単色ではなく、一番濃い部分は青紫のグラデーションになっている。

 こういう力もやっぱり使う程上手になるものなのか、ラスタの「服」は何か段々複雑になっていた。


 ラスタを不安にさせるようなので気を付けようとは思うのだが、毎回あまりに出来栄えが見事なので、ナギはついまじまじと少女の「服」に見入ってしまう。

 ただ毎回ナギが褒めたせいなのか、ラスタは今朝は最初から胸を張っていて、その愛らしさに少年は思わず笑った。


 ラスタのそんな姿は、ナギをいつも幸せな気持ちにしてくれた。



 片腕に少女を抱き上げて、ナギは彼女を見つめた。

 すると結果を報告する前に、ラスタは渋い表情かおをした。


 思うような結果ではないらしい。


 がっかりはしたが、ナギは書庫の時程はこたえなかった。


 今回は、そんなに簡単に見つからないかもしれないと最初から覚悟出来ていた。

 部屋の場所から曖昧だったし、部屋が特定出来たとしても、その地図が常にその部屋に置かれている物なのか、分からなかったからだ。



 だがラスタの報告は今回も、「地図は見つかった。」だった。



 ナギは驚いてラスタを見つめ返したが、金色の髪に包まれているかの様な少女は、難しい表情かおをしたままだった。


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