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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第一章 少年と竜
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01. ナギ

 半獣半人。



 と言っても、体の半分が人間で、半分が獣という訳ではない。

 彼らは時折、人間に姿を変える。

 そして時折、超常の存在としての姿を現す。



 四つ足獣、鳥、魚、虫。



 その姿は色々だ。



 人間は自分が知る生き物の中からそれ(・・)に最も姿の近いものを選んで、「人狼」とか便宜上の呼び名を付けたが、「姿が近い」というだけで、それらが別種の生き物であることは、一見して分かる。


 そもそも獣人は、人の姿でない時はおしなべて巨大だ。


 中には人の知るどの生き物にも似ておらず、独自の名前を与えられたものもある。


 そして彼らは人間ひとの知識では説明のつけられない、超常の力を持っていた。



 時々彼らは人間の姿で、人間との間に子供を成した。


 だがどういう訳だか、彼らは人間ひととの間に生まれた子供は、育てなかった。


 それが彼らの習性なのかは分からなかったが、彼らは人間との間に生まれた卵は、人の世界に捨てて行った。



 ―――――――――――――そう、彼らは卵で産まれる。



 人間の女が、獣人の男との子を成した時でもそれは変わらなかった。



 人間の女が子供を育てられないのは、無理もなかった。


 種族によって長さは様々だったが、獣人の卵は孵化するまでに何十年、時には何百年とかかったからだ。

 だが人間より遥かに寿命が長い獣人も、人間との間に生まれた卵を守ろうとはしなかった。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 寒さで目が覚める。


 ナギはわらの中に身を沈めた。


 日の出と共に起きなければ怒られるのだが、今はまだ真っ暗だ。少しでも長く寝ていたいのに、陽が差す前に冷気に起こされてしまった。


 もう音にも臭いにも慣れてしまったが、暗闇の中で牛達がうごめく音と、鳴く声がしている。

 寝返りを打つと、両足を繋ぐ鎖がじゃらりと音を立てた。

 冬は鉄輪が冷えるのが辛い。


 なんとかもう一度眠りたいのに、忌々しい鶏が、断続的に何度もけたたましく鳴く。



  くそっ。冬場で唯一ありがたいのは夜が長いことなのに、

  なんであいつらが鳴き出す時間は変わらないのか。



 自分を抱き締めるようにして両腕をさすり、両足もこすり合わせて体を温める。



 そうしている内に、世界は漆黒の闇から、濃い灰色になった。



 もう起きなければ。



 森の鳥達が鳴くより早い時間に、ナギは起きなければならなかった。



 ここで迎える、四度目の冬だ。


 寒さが辛い、などと言っていたらいつまでも起きられない。

 覚悟を決めて、ナギは一息に体を起こした。



 起きて一番最初にやらなければならないことは、両足を繋ぐ鎖に絡む藁を取り除くことだ。


 髪や服に付いた藁は何もしなくても自然に落ちるが、鎖に絡んだ藁は手で取り除かないと、何時間も不快な異物となって足の動きの邪魔をする。

 それに大切な布団が痩せ細ってしまうのも堪らない。


 まだ暗い中朝一番の面倒な作業を終わらせると、ナギは木靴に足を入れ、短い梯子を下りた。

 鎖は辛うじて梯子を昇り降りできる長さで作られている。


 でも走るのは無理だ。


 ナギの「部屋」は牛小屋へ入ってすぐの、右側に作られていた。


 六段の梯子を登った先の、低い柵に囲われた木の台がナギに与えられた空間で、唯一の家具は、積まれた藁だ。


 身を屈めると、ナギは「自室」の下から木桶を二つ取り出した。


 ここに連れて来られた時は、床下がぴったり頭の高さだった。

 屈まなければいけなくなった分だけ、背が伸びたのだ。



 伸びた背丈の分だけ自分の人生は失われている。



 微かな痛みを胸の奥に押し込め、ナギは大きな桶の片方を左手に提げ、もう片方を右肩に担ぎ上げた。


 柵の向こうで何頭かの牛達が、給餌きゅうじの担当者が起き出した様子を、微かに気にしている気配がする。だが毎朝の同じ動きに、大半の牛は無関心だ。


 両開きの大きな板戸の前に立つと、ナギは左手の桶を一度床に降ろした。


 左側の扉に鉄製のハンドルが付いていて、それを下から右の方向に向かってぐるりと一回回す。


 ハンドルの冷たさで、今朝の気温が昨日きのうより低いと分かった。


 扉の反対側で鉄のかんぬきが回り、ストッパーに当たって、がちゃんと音を立てた。


 降ろした桶を再び持つと、ナギは体で扉の左側を押した。



 小屋の前はひらけた庭だった。

 少し先に木戸を備えた石塀があったが、その木戸と塀の向こうも、まだこの家の敷地だった。



 空気が冷たい。



 忌々しい鶏のほかは、夜行性の動物が微かに気配をさせているだけで、夜明け前の世界は、静かだった。



 まず井戸から水を汲んでこなければならない。

 その水で牛小屋を掃除し、それから乳を搾って、牛に朝飯をやるのは、そのあとだ。


 鶏舎と馬小屋の世話もあるから、夜明け前から動き出さないと間に合わない。


 ナギが朝食にありつけるのは馬のあとだ。


 朝の遅い冬は、時間が足りない。

 全てが後倒しだし、朝食を貰えるまでの空腹がきつい。



 二つの桶を持ち、ナギは小屋を出た。



 奴隷としてここに買われて、三年が経つ。



 「部屋」から外へは、自由に出られた。


 閂の先端の小さな半円には錠前が取り付けられるようになってはいたが、今は何も付けられていない。


 ナギが逃げられないことを、彼らは知っている。




 金も食い物も持たずに、足を鎖で繋いだ異国の子供がどこへ逃げられる?




 この国の名前がヴァルーダであることは知っていても、ここがヴァルーダのどこであるかも、ナギには分からないのだ。




 小屋を出て左の、北の方を向くと、薄闇の中に自分を買った領主の館が、東を向いて佇んでいた。



読んで下さった方、ありがとうございます。

(多分)全30話くらいの短めのお話になる予定です。


下の☆☆☆☆☆を押して頂けたり、ブックマークして頂けると、とっても嬉しいです!

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