隣の彼女は、シリアルキラー 〜僕の賽は投げられた〜
「あっはぁ」
夥しい量の血溜まりの中、見慣れた顔の彼女が嗤う。
そして僕は──
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高校三年生、最後の夏。友達が死んだ。
死因は頸部からの大量出血死。そう、殺人だった。
僕たちの学校は所謂田舎の学校で、同じ学年の生徒はたったの6人。
その中でも一番仲が良かった友達の死は僕にとってとてもショックだった。
現実を受け入れきれなかったけども、お葬式ではっきりと理解した。友達は、死んだのだと。
そして、事件の噂はすぐに村を駆け巡った。
それでもテレビのニュースにはでてこない、そんな扱いの事件。
僕は何度も事件現場に手を合わせにもいった。お供え物もした。
どれだけしても、友達は返ってこない。
「今日も、ここに来てるんだ」
町を流れる川の縁。事件現場で手を合わせていた僕の背後から、ころころと鈴のような声が掛けられる。
「横畑?」
声の方へ視線を向ける。そこにいたのは、のこり4人になったクラスメイトの一人、横畑 竜胆だった。
すっきりと流れるような目、ちょっと色の抜けた赤茶色の髪を肩まで伸ばした彼女は、いうなれば美人だろう。
村のお爺ちゃんお婆ちゃんにも人気で、いつもどこそこの嫁にと言われている。
夕焼けを背にした彼女はどこか宗教画じみていて、まるで現実から切り離されたみたいだ。
「こんなことに、なるなんてね」
彼女は僕と視線を合わせると、すっと僕の横に屈み、手を合わせる。
「葬式で顔を見たっていうのに、未だに信じられないよ」
そんな彼女を眺めながら、僕も呟く。
いつも明るかった友達。生まれた頃から一緒だった友達。
それがもう、いないだなんて。またどこかからひょっこり顔を出すんじゃないかと、思ってしまう。
「私も。殺されたって、実感できないや」
竜胆さんはそんな僕に苦笑を投げかけながら、鞄から友達の好きだったお菓子をお供え物の列に加える。
「なんで、犯人捕まらないんだろう」
「目撃情報も殆どないし……。皆この村の人が犯人だって思いたくないだろうしね」
すっと立ち上がり、僕を見下ろしながら疑問に答えてくれる横畑。彼女が言いたいことはわかる。
村の誰もが思っている。きっと外の人間の仕業だって。
今まで村の中で問題を起こしてきたのは、いつも他所ものだ。
今回もそうに違いない。僕もそう思っている。
「犯人探しがしたいわけじゃないよ。ただ、やっぱりなんていうんだろう。無念?」
「わかる。このまんま音沙汰なしで風化しちゃうの、やだな」
僕も立ち上がって視線を合わせる。悔しそうな顔で歪んでしまった彼女の顔。
そんな顔を作り上げる犯人が、とても憎い。
「でも、そうもばっかり言ってられない。期末テストまでもうちょっと、勉強もしないとね」
「横畑でも、テスト勉強するんだ」
「私でも、って酷いなぁ。そりゃ勉強しなかったら大目玉じゃん」
横畑は小学校のころに、この村に引っ越してきた子だ。死んだ友達ほどじゃないけど、知るには知っている。そんな間柄。
引っ越してきた部類の割に、すぐに僕たちになじんでいた。それでも女の子ってだけあって、接点は少ないけれども。
いつも成績は良い方で、よく彼女を見習えと言われるぐらいだ。
そんな彼女でもテスト勉強をするという事実に、僕は驚きが隠せなかった。
「そうだ。明日、勉強一緒にしない?」
「え?」
そんな彼女から、珍しい言葉が飛び出してきた。彼女が僕を誘うのは、初めてだ。
まぁ、今までは友達とずっと一緒にやっていたから機会がなかっただけというべきか。
それでも、女の子に誘われるのは初めてだ。思わず聞き返してしまう。
「二人で分担してやれば、労力減るでしょ。お互いに」
「そりゃそう、だけど……」
「それとも、私と二人は嫌?」
何という、殺し文句だろうか。背が低い横畑に、上目遣いでそんな風に言われると、断るだなんてできなくなる。
もっとも、びっくりしていただけで断るつもりはなかったけども。
「いいよ、一緒にやろう。どっちの家でする?」
「君の家で」
即答で返ってくる。
「なんでさ」
「君の家、広いでしょ? それに、女の子の部屋には秘密が多いんだよ」
疑問を呈するけども、不思議な理由で押されてしまう。それを言うなら僕の部屋にも秘密は多いんだけど。
ああ、でも僕の部屋じゃなくて空いている客間でも使えばいいか。僕の秘密を知られたら、翌日には村中に響き渡りかねないからね。
「わかったよ。じゃあ明日……9時くらいでいいかな?」
「それでいいよ。じゃ、また明日ね」
「うん、それじゃあ」
予定が決まった事を、嬉しそうにしながら横畑が去っていく。僕も、場所は不謹慎だけれども少しドキドキしてしまった。
女の子と二人で何かをする、だなんてこれが初めてだ。勿論遊んだことは何度もある。だけれども、二人っきりというのは今までなかった。
ひぐらしとカラスが鳴く中、僕は少し浮かれながら家に帰った。
翌日、9時になっても彼女は僕の家に来なかった。もしかして、僕は遊ばれたのだろうか。
それ以前に、今日は雨だ。きっと出るのが面倒臭くなってしまったに違いない。こんな事なら連絡先交換しておけばよかった。
そんな事をぼんやり考える。まぁどうせ明日になれば学校で会うんだ。また土日の予定を聞いてみよう。
午後3時。雨はとっくに上がったけれども、彼女は現れない。昨日お母さんに頼んで買ってきてもらったケーキを一人で食べる。
なんだかちょっと、寂しく感じてしまうのは雨のせいだろうか。
午後8時、電話が鳴った。取ったのはお母さんだ。何時ものように他所ゆきの高い声で、電話に出る。
「はいはい……え……そうなんですか……うちには……」
だけど、その声が急に曇る。
「洋一。今日、横畑さんとこの子と予定があるっていってたわよね?」
「うん、朝から宿題一緒にする予定だったよ」
受話器をおいて、聞いて来た母にケーキを食べながら答える。何だろう、嫌な予感だ。
「竜胆ちゃん、朝でたっきり帰ってきてないんだって……携帯も出ないって……」
「え?」
母の言葉に思わず聞き返す。嫌な予感が更に強まる。
だけれども僕は彼女の行先をしらない。
こんな時間に帰っていないだなんて、珍しい。
仮に付き合ってる人がいて帰らないにしても、この田舎じゃ親は謎の情報網で知っているはずだ。
だというのに……
嫌な予感が尽きないままその日は眠るしかなかった。
月曜日。誰しも憂鬱になる日だ。
僕も昨日の横畑さんの事を引きずりつつも、朝食を手にする。
朝のニュースはいつも通り。何も変わらない。
友達のいない通学路を一人で歩く。この道のりを一人で歩くようになって、何日目だろうか。
寂しさと嫌な予感を背負いつつも、学校につく。席が一つ減った教室は、妙に寂しげに感じる。
そしてこの日、僕の隣の席の横畑さんは学校に来なかった。
「洋一、横畑さんところの竜胆ちゃん。亡くなったって」
その日、僕が家に帰って聞かされたのは、受け入れ難い話だった。
亡くなった。亡くなった? なんで、いつ、どこで? いろんな疑問が頭を巡る。
「あの川端で、殺されたって」
あの? 友達が殺されたあの場所で、また?
村中は大騒ぎになった。通りすがりの犯行だと思われていたのに、二人目が殺されたからだ。
なぜ同一人物だってわかったか。それは翌日、情報通のクラスメイトから聞いた。
「現場に血文字で『四』だってよ。気色わりぃ」
友達に続いて、また席が減った教室でその話を聞く。本当は横畑の死に様なんて聞きたくなかった。
だけれども、大騒ぎになってしまった以上、気になってしまったのだ。
「お前のダチと同じで、首斬られて失血死だと。死亡推定時刻は午前9時だとか」
もし横畑と僕が約束していなかったら、彼女は死なずに済んだのだろうか。
もし彼女と僕が勉強するのを彼女の家にしていたら、彼女は死なずに済んだのだろうか。
もし、もし……
「考えすぎんなよ」
僕の後の席に座る彼が、頭を抱えてしまった僕の肩をトンと叩く。
だけれども、あの約束がなかったら、ということをどうしても考えてしまう。
「何にしても、ケッタクソ悪い話だ。だけど、こんな狭い村の中だ。すぐ目星はつくだろ」
「そうだと、いいけど」
そういって僕に苦笑いした彼は、三日後学校に来なかった。
「洋一、あんたのクラスメイトの康太君だけど……」
家に帰って聞かされたその言葉の先は、半ば分かっていた。
夕食の場で両親の間で交わされる会話も、その話ばかり。
今度は『ニ』の文字があったらしい。訳のわからないその在り方に、恐怖を感じる。
そして、おそらくだろうけども僕たちを狙っている事にも。
これで、僕の学年の人数は半分になってしまった。それでも、なぜだか学校は休校にはならなかった。
「怖いね」
「怖いよね」
そう語るのは北森 七海。僕の右隣の席になった子だ。もう一人は水瀬 弥生。二人ともあまり話した事はなかったけれども、彼女たちも今の事態に恐怖を感じているらしい。
当然だ。僕もそうだけど、彼女たちも狙われているのかもしれないのだから。
「怖いけど、集団下校ってわけにもいかないのがね」
僕たちが住んでいるのは田舎だ。集団下校しようにもお互いの家は物凄く離れている。
だけども僕はその日、二人を家まで送ることにした。何せクラスではもう僕が唯一の男なのだから。
「ありがとう」
そう言ってはにかむ北森の顔は、学校で見たことがないくらい綺麗だった。
そう、とても綺麗だった。
「あっ」
「ごぉ」
何かを言う暇も、反応する暇もなかった。北森の首を何かが通りぬけ、血飛沫が飛ぶ。
「えっ、あっ、なん……で……?」
必死で血が出る首を押さえる北森、だけどもその勢いは収まりを見せない。
膝を付き、血の勢いに合わせて徐々にくずおれていく彼女を、僕は見ていることしかできなかった。
「何してんだよ。何してんだよ水瀬ぇ!!!」
片手に通学鞄、もう片手に大振りなナイフを持った水瀬に向けて叫ぶ。
北森の首を切ったのは、彼女だ。
ずっと僕の左隣の席だった、水瀬だ。
「何って、サイコロで出た目を潰してるの」
「何を言って……」
カツンと小さな音を立てて、彼女の足元に何かが転がる。
小さな小さな立方体。それは、サイコロだ。
「学校で振ったら、五の目がでたの。だから北森さんを、殺したの」
今まで現場で書かれていたのは、サイコロの出目のことだったのか。
倒れ伏した北森さん、そして辺りに広がっていく血。何もかもが現実じゃないみたいだ。
びちゃりと血溜まりを踏みつけ、水瀬が転がったサイコロを拾う。
「あっはぁ」
夥しい血溜まりの中、見慣れた顔の彼女が嗤う。
そして僕は──
背を向けて逃げ出した。
北森を置いて、逃げ出した。
彼女が嗤った理由が、わかってしまったのだ。
その瞬間、背中に走る衝撃。そして熱と激痛。
「さぁん」
振り向けば、何かを投げた格好の水瀬。その手には先ほどまであったナイフが、ない。
わかりたくない。わかりたくない。体勢を崩そうとする肉体を、なんとか保たせる。
だけれども走れない。足が止まる。膝が、落ちる。
「逃がさないよ、出た目はきちんと潰さないといけないんだから」
背中からナイフが抜かれ、首に痛みが走る。
どうやら目の前の水瀬が、僕の首を切ったらしい。
こんな時にパンツ見えてるよ、だなどと思うのはバカな話だな。
僕の首からも血が溢れ、地面を汚していく。
そんな僕の目の前に、ころんと何かが転がってくる。
──サイコロだ。出目は六。
「残念。六かぁ」
そう呟いた水瀬は、僕が見上げる前で自分の首を切り付けた。
「これでおしまい」
僕の隣に水瀬が横になる。彼女の血と僕の血とが地面で混ざり合っていく。
「ずっと君の隣にいれて、楽しかったよ」
そういってすっと目を閉じる。
僕の閉じかけた目に映るのは端正な顔をした水瀬。
小学校も中学校も、高校も、隣の席だった見慣れた顔の彼女。
あぁ、隣の彼女は、シリアルキラーだった。