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第八話 飾られた犯行時間

「ふざけないで!」

 店中に声が響いた。女性客が店員に文句を言っているのだ。その様子を、雲竹は遠巻きに眺めていた。

 その女性は少し前に店に入ってきた白いスカーフの女性だった。話の内容に耳を傾けてみると、以前に買った服のことでもめているようだ。どうやらクレーマーらしかった。

 しばらくしてやってきたお客様係りが対応に乗り出した。さすがにプロである。丁寧な口調だが凛とした態度で女性の攻撃的な言葉もさらりと受け答え、話は女性客の思い通りにはいかなかった。しばらく押し問答が続いたが女は諦めたようで、

「もういいわ、今度から気をつけてちょうだい」

 と、捨て台詞を残して黒いスカーフの女性は店を出て行った。

 雲竹は、お客様係りの対応に感心し、なにかほっとしたような気持ちでその場を離れた。


 雲竹が、その女性クレーマーと再会したのは数日後の朝のことだった。ある調査に向かおうと公園の近くを通りかかると「警察を呼べ!」そんな言葉が聞こえてきた。雲竹は、何事かと公園に入ってみた。

 そこにあったのが、物言わぬ姿となった例の女性クレーマーだった。女性は、頭から血を流して倒れていた。すぐ横にある石でできたベンチに血痕が付着している。どうやらここで頭を打ったようだ。身につけていたアナログ式の時計は壊れたらしく停止しており、一〇時一〇分を示していた。

 程なくして、パトカーが到着し初動捜査が開始された。同時に捜査員が、集まっていた野次馬に事情聴取を始めた。雲竹はそのなかに女性刑事、清正美歩きよまさみほを見つけ、声を掛けた。

「あら、探偵さん」

「刑事さん、被害者の時計が止まっていましたが死亡推定時刻は何時ですか?」

「正確なところはまだハッキリしないのですが、現段階では昨夜の十九時から二十三時の間だそうです」

「そうですか、ではあの時間が犯行時間ということになりそうですね」

「そうみています」

「私は、たまたま通りかかっただけなので、何も知りませんから失礼して宜しいですか?」

 雲竹は、先日女性を見かけたことは敢えて言わなかった。事件に直接関係があるとは思えなかったし、仕事で先を急いでいたからだ。


 数日して、雲竹は仕事が一段落し街へ買い物に出かけた。例の殺害された女性がクレームをつけていた店の前にきたとき、ふと先日の事件がどうなったのか気になった。すると店の中から知った顔が現れた。

「ああ、刑事さんじゃないですか」

「あら探偵さん」

「例の事件、どうなりました?」

「有力な情報は、まだ見つかっていません」

「そうですか、実は事件の数日前にちょうどこの店で彼女を見かけているのです」

「本当ですか?」

「ええ、事件には関係ないと思ってあの時は黙っていたのですが、この店でクレームをつけているのを見かけましてね」

「その件で、ここに事情を聞きに伺ったところなんです」

「そうでしたか」

「殺害された女性はかなりのクレーマーだったようです。この店以外にも何軒かで問題を起こしていたようです」

 美歩はそう言ってから、

「ああ、そういえば探偵さん、あの時、死亡推定時刻のことを私に聞かれましたね」

「ええ、それがなにか?」

「実は、後の調査で死亡推定時刻は二十時から二十一時の間とわかったんです」

「ん?それだと時計の時刻と合いませんね?」

「そうなんです、でもそれは、あの時計は電池式ではなく手巻きだったからだと思います。きっと、巻くのを忘れて止まっていただけみたいです」

 雲竹は黒縁の眼鏡をサッと外すと鋭い眼光で宙を見た。雲竹の視力は〇.〇一を切るほど悪い。眼鏡を外すと視界は数メートルしかなく、辺りの景色は全てぼやけてしまう。その代わりに記憶の中の映像がより鮮明に雲竹の頭脳で蘇る。それらが同時に書籍やWEB、新聞などで蓄えられたあらゆる雑学と結びつき瞬時に一つのストーリーを導き出すのだ。

(あ~ん!その鋭い視線で私を見て)美歩はうっとりした。

「刑事さん、付き合ってもらえますか?」

(え?ついに交際を申し込まれた!?)

「え・・ええ・・・わ、私でよければ」

 そう言って雲竹のほうを見直すと、すでに雲竹の姿は消えていた。

 どこに行ったのかと辺りを見回すと、歩道の端で手を上げ、タクシーを止めていた。

「刑事さん、早く乗ってください」

「は・・・はい」

(いったいどこに連れていかれちゃうのかしら私)美歩はドキドキしながら流れる景色を見守った。

 タクシーがワンメータもかからずに止まったのは、海外時計メーカーR社の直営店の前だった。

「刑事さん、着きました」

「あら、かわったホテルね・・・?」

「え?ホテルじゃありません。時計屋さんです」

「は?」

 美歩はきょとんとした。

「とにかく中に入りましょう」

 雲竹は回転扉へ消えていった。美歩も慌てて後に続いた。


「いらっしゃいませ」

 店長らしい男が出迎えた。店の中は意外と狭く、今はこの男が一人で販売しているようだ。

「こちらは、刑事さんです」

 と雲竹は美歩を紹介した。

(え?なになに?)美歩はわけがわからず黙ったままペコリと頭を下げた。

「どんな御用でしょうか?」

「実は、先日、捕まえた泥棒がこちらの商品を持っていましてね、確認の為に伺いました」

(え?)美歩は何の話かさっぱりわからない。

「この腕時計なんですが、こちらで扱っている物に間違いないですか?」雲竹はパンフレットを見せた。

「ええ、間違いなくうちの商品です。確かに先日、カウンターに飾られてあったものが盗まれています」

「そうですか、被害届は出されましたか?」

「い・・・いえ、まだ出していないのですが、なにか問題でしょうか?」

「いえいえ、それは構わないのですが、それで、被害にあったのはいつですか?」

 店長は少し考えてから、

「それが、よくわからないのです。いつの間にか無くなっておりまして」

 と困惑した表情を見せた。

 雲竹は「そうですか」と頷いてから、

「話は変わりますが、先日この近くで殺人事件がありまして」

 そう言いながら、美歩に被害者の写真を出すように促した。

「この女性なんですが、こちらに来ませんでしたか?」

「いいえ、覚えがないですね」

 店長はそっけなく言った。

 その返事を聞いて、雲竹は少し考えてから、

「そうですか、おかしいですね」

「なにがでしょうか?」

「実は時計を盗んだのは被害者の女性なのです」

「そうなんですか?」

 店長は驚いていった。

「ええ、おそらく間違いないと思っています。そして、彼女を殺害したのはあなただと思っています」

 雲竹は店長を見据えた。

(何を言ってるの?!)美歩は雲竹の意外な発言に目を丸くした。

「何を根拠にそんなこと・・・だいたいあんたはなんなんだ!」

 店長の目がつり上がった。

「ああ、申し遅れました。私は探偵の雲竹といいます」

「たんてい・・・?」

「被害者の女性はかなりのクレーマーでした。しかし、彼女はただのクレーマーではありません」

「どういうことです?」

 美歩がついに我慢できずに尋ねた。

「彼女はクレーマーを装った万引きの常習犯なのです。彼女の手口は、万引きを行った後、商品にクレームを付けてそっちに店員の気を向けさせ、そのあと堂々と万引きした商品を身につけて店をでていくという手口です。先日、見かけたときも、その手口で堂々と犯行を行い、スカーフを盗みました。それと、同じことをここでも行ったと私は思っています。あなたはクレームをつけられた後、彼女の後を付け、公園で彼女を殺害したのです。しかし、あなたは彼女に時計を盗まれたことは気付いていなかった。だから彼女はここの商品を着けていたのです」

「私はそんな女はしらない。その時計がここで盗まれたという証拠はないだろう!」

 店長は声を荒げた。

 雲竹は黒縁の眼鏡をサッと外すと鋭い眼光をショーケースに飾られた時計に向けた。

(キャー!私の時を止めて~ん!)美歩はうっとりした。

「時計といえば、世界標準時はイギリスのグリニッジにある王立グリニッジ天文台の時間、日本標準時は兵庫県明石市を通る東経135度の時間です。時計が右回りなのは日時計の影が右回りだからという説が有力です。鳩時計はもともとドイツで発明された、カッコウ時計でした。しかし、カッコウは別名『閑古鳥』。縁起が悪いので日本では鳩時計と呼ぶようになりましたが、鳴き声はカッコウのままで—―」

「それがどうした」

 店長は、そんなことは知っていると言わんばかりに口を挟んだ。

「時計屋さんに時計の話をしたら失礼ですね。失礼ついでにもうひとつ」

 そういって雲竹は話を続けた。

「えー、ここからが肝心なんですが、あなたはもちろんご存知でしょうが、広告の時計は針の位置が決まっています。これには、時計を見たときのバランスが良い、その時計に針が何本あるかを見せるため、それと、会社のロゴを隠さないようにという三つの理由があります。その位置はメーカーによって違いがありセイコーは10時8分42秒、シチズンは10時9分35秒、カシオは10時8分36秒です。そして、こちらのR社では、被害者が着けていた時計が指していた時刻、10時9分40秒ですね。つまり、被害者は展示してあった時計を盗んだという証拠です」

 美歩は被害者が着けていた時計の写真を取り出して見てみた。

「あっ!本当ですね。確かに針は10時9分40秒を指しています」

「それが証拠だって!偶然だってありうるだろ」

 と店長は反論したが、声に力は感じられなかった。

「もうひとつあります。先ほどあなたは被害届を出していないと言いました。それは何故か。それは、時計が無くなった日が、事件の日だとあなたは知っていたからです。もし、被害届を出して、警察に監視カメラの映像の提供を求められたら、あの日、死亡推定時刻の直前に被害者がここに来たことが知られてしまう。それをあなたは恐れたのです。違いますか?」

 店長は、しばらく黙っていたがぽつりと言った。

「あれは、事故だったんだ」

「事故?」

「あの女は、意味不明なクレームをつけて、なかなか納得してくれなかった。終いには本社へ連絡するといって、店から出て行ってしまった。私は、女を追っていった。もちろん殺すためじゃない!謝って納得してもらうためだったんだ。しかし、あの公園のところで引きとめようとしたときに女が倒れて頭をベンチに・・・」

 店長は頭を抱えて膝を落とした。

「自首して頂けますね?」

 雲竹はやさしく声を掛けた。


 

「刑事さん、そういえばホテルがどうとか?」

「いいえ、そんなこと言ってません!」

 美歩は恥ずかしさを隠すため怒って見せた。

「そうですか、聞き間違えかなあ?」

「聞き間違えに決まってます!」

「な、なんでそんなに怒ってるんですか?・・・」




今回は時計の雑学でした。

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