第六話 弾丸列車の男
ホテルでの事件処理を終わらせた新米女性刑事の清正美歩は、帰京するため特急電車に乗り込んだ。美歩が乗り込むのを待っていたかのように列車は駅を出発した。指定席の4号車の車内は日曜日ということもあってツアー帰りの団体でほぼ貸し切り状態だった。美歩が指定席に着き、網棚に荷物を乗せ座席に座ろうとしたとき、反対側のボックス席から声を掛けられた。
「あれ?刑事さんじゃないですか」
「まあ、探偵さん」
「刑事さんもこの列車でしたか、偶然ですね」
「もう帰られるんですか?」
「一人で観光しても楽しくないですしねえ」
「そうですよね」
「隣り、よろしいですか?」
美歩が答える前に、雲竹は隣に座っていた。
(いや~ん、なんか強引?!やっぱり脈ありかしら?)美歩は内心を悟られまいと車窓から景色を眺めつづけた。
雲竹は車窓から何かが見えるたびに得意のウンチクを披露した。が美歩はそのほとんどに興味がなく気のない相槌をうちながら愛想笑いをし、
(このひと、もう少し空気がよめたらいいのに)
と、少し残念に思うのだった。
列車がJR三島駅をすぎたころ、ツアー客のなかの一人の男が席を立った。それを見て、
「刑事さん。あの人A型ですかね?」
と雲竹が耳打ちした。
その男は、頭が前から禿げ上がっていたからだ。
「失礼ですよ」
といいながら、美歩は口に手を当てて笑いをこらえた。
男は自分の荷物を抱えて列車から降りる準備をしていたが、次の駅には列車が停車しないことがわかったようで、また座りなおした。
しばらくして列車は長いトンネルをくぐり抜けたところで大きく左にカーブし少し揺れた。すると車両の一番前方の席に独り座っていた男性が、通路の床に崩れるように倒れその付近で驚きの声があがった。異変を感じた雲竹は素早く男性に掛け寄った。
男性は苦しそうに最後の言葉を発した。
「・・しん・・かんせん・・・の・・おとこ・・」
列車はまもなく熱海駅に滑り込んだ。美歩は車内にいたツアー客全員を降ろし身元の確認を行った。
雲竹はツアーの添乗員に質問した。
「このツアーで新幹線は利用しましたか?」
「いいえ、このツアーでは行きも帰りも急行で新幹線は使っていません」
「そうですか・・・」
雲竹はサッと眼鏡を外し遠くの一点を睨むように目を細めた。その目が元の穏やかな表情に変わったとき、
「刑事さん、犯人がわかりました」
と、眼鏡を掛けなおしながら美歩に告げた。
「え?本当ですか?」
「ええ、犯人はあそこへ行けばわかります」
と、ある場所を指差した。
「みなさん、遠くまでご足労頂きましてすみません。私は探偵の雲竹九十九といいます」
と、名乗ってから、
「被害者は亡くなる前に、こうつぶやきました。『しんかんせんのおとこ』と。もちろんこの『しんかんせん』とは列車の『新幹線』のことでしょう」
「でもこのツアーでは新幹線は使ってないそうですけど?」
美歩が尋ねた。
「ええ、それは先ほど添乗員さんから伺いました」
雲竹はまたもや黒縁の眼鏡をサッと外すと鋭い眼光を、海上を舞うカモメに向けた。
(う~ん、カッコイイ!)みほは目を潤ませた。
「新幹線は一九六四年一〇月一日に、東京オリンピックの開催に合わせ東海道新幹線を皮切りに営業を開始しました。当時の電車は蒸気機関車の煙で車体が汚れるため白い車体カラーは敬遠されていましたが、新幹線は独立した路線を走行するため汚れを気にする必要がなく、カラーリングは最速を誇る飛行機をイメージして空と雲を基調とした青と白のデザインになりました。新幹線の中でも山形新幹線の『つばさ号』、秋田新幹線の『こまち号』は、在来線の高速化を測る目的で作られ在来線のトンネルや鉄橋を再利用して線路の幅だけをフル規格の新幹線と同じ一.四三五メートルにし直通運行する『ニミ新幹線』と呼ばれていて、時速は一三〇キロに抑えられています。ちなみに私は『電車でGO!プロフェッショナル仕様』で高速運転も制御できる秋田新幹線が好きでATCの───」
「話がそれてますよ!」
美歩の突っ込みに雲竹は我に返って、
「えー、ここからが肝心なんですが、刑事さん。この中に新幹線に関係ある方がいますね?」
「え?あっ、はい。身元の確認で職業が新幹線の乗務員の方が一人います」
乗務員の男は驚いた顔で雲竹を見た。
「そう、あなたです!」
と言って、雲竹が指差したのは乗務員の後ろに隠れるように立っていた頭の禿げ上がった男だった。
「え?」
美歩はきょとんとして雲竹を見た。他のツアー客たちは驚いて男から離れ囲むように後ろに下がった。
「一九三九年、鉄道省は東京と北京を約五〇時間で結ぶ夢の超特急『弾丸列車計画』を打ち出しました。しかし、計画は戦争の激化により途中で中止になりました。その時に掘られた新丹那トンネルの近くに関係者の居住区があり、そこがそのまま『新幹線』という地名になりました。正確には静岡県田方郡函南町上沢字新幹線といいます。つまり、『新幹線の男』というのは、新幹線に住んでいる男という意味ではないでしょうか。あなたは、熱海の手前の、列車が停車しない函南駅で降りようとしていました。あなたが新幹線の男ですね?」
男はがっくりと膝を落とした。
「わしは、このツアーで奴と仲良くなって、帰りの列車で住所の交換をしたんだ。すると奴は、私の頭を見て新幹線のさきっぽのようだとかぬかして、新幹線が新幹線に住んでるなんてバカにしやがったんだ・・・」男は泣き崩れた。
(えっうそ?!当ってんの?!っていうかその程度の理由で犯行に及ぶ?!)美歩は唖然とした。
そこへ都合よくパトカーが駆けつけた。
「探偵さん。人数が多すぎて、途中で三人ほど落ちて怪我をしましたけど・・・」
「いやー、やっぱり熱海の崖は景色がいいですね。ところで、ひとつ気になることあがりまして」
「はい?」
「あの容疑者、やっぱりA型ですかね?」
「私も気になります・・・」
今回は新幹線の雑学でした。