第四話 双生児の宴
その日、新米女性刑事の清正美歩は非番だった。いつもであれば、街へ出てショッピングをしたり雑誌に載っているようなオシャレなカフェでおいしい紅茶やスイーツを食べてストレスを発散したりするのだが、この日は違っていた。
午後から美容院へ行き、最近流行の髪をうずたかく盛り付けるヘアースタイルに挑戦し、レンタルブティックに寄って素敵なドレスを借りた。というのも、遠縁にあたる財閥のパーティに招待されたからだ。
あまり気は進まなかったが、どうせ行くなら気合を入れていこうと決めた。ひょっとしたら素敵な出会いもあるかもしれないという密かな期待もあった。
屋敷に着くとパーティは既に始まっていた。天井には見たこともないような大きなシャンデリア、壁には大きな絵画が掛けられ、まるで映画のセットの様だ。幼いころ両親に連れられて何度か来たらしいが自分はよく覚えていない。ブッフェ形式の立食パーティで料理はどれも高級で美味しそうなものばかりだ。運ばれてきたシャンパンを受け取り知り合いでもいないかと辺りを見回していると、部屋の隅に、パーティには似つかわしくない人物を発見した。
明らかに華やかとは言えない冴えない男が独りグラスを片手に調度品などを観察している。男は美歩の視線に気付き近づいてきた。
「あれ?ひょっとして刑事さんですか?」
「こんばんは。探偵さんはどうしてここに?」
「実はこちらの御主人に依頼をされましてね。警護のようなものです」
「え?そんなこともするんですか?」
「まあ、それはいいとして、今日は見違えるようですね」
「あら・・・。そうですか」
美歩は恥ずかしそうにちょっとはにかんだ。
「そう、なんていうかな・・・そう!まるで徹子のヘアーですね!」
(それ褒めてんの?!けなしてんの?!っていうか駄洒落?!)
そのとき屋敷の主人から出席者に声がかかった。
「みなさん。私の息子たちが到着しましたので紹介致します」
そういうと、隣の部屋から二人の男性が現れた。
「そっくりですね?」雲竹は美歩に聞いた。
「双子ですもの」
「なるほど、これか」
雲竹はフォークに刺さったソーセージを食べながら頷いた。
(また駄洒落?!)美歩は心の中で突っ込んだ。
「実は今日のパーティは、二人の息子さんのどちらが後を継ぐか発表することになっているって知ってます?」
「ほう!それは凄い。相当な資産でしょうね」
「そうね。50億はくだらないって噂だわ」
「あるところにはあるもんですね」
感心しながら雲竹はまたソーセージを頬張った。
「ん?」
雲竹は皿に乗ったソーセージをフォークで刺すとまじまじと見つめた。
「どうかしました?」
「いや、別に」
そう言ってパクリと口の中に放り込んだ。
パーティも終盤にさしかかり、いよいよ後継者の発表かと思われたとき、事件は起こった。
突然、息子二人ともが体調に異変を訴え相次いで倒れたのだ。
「救急車を呼んでくれ!」屋敷の主人が叫んだ。
「みなさん落ち着いてください!警察です」
美歩は警察手帳を提示しながら倒れた二人に近づいた。取り敢えず二人をソファーに運ぶため雲竹に手を借りようと周りを見回したがどこにも彼の姿を発見出来なかった。
(もうどこに行ったのかしら、役に立たないわね!)
美歩は近くにいた出席者にお願いしてやっとのことで2人を運び終えると、
「毒物服用の可能性があります。すみませんが皆さんの身元を確認させていただきます」
と、警察手帳を提示しながら告げた。そのとき、
「その必要はないと思いますよ」
別の部屋から戻ってきた雲竹が落ち着き払って言った。
「雲竹さん。どうなっているのかね?こんなことがないように、君を雇ったはずだが」
屋敷の主人が雲竹に詰め寄った。
「ええ、大丈夫です」
雲竹はいまどき珍しい黒縁の眼鏡をサッと外すと鋭い眼光を輝くシャンデリアに向けた。
(キャー!きた~~!)美歩は顔を赤らめた。
「双生児。いや、ソーセージはミンチにした牛や豚の肉に調味料とスパイスを混ぜ、腸などに詰めて作られます。オーストリアのウィーンで作られたウィンナー、ドイツのフランクフルト、イタリアのボロニアなど地名がそのまま名付けられた物が有名ですが、日本で作られるものは、日本農林規格で基準が決まっています。例えば、羊の小腸に詰めた物をウィンナー。豚の小腸だとフランクフルト。牛の小腸ならボロニアとなります。また、腸を使わずに人工の皮を使う場合は太さが20ミリ以下の物をウィンナー。20~36ミリがフランクフルト。36ミリ以上がボロニアと決められています。ちなみにフランクフルトをロールパンで挟んだ食べ物をホットドッグといいますが、これはソーセージの原料に犬の肉が使われているという噂から名付けられたとか、ことわざで『ソーセージと法律は作る過程を見ないほうがいい』とか『ソーセージの中身は肉屋と神様しかしらない』とかあまり考えたくないような───」
(ソーセージと何の関係があるんですか!)雲竹の背中をトントンと叩いて美歩が小声で突っ込むと、雲竹は我に返った。
「えー、ここからが肝心なところで、日本農林規格ではもうひとつソーセージの基準があり、特急、上級、標準の3種類に分かれています。特急と上級には牛肉、豚肉しか使われませんが、標準にはその他に馬肉、めん羊肉、山羊肉、家きん肉、家兎肉などが使用されます。
先ほど、本日の料理をお願いした業者の方に伺ったのですが、実は今日使われたソーセージの特級が足りずに標準の物も混ぜて使われたそうです。お二人はおそらく羊肉アレルギーだと思われます」
「そんなことが信用できるか!きっと、誰かが相続を狙ったに決まっとる!」
主人は出席している親族たちを怒りの形相で睨みつけた。
親族たちは、互いに顔を見合わせながら、自分ではないと口々に言い出した。
「まあまあ」と親族を落ち着かせると雲竹は「もうひとつ」と切り出した。
「アレルギーというのはかなり遺伝も多いそうです。実は先ほどご主人が食べられたお皿に標準のソーセージを入れておきました」
「そ、そういえば今日のソーセージはいつもと違う感じがしたが・・・うっ!」
主人は喉に異常を感じ、目を剥いて雲竹を見た。そうして喉を押さえよろめきながら会場を彷徨い、苦しそうに呻きながら倒れこんだ。
(ご主人も倒れちゃったよ?!知ってて入れたの?!っていうかすっごく危険な行為だと思うんですけど?!)美歩は唖然とした。
そこに救急隊員が駆け込んできた。
親子が乗せられた救急車を見送りながら美歩が聞いた。
「探偵さん。何でアレルギーってわかったんですか?」
「いやー、実は食べたら美味しくないソーセージがあったので、調理場に文句を言いに行ったのですよ。そうしたら、それが特級のソーセージだと言われましてね。私は特級のソーセージを初めて食べました。だから、こういうお屋敷に住んでいるような人は逆なのかなと思いましてね。それに御兄弟にはアナフィラキシーショックによくある症状がみられましたからね。通常よくあるアレルギーなら大抵は口にされてるでしょうから、食べることはないでしょうけど、彼らの場合は安物のソーセージを食べたことがなかったということですね」
今回はソーセージの雑学でした。