第三話 遠くのヤマが近くに見える
朝焼けの中、小さな公園で男性の変死体が発見された。検視の結果、事件は殺人事件と断定され捜査が進められた。遺体の所持品から身元は直ぐに判明した。それと上着のポケットからは意味不明なメモが発見された。
新米女性刑事、清正美歩は、その被害者の名前に覚えがあった。その男は昨年六月に起きた、ある事件の容疑者として逮捕された男だった。男には有罪判決が下され、現在は執行猶予中の身だった。美歩は被害者の事件当日の足取りを追った。しかし、有力な情報はなかなか得ることが出来なかった。
捜査範囲を広げていくと、被害者が図書館に足を運んでいたことがわかった。美歩はさっそく図書館へ向かうことにした。
図書館の職員に被害者の写真を確認してみたが、職員の反応はイマイチだった。がっかりして並べられた席を見渡すと、見覚えのある冴えない男が楽しそうに本を読んでいた。
「探偵さんじゃないですか」と声を掛けると、
「ああ、刑事さんも読書ですか?この本面白いですよ、読みますか?」
と、雲竹は『あなたの知らない雑学の世界』という本を薦めてきた。
「いえ、仕事中ですから」
「ほう、どんな事件です?ああそうか、公園で起きた事件ですね?」
「お答えできません」
「私もあの事件はちょっと興味がありまして、正確なところは知らないんですが被害者は意味不明なメモを持っていたとか?」
雲竹は黒縁の眼鏡をサッと外し、鋭い眼光を宙に向けた。冴えない男が瞬間、輝いた。
(いや~ん、なんだかステキ!)美歩はうっとりした。
「これなんですけど・・・」みほはメモが写った写真を差し出した。
1 2 3 4
○ ● ●ッ ●
「なんだと思います?」
美歩は尋ねた。
「虫食い文字かな?この丸い所に文字が入るとか?」
「例えば?」
「そうですね・・・ピラミッドとか?」
「この黒丸と白丸はどういう意味でしょう?」
「う~ん、例えば黒丸が濁音とか?」
「例えば?」
「えーと・・・思いつかないな、そうか、逆かもしれませんね?」
「逆?」
「白丸が濁音だったらどうでしょう?」
「そうねぇ・・・ポンキッキ?」
「それですかね・・・?」二人は顔を見合わせて意味不明に微笑んだ。
「じゃあ、上にある数字はなんでしょう?」
二人は暫く考えていたが、いい案は思いつかなかった。
「そういえば、この被害者なんですけど、実は昨年起きたある事件で逮捕され、現在、執行猶予中なんです」
「ある事件?」
「六月に起きたちょっとした傷害事件なんですけど、彼にはアリバイが証明できなかったのと目撃証言もあって、有罪判決がでています。冤罪の可能性も疑われたので、テレビでもちょっと取り上げられた事件なんです」
「ああ、それなら覚えてます。確か事件当日、雨が降った降らないとかで揉めてたやつでしたね?」
「ええ・・・」
答えながら美歩が外に目をやるといつの間にか雨が降り始めていた。
「やだ、雨が降ってるじゃない」
「え?雨ですか?ああ、本当だ。参ったな・・・」
雲竹はしばらく考えていたが、
「ちょっと調べたいことがあるので失礼します」
と言ってさっさと本棚の隙間に消えてしまった。美歩は捜査をサボってもいられないので図書館を後にした。
翌日、美歩に雲竹から連絡があり、ある人物を連れてある場所へ来て欲しいと頼まれた。
「あの、今日も雨なのでちょっと───」
(ガチャ、ツーツーツー)言い終わらないうちに電話は切れてしまった。
(えー?!)仕方なく美歩は指定された場所に、ある人物を連れて行った。ある人物とは、昨年起きた被害者が有罪となった事件の原告の男だった。
雲竹はどしゃ降りの中、傘をさして待っていた。
「お呼びだてしてすみません。探偵の雲竹九十九といいます」
「探偵?・・・」男はいぶかしげにつぶやいた。
「あいにくの天気で申し訳ないですね」
(だったらここに呼ぶな?!)美歩は心の中で突っ込んだ。
雲竹は黒縁の眼鏡をサッと外し鋭い眼光で雨を見つめた。
(キャー!水も滴る~!)みほは惚れ々々した。
「実は先日の公園での事件を調べてましてね?まあそれはひとまずおいといて、雨は何故降るのか?それは雲が出来るからですが、では何故雲が出来るのかご存知ですか?雲が出来るパターンは四種類あります。ひとつは地面が日差しで温められ空気が上昇して上空で冷やされるため。二つ目は、風によって湿った空気が山を登り、上空で冷やされるため。三つ目は、冷たい空気の塊りに暖かい空気がやってきて冷たい空気を這い上がり冷やされるため。四つ目は、暖かい空気の塊りがあるところへ、冷たい空気がやってきて暖かい空気を押し上げて冷やされるため。この四つです。ちなみに風は気圧の差によって発生します。空気は高気圧から低気圧に向かって流れるので風が起こります。それと、海水面と地表面の温度差によっても風が吹きます。天気にまつわることわざで有名なのが、『つばめが低く飛ぶと雨が降る』とか『日がさ、月がさがでると雨の───」
「いったい何の話だ!」
原告の男が話を止めると、ウンチクに夢中になっていた雲竹は我に返った。
「えー、ここからが肝心なのですが、昨年の事件の焦点は、当日の天気でした。容疑者は事件当日は雨が降っていたと主張しているのに対し、あなたは晴れていたと主張し、意見は真っ向から対立した。裁判所は、数カ所の情報から事件当日は晴れとして、容疑者は有罪になった。しかし、その後も彼はは諦めずに調べをつづけ、ついに事件当日に犯行現場が雨だったという証拠を掴みました。それがこのメモです。このメモにある上の数字は昨年6月の日付を表しています。下の記号はそれぞれ『○』が『快晴』、『●』が『雨』を表し、『●ッ』は『強い雨』を表す天気図記号です。事件当日の六月三日は強い雨だったという意味です。おそらく彼はこのことをあなたに突きつけたんじゃないですか?つまりあの事件は冤罪だったといことです・・・」
「ちょっと・・・脅してやるだけのつもりだったんだ・・・」
「雨降って地固まる・・・ですよ・・・罪を償いましょう」
男はその場に膝を落とした。
(まったくの推測?!それで自白?!っていうか傘が意味ないほどずぶ濡れなんだけど?!)
そこへ都合よくパトカーが駆けつけた。
パトカーで連行される男を見送りながら美歩は言った。
「探偵さん・・・。別にここじゃなくてもよかったんじゃ・・・」
「いやー、どしゃ降りの崖っていうのも趣がありますね。これは癖になるな」
今回は天気の雑学でした。