第二話 天才は忘れたころにやってくる
新米女性刑事、清正美歩は、管轄区域内で起こった殺人事件を捜査していた。マンションの一室で会社員の男性が刺殺された事件である。部屋には被害者の男性が書いたとみられるダイイングメッセージが残されていた。浮かび上がった三人の容疑者の周辺で聞き込みをしていると見覚えのある冴えない男が近づいてきた。
「刑事さん。ああやっぱりあのときの刑事さんだ」
「えーと、うんちく?・・・さん、でしたっけ?」
「くもたけです」
雲竹は冷静に言いながら黒縁の眼鏡を直した。
「実はこの近くで起きた事件の調査を依頼されまして・・・、先週起きた刺殺事件です。あっ、ひょっとして刑事さんもあの事件の捜査ですか?」
「捜査状況についてはお教えできません」
美歩はちょっと意地悪く言ってみた。
「私の調べでは現場にはダイイングメッセージが残されていたとか?」
雲竹は黒縁の眼鏡をサッと外し、鋭い眼光を宙に向けた。
(やっぱりカッコいいかも?!)ときめきが美歩の心を襲った。
「これなんですけど」美歩はメッセージが写った写真を雲竹に差し出した。
「文字が少しかすれていますね?」
雲竹はしばらく考えた後、三人の人物をある場所に連れてくるようにみほに頼んだ。それは、警察の捜査で浮かび上がっている三人と同じだった。
美歩が容疑者の三人を指定された場所に連れて行くと、既に雲竹は待っていた。雲竹の前にはテーブルがあり三人分の紙とボールペンが用意されていた。
「みなさん、お呼びだてしてすみません。私、探偵の雲竹といいます」
「なに?・・・」
「探偵だと?・・・」
「警察が聞きたいことがあるというから来たんだぞ」
三人は異口同音に不満を口にした。
「ええ、そこにいらっしゃる方はれっきとした警察の方ですよ」
と、雲竹は美歩をみてから、
「さっそくですがみなさん、ここに用意した紙に、これと同じ文を書いて頂けますか?」
と、ダイイングメッセージと同じ文章を提示した。
3人はしぶしぶとそれに従った。
雲竹は書き終わった紙をじっくり見ていたが、
「どれも現場に合った筆跡とは違いますね」とつぶやいた。
「あたりまえだ」「おれは犯人じゃない」
三人は口々に文句を並べ立てた。
「ダイイングメッセージなんだから被害者が書いたんじゃないんですか?」
美歩はもっともな質問を投げかけた。
雲竹は、黒縁の眼鏡をサッと外し鋭い眼光を宙に向けた。
(しびれる~!)美歩はちょっとうっとりした。
「ご存知のとおり人間の脳には左脳と右脳があり、左脳は右半身、右脳は左半身をコントロールしていることがわかっています。原因は解明されていませんが、なんらかの影響で右脳が優位に立つと左利きになると考えられています。少数派の左利きは生活上、不便なことが色々あるとおもいますが、一部のスポーツなど、例えば野球などでは左バッターは一塁に近いなど有利になることもあります。また、右脳は感性や直感をつかさどる脳であるため、左利きには芸術的能力に優れている人が多いという説もあります。例えば、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ピカソ、バッハ、モーツアルト、ベートーベン、アインシュタイン、ニュートン、エジソン、ダーウィンなどが左利きで、天才と呼ばれる人物に左利きが多いと言われています。左利きとは先天的なもので右利きを左利きにすることは出来ません。もしそれで左手が器用になったとしてもそれは矯正であって利き手とはいえません。主に右脳を使う小説家などには左利きの優れた作家は少ないと言われています。ちなみに、左利きのことを『ぎっちょ』という地方もあります。語源はハッキリしないのですが───」
「話がそれてますよ!」
美歩が小声で突っ込み雲竹は我にかえった。
「えー、ここからが肝心なのですが。先ほどみなさんに書いていただいた紙ですが、実は利き手を見るために書いて頂きました。このダイイングメッセージの写真を良く見てください。文字が少しかすれていますね?きっと水性のペンだったんですね。文字が左から右にかすれています。左利きの人は、横書きで文字を書くときどうしても書いた文字の上に手を置いてしまうんですね。被害者は右利きですから書いたのは被害者ではありません。つまり、犯人が書いたということになります」
雲竹は、三人が書いたうちの一枚を取り上げ、
「見てください。この写真と同じようにかすれています。犯人はあなたですね」
左利きの男が、がっくりと膝を落とした。
「・・・・縦書きにするんだった・・・」
(え?自白しちゃうの?!そんなのいくらでも否定できるじゃん!証拠は?っていうか筆跡隠すために右手で書かれてたらお手上げじゃない?!)美歩は唖然とした。
そこに都合よくパトカーが駆けつけた。
左利きの男がパトカーで連行されていくのを見送りながら美歩が言った。
「探偵さん。よくこんなところにテーブルを運んできましたね・・・」
「いやー、大変でしたよ。でも推理を披露するのはやっぱり崖の上が似合いますね」
今回は左利きの雑学でした。