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狐の嫁入り

作者: 相川 健之亮

あんらあ、久しぶりやんね。

さあさ、お上がんなさい。


遠いところご苦労やったね。

電車は少ないわ、新幹線も高速道路も通ってないわで大変やったろ。

お茶入れちょうけん、飲んでや。


おいしいろ?

地元のお茶っ葉使っちょうけんね。

まあ東京に比べたら高知は不便でしょうがないやろうけど、せっかく来たがやけん、楽しんでいってや。


にしてもあんたの方からわざわざ訪ねてくる思わんかったけん、電話もろうた時はちょっとたまげたわあ。

お母さんは元気にしよる?

しばらく親戚で集まることもなかったけん、あんたのお母さんにも全然ね、()おちょらんがよ。


なになに、おばさん難しいことはよく分からんけど、あんた行きよう大学の研究で私に聞きたいことがあるがやろ?


民俗学?


へえ〜。

聞いてもよく分からんけど、私が話しゃええがやろ?


うん。分かっちょるよ。あの話やろ。山のね。



ほんまに昔の話よ。

私がまだ子どもで、6つか7つばあの時。

そんころはね、なんか世の中の空気いうがやろうかね。おかしかったがよ。


お金回りはどんどん良くなりよったがよ。親からは私もいろんな習い事させてもらえよったし、おいしいご飯もいっぱい食べさせてもろうたけん。

やけどね、いろんな問題も言われ始めた頃やったがよ。

例えば学校のいじめ問題やね。

これがうちの通いよった小学校でも問題になってよ。

人権教育とかすごい言われ始めたがを覚えちょる。学校の雰囲気もなんか暗かったで。

あと、少子高齢化とかもその頃から言われ始めてよ。子どもながらに世の中大丈夫やろうか思うて、不安やったがよ。


え?

ああ、ごめん。そんなこと聞きたいがやないでね。

大丈夫、ちゃんと話すけん。


当時はそんな感じでたしかに空気は悪いけんど、景気は良かったけん。


私のおじいちゃんおばあちゃんらは50過ぎくらいで皆仕事辞めて、のんびり暮らしよった。

お父さんとお母さんは二人とも働きよったけん、私はおじいちゃんちに預けられることが何回もあったんよ。


うちは田舎やけんね。おじいちゃんちは山の中にあったがよ。覚えてないろうけど、あんたも行ったことあるがやないろうか。


おじいちゃんにはいろいろ世話してもろうてよ。

趣味でやりよった畑とか、釣りとか、山登りによく連れて行ってもろうたがよ。

おじいちゃんの軽トラに乗せてもろうてね。


ほんまにど田舎でなんにもないようなところやけど、自然ばっかりは豊かやけんね。

退屈せんかったよ。


ほんで、私の従姉妹もよく一緒におじいちゃんちに預けられちょったけん。その子とも一緒に遊んでね。

女の子どうしで、年も同じくらいやったけん、ざまに気が()うてよ。

二人しておじいちゃんに連れられて、楽しかったで、ほんま。


そんでね、おじいちゃんはいろんな話も聞かせてくれたがよ。

昔話っていうがやろうか。

車の中とか、おじいちゃんちに泊まった日の寝る前とかにね、たくさん聞かせてもろうた。


その話の中にはね、怖い話もあったがよ。

大方、子どもを躾けたりするための作り話やったろうけどね。

そん中でも覚えちょうがはね、「狐の嫁入り」って話やね。



夜に山ん中を歩きよると、火の玉がいくつも並んで浮かんじょうことがあるがと。

狐火ともいうがやね。

それが、嫁入り行列のときの、提灯の明かりみたいに見えるけん、「狐の嫁入り」って言うがやと。

その火を見てしもうたらもう駄目ながよ。

男は喉仏を食いちぎられて、女はその火の玉を浮かべよう化け物の子を孕むがやと。

昔はほんまにそんなことがあったみたいで。

山ん中で、喉を食い破られて死んじょう男が何人も見つかったり、山から帰ってきた後に、何もないはずやのにお腹が膨れて、誰の子かも分からん子どもを産んだりしたらしいがね。

やけん、山で火の玉を見たらいかんがよ。

狐の化け物に祟られるけん。



こんな話やったね。

私も従姉妹も泣きそうになりながら聞きよった。


けど、おじいちゃんちにおったらいつもは行けん場所とか、経験できんことをやらせてもろうたりしよったけん、そんな怖い話も日中になったらすぐに忘れよったね。



そんでね、あの日は夏休みやったと思う。

私と従姉妹は、おじいちゃんに連れられて山に行ったがよ。

山には小川が流れよったけん、その川の回りで遊ばせてもろうた。

おじいちゃんは大きい蟹を育てよってね。川に浸かった黒いツボの中に入っちょうその蟹に餌をやりよったね。

私と従姉妹も蟹を探したり、釣りをしたり、水切りをしたりして遊びよった。


昼間に行ったがやけど、あっという間に時間が経って、いつの間にか夕方になっちょったね。

おじいちゃんも一緒になって3人で川の中に石を積み上げて、こんまいダムみたいなもんを作ってね。

私も従姉妹も服がずぶ濡れになっちょったね。


暗くなり始めよったけん、おじいちゃんも川から出て、帰り支度をしよった。

私らもタオルで体を拭いて、捕まえた蟹とか魚を入れたバケツを持って川から上がりよった。


その時やね。


「見たらいかん!!」


っていうおじいちゃんの大きい声が聞こえたがよ。


私は頭ごと抱えるようにして、従姉妹の子は手を引かれて河原の隅の方におじいちゃんに連れていかれたがよ。


「絶対みたらいかんぞ。」


おじいちゃんは何回そう言いよった。


けど私は目を開けてしもうたがよ。

ううん、直接見たわけやないで。

川の水面に映っちょうのを見てしもうたが。


火の玉やった。

よく言われよう青白い明かりやないがよ。

普通の火の色やった。赤というか、橙色やね。

松明につけた火みたいに見えたがよ。

それがよ、何個も何個も、それこそ行列みたいに並んで浮かんじょったが。


おじいちゃんはなんか唱えよったね。

南無阿弥陀仏とも違う、変なお経みたいなんやった。


そんでね、聞こえるがよ。

誰かがゆっくり歩いて、こっちに近づいてくる音が。

私も従姉妹も泣きよった。

従姉妹も分かったがやろうね。おじいちゃんが言いよった「狐の嫁入り」やって。


そしたらよ、足音は私らのすぐ近くで止まったがよ。

私はギュッと目を閉じちょった。

見たら駄目やって言われちょったけんね。もう水面に映った狐火は見てしもうたけど、助かりたかったけん。


どれくらいそうしよったがやろうか。

足音もおじいちゃんのお経も、従姉妹の泣き声も止んじょった。

1時間か、もしかしたら2時間くらいやったかもしれんね。目を開けたらもう陽は沈んでしもうちょって、真っ暗やったけん。


火の玉はもうおらんかった。こっちに近づいてきた足音の主も見当たらんかった。

助かった、って思うたね。


目の前にはおじいちゃんがうつむいて胡座をかくみたいに座っちょるがよ。

おじいちゃんに「帰ろう」言うて、揺さぶってみたがよ。ほんでも、反応が無いが。

で、おじいちゃんは力無()う倒れたがよ。


おじいちゃんは白い服を着ちょったけど、胸ん辺りが真っ黒に汚れちょうように見えた。

首から流れた血がべったり付いちょったけんね。

さっきの狐火のバケモンに、おじいちゃんが食われたって、なんとなく分かってしもうた。


ほんで、従姉妹が見当たらんがよ。

周りを見渡して名前を叫んでも全然返事がこん。


私はもう恐ろしいやら悲しいやら寂しいやらで、頭ん中めちゃくちゃになってよ。覚えちょらんけど、泣きじゃくりよったがと。


そこにたまたま通りかかった、近くに住よう農家のおじちゃんに保護してもらわんかったら、私もどうにかなっちょったかもしれんね。



結局、おじいちゃんは助からんかった。

息もしてなかったし、出血もすごかったけん、当然っちゃ当然かもしれん。

後で聞いたがやけど、やっぱり喉仏を食いちぎられちょったらしい。傷口もめちゃめちゃで、ほんまに動物の歯にやられたみたいやったがと。


そんで従姉妹はその後の捜索で、山ん中で見つかったがと。

私らがおったところから1時間くらい歩いた林の中で倒れちょったらしい。


おじいちゃんの葬式では私も従姉妹も大泣きした。

ただ悲しいいうよりは、おじいちゃんから聞かされちょった怖い話がほんまに起こってしもうた、その恐ろしさもあったろうね。


その後、従姉妹にはあの日の話を何回か聞いてみたがやけど、なんも覚えてない言うて。

川から上がろうとしたら、いつの間にか意識が()うなって、気づいたら山奥で起こされた、みたいな感じやったと。

火の玉を見たか聞いてみたけんど、それも覚えてない言うて。


やけん、あれから日が経つにつれて、あれは私の幻覚やったがやないろうかって思ったりもしてね。

おじいちゃんも、ほんまに動物に喉を食われたがかもしれんしね。

もう中学校に上がる頃には、あれはなんか悪い夢やったがやないろうか、くらいにも思うようになっちょったね。

従姉妹ともあんまり会わんくなって、どんどん記憶の奥に埋もれていきよった。



ほんで、私が27歳の時やったね。

従姉妹に子どもができたって聞いたんよ。

私もそれ聞いて急いでお祝い言いに行ってよ。ざまに感慨深いし、嬉しかったけんね。


従姉妹はというと、まあ嬉しそうやったよ。

けどね、相手がおらんらしいのよ。結婚相手が。

ほんでね、付き合いよう人もおらんらしいがよ。


従姉妹はほんまに真面目な子やったけん、そんな遊んだり無責任なことする子やないと思いよったけん、私もたまげてね。

子どもが不憫やん。お父さんが分からんって。


で、私問い詰めようとしたんよ。

何無責任なことしよるんって。

子どものこと考ええって。


けんど、従姉妹も泣きながら言うがよ。

ほんまに私も分からんって。

彼氏もしばらくおらんし、そういうことも3年くらいはしちょらんかった。突然悪阻みたいな症状が出て、検査したら妊娠しちょった、と。

けど、授かった命を絶つことはできんけん、産もうと思うちょるって。


ほんで結局、従姉妹はその子を産んだがよ。

元気な男の子やった。

私も抱っこしたことあったけど、かわいらしゅうてね。こんなかわいい子にお父さんがおらんのかって。なんてかわいそうなんやって。そんなふうにも思うたね。


それから少し経って、私気づいたがよ。

ちょっと考えたら分かることやった。

従姉妹が妊娠したこと。

狐火を見たあの日の後、従姉妹が山奥で見つかったこと。

「狐の嫁入り」の話やと、女が狐火を見たら妊娠するって言われちょること。


従姉妹が産んだあの子は、ほんまはバケモンとの子どもながやないろうか、って思うたが。


あの子は人間の姿のままどんどん大きくなっていくけんど、いつかバケモンになるがやないろうか。

そう思うたら恐ろしかった。

早うあの子を殺さなあ、災いが起こるがやないろうか思いよった。


その子は今も生きちょるで。

東京で大学に行きよるらしい。

お母さんにたらふく苦労させてね。学費も馬鹿にならんろ。おまけに変な研究で、しょっちゅう遠出して、余計お金を使わせよう。





うん?

どうしたが?


体が動かん?


やっとお茶に入れた薬が効いたがやね。

バケモンやけん効きが遅いがやろうか。


あんたがわざわざここに来てくれるなんて、こんなチャンスもうないろ?


あんただけのうのうと生きておれると思うた?


うん?

バケモンじゃない?


知らんってあんたの意見とか。

バケモンはバケモンよ。


覚悟しいや、楽には死なせんけんね。


ほら、その顔。

引き攣ってまるでバケモンみたいやで。


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