08
出逢って二日目の貴族令嬢ネイアは不思議な女の子だ、とクロードは思う。
父親にも平気で声を張り上げるし、奴隷の自分にも臆することなく近づいてきた。
醜い傷痕を忌避することなく、手当ての心配までしてくれた。
食事のマナーを教えてくれた。
手をとって一緒に歩いてくれた。
一緒に星を見たいと言ってくれた。
――犬になってほしいと言われた。
このときクロードが想像した犬というのは、動物ではなくて一部の人間に使われる意味でのそれだった。
へりくだってこびへつらって、足元に餌を投げたらよろこんで食べるような。
命令には逆らわず、命だって投げ出すような。
もともと死んだも同然の身だ。それもいいかとうなずいた。
ひとときでも、この提案をクロードが呑むまでの偽りでも、ここで彼女が自分にもたらしてくれたあたたかさは、充分に慰めとなったから。
――けれど、ネイアが求めていたのは、そういう意味の犬ではなかった。
どう表現すればいいのだろう。
このような身になる前までに学びは重ねていたはずだけれど、それでも適切に当てはまる形が見つからない。
語る彼女の表情を見た。
語る彼女の瞳を見た。
……ネイアがうたう犬というものは、とても敬虔で誠実で、うつくしいものなのだと感じた。
それを、自分に望んでいるのだと、彼女が言った。
――それがいい、と思った。
親から戴いた名前すらも失った自分に望まれたものを、自分も望みたいと。
だからこれが――クロの、はじまりになったのだ。
そう決めた。
もう決めたのだ。
だから後出しで兄様なんて言われても困るのだ。
クロはネイアが最初に望んだそのとおり、弟でそして犬でいようと、こころに決めてしまったのだから。