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07

 ――そんな一連の会話については、大部分をお父様には内緒にしておこうということになった。

 お父様はお父様のお役目を一生懸命にやっていらっしゃるのだから、子供は子供の決意をもってお傍にいられればいいと思う。悪い子にならないようにするなんて、いまさら宣言することでもないしね。

 家族勢揃いの夕食の場で伝えたことといえば、クロが私付きの犬としてがんばりますって宣言したことくらい。


「そう。一日で仲良しになったんだねえ」

「はい。ネイア姉さまはとてもよくしてくださいます」


 マナーを習う必要がないと太鼓判押されたのに私の隣に座ったクロは、ご機嫌でお父様へ応じている。


「でも、そうか……ネイア付きにと言ってくれるなら……」

「どうしたの、お父様」

「うん。クロ。せっかくだから、専属護衛を目指してみるかい?」

「専属ですか?」

「さすがに犬じゃあね。外に連れて行くときに、ちょっとね」

「ですわね」


 ゲームでは下僕だの駄犬だのも言っていた気がするけれど、私はそれをする気などない。犬はあくまでこう……意識的なやつで行こうと思う。

 ならそもそも犬扱いをおすすめするなというお話ですよ、お父様。いや隣国の誰か様。


「その、専属護衛というのは?」

「簡単に言うと、護衛兼執事かな。厳し目の戦闘訓練も積んでもらうことになるから、しっかり考えて決めてほしいね。――そうそう、それで」


 すぱっとうなずこうとしたクロの動きを止めたのは、終わったようで終わってなかったお父様のお話だった。

 ナイスお父様。そしてクロあなたもうちょっと考えなさい。


 お父様の話は、我が家でのクロの扱いについて、だった。国民は国に名前や居住地を申告することになっているから、その件だ。いま未登録のクロはこの国では存在しないも同じことなのだ。経歴を考えると、隣国でもすでに消されたことになっているのかもしれない。

 ……いい身分の子だったようなのに、ひどい話だ。

 私も生き方によっては、それ以上の転落が待ってるのだけど。


 そうして、お父様がおっしゃるには、クロはお隣の帝国にある孤児院からあぶれた子を引き取ってきたという出自になるとのこと。

 この数年ほど、帝国は皇帝のよろしくない所業やそれに伴う内部騒動、国政の乱れなどが立て続けに起こり、帝国内の民には不安な日々がつづいている。内政が微妙に混乱しているために、外政への余裕もないとのこと。民の生活も不安定になってきて、子供を育てきれない親が孤児院へ連れていけるのはいいほう。へその緒が切れたばかりの赤ちゃんが置いてあることもあるそうだ。


「国への登録としては、我が家で身元保証をしての従僕見習いになるね。一応、帝国の孤児院から引き取ったということも記載される。ちなみに、ちゃんと孤児院からの書類もあるよ」

「え、そうなの? 大元の方からいただいてきたままじゃないの?」

「あとになって痛くないお腹をつっつかれるのは嫌だからねえ」


 隣国の誰か様と話をまとめたあと、孤児院に数日いてもらって事実ぽいのも捏造してきたんですって。

 ははは、と笑うお父様。しっかりしていらっしゃって、娘、安心。


「それで扱いとしてはネイアの希望どおり、弟と。それなりの教育も受けてもらう。護衛を目指すなら、そこにプラスだ。それで、クロ、質問なんだけど」

「はい」

「君は今年何歳になる? 誕生日は覚えてるかな?」


 にこやかなお父様の問いかけに、クロは「はい」としっかりうなずいた。


「今年で九歳になります。誕生日は3の月19日です」


 …………


「は?」

「おや?」


 お父様と私の合唱が響く。

 つづいて私は自分の席から立った。食事中に無作法だけど、ちょっと今それどころじゃないので。さらに無作法を重ねてクロも立たせる。


「姉さま?」

「…………」


 疑問符を浮かべながらも従ってくれるクロの頭に、手をぽんと置く。それから、自分の方へ水平に。

 ――目のあたりに、こつん。

 ですよね!?


「クロ、九歳!? 私より低いのに!?」

「えっ……? はい、そうです……?」

「私今年で七歳なのよ!?」

「はい……、は……え、えええええ!?」


 目をまんまるに見開いてお互いを指差す私たち。それを見て、お父様が笑った。


「教育より先に、クロはもっとたくさん食べられるようにならなきゃだねえ」


 うんうんうん。

 夕方の再演よろしく頭を上下に振ってるクロをつっつく。


「じゃあ、クロお兄様ってことよね?」

「いやです」


 クロが頭振る方向が左右に変わった。なぜだ。


「弟がいいです」


 なぜだ。


「でも、あなたのほうが歳上でしょう」

「僕はネイア姉さまの弟として生きると決めたので」


 意味なく持ち上げてふらふらさせていた私の手をクロが掴む。両手に包み込んで見つめてくる瞳は、なぜだかひどく真剣だった。


「……兄様というのも家族なのよ」

「弟か犬でお願いします」

「お父様、クロがおかしくなったのだけど!」

「手なづけたのはネイアじゃないのかい?」

「こんな方向でしつけた覚えはありません!」

「姉さま」

「ちが――う!」

「ちがいません」

「だめ! 歳上って知ってる人から姉さまなんて呼ばれるのは変な感じがするの!」


 新入生が3年生から先輩って呼ばれるようなものだ! 伝われ!!


 食事の最中だったのに、なにこの修羅場。

 ほとんど食べ終えてたのがさいわいといえばさいわいか。

 私も必死でクロも必死で、お父様だけが楽しそうに見てる。

 給仕はどうしたのかと思ったら、賢くもこちらに背中を向けていた。仕事中にあってはならない態度だけど、今はナイスと言ってあげよう。


 必死に拍車をかけた私の叫びを聞いたクロが「うん」とうなずいた。


「では、姉さまは辞めますね。ですからせめて弟分でお願いします」

「じゃあ――」

「あ、弟分なので兄様と呼ぶはやめてください。身分は従僕で将来の護衛で心では弟で犬なので、外聞がよろしくないです。よね?」

「そうだねえ。それがいいね」


 私が動揺している間におふたりでさくさくお話進めるのはやめていただきたい。


「このへんが落としどころだと思うんですよ。どうですか、ネイア様」

「えっ、ええと」

「ネイア様がうなずいてくれたら、まるくおさまります」

「え……っと」


「ね?」


 …………


「はい」


 してやったりと破顔するクロの瞳には、ぐるんぐるんと目を回してうなずく私が映り込んでいた。


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