03
少年は記憶を呼び起こす。
ここにいてはならないと言われた。
おまえの暮らす場所はもうここではないのだと突き放された。
気づけば狭く臭い場所にいて、その臭いが自分にも染みついていた。
然るべきところへ配属するまでここへ詰め込まれるのだと教えられた。
そこにいる間はタダ飯食らいなのだからと、役に立つようなことをやれと色々指示されて働いた。
うまく出来れば次を命じられ、出来なければせっかんされた。
まだ子供だからか、他よりは手ぬるい扱いだったと思う。
それでも食事などには不自由なかった。なにしろ、将来のために体作りをすることも働きのひとつだったからだ。
そのように過ごすうちに得るものもあれば、様々なものが自分の中から削られてこぼれていくのが分かった。
たとえばもうおまえのものではないのだと言われた名前であったり、取り戻すことの出来ないぬくもりであったり、帰ることの出来ない優しい場所であったり、自分が自分であるためのひとつの芯のようなものであったり――
「…………」
ある日その収容所から引き出された彼は、呼ばれていた番号の代わりにクロードという名を与えられた。つづいて外国の貴族という男に引き渡されたのち、数日間の連行を経て訪れた屋敷でクロと呼ばれるようになった。
そして今、たおやかな女性たちの優しい手によって湯に浸からされ、こびりついた汚れなどを丁寧に洗い流されている。
正直戸惑うばかりだが、クロードはひとまず彼女たちのされるがままになっておくことにした。収容所で下手に反抗的な態度をとったときどうなったかは、まだ体に染みついている。
あたたかい湯に身を浸しても緊張を解かない少年に配慮して、侍女たちは物静かにかつ手早く彼の身を清め終えた。
体が冷える前に拭き上げて下着をつけてもらい、用意出来た服を着せていく。
「あ、自分で……」
「ありがとうございます。これも私たちの仕事なので、どうかお任せください」
袖を通してもらおうと広げたシャツを見た少年が慌てて振り返った、背後に膝をつくミアーナは微笑んでゆっくりと遠慮の意を述べた。
迷うように視線をさまよわせた少年は、ややあって小さくうなずき、顔の向きを戻す。
簡素な衣装なので、着衣はすぐに済んだ。生乾きの髪を乾かせばここでの用事は終わりとなる。
これからどうするのかと疑問を浮かべた少年の背を、侍女のひとりがそっと押した。
「それでは、お食事に参りましょう。旦那様とお嬢様は先に済ませておられますので、ご家族揃ってのお食事は明日まで待ってくださいね」
言葉のとおり、少年の今夜の食事は従者たちの休憩部屋に用意されることになっている。身支度中に連絡を出したので、あたたかいものが供されるはずだ。
一人で放り出すようだが、いきなり他人と卓を共にするのも息苦しかろうと、主人たちが判断した結果である。
食事内容についても、これまで難儀していただろうからと胃に優しいものを出すよう命じられた。主導したのはお嬢様だ。
今までは彼女のわがままでやんちゃな面を多く見てきたけれど、弟が出来たことで意識が変わったように思える。
先ほど、主人を出迎えたロビーでの騒動は、それを如実に示していた。
当家の主は愛娘に甘く接しがちなところがあるので、これが続くようならば、と実はこっそり懸念していた従者たちは、この晩を経てある者は少しずつ、ある者は急速に、自分たちが仕える少女への認識を改めていくことになる。