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 風に涼しさより肌寒さを感じるようになったある日、お父様がおっしゃった。


「ネイア、今度帝国へ一緒に行こうか」

「まいります!」


 私はすかさずうなずいた。


「お仕事ですか? 観光ですか?」

「仕事九割、私事が一割だね。ネイアには退屈になるかもしれないけれど……」

「いいえ! お父様に同行させていただけるのも、国を出るのも初めてですもの! 退屈なんてしている暇があるとは思えません!」

「それは頼もしい」


 ふふ、と笑うお父様曰く、このたびの出張は隣国ロルツィング帝国に立った新たな皇帝陛下のお披露目を行なうための催しに参列するためだそうだ。

 皇帝陛下の即位そのものは数年前になされているのだけれど、同時に国内が乱れていたこともあって、催しを行えるほど安定するまでにここまでの期間が必要だったとのこと。


「……即位にまつわることで騒動が起きた、ではなく?」

「そうだね。前皇帝を強制的に退位させたから、その関係でも一悶着はあったんだよ。だけど、前皇帝がそのままあの座にいたらもっと困ったことになっていただろうね」

「……なるほど……」


 帝国については私が生まれる前の話も少し耳にした記憶があるけれど、大きく国体を崩すような状態になった、というものは聞いたことがない。

 予兆の時点で現皇帝が手を打って、かといって前皇帝が引き起こそうとしていた混乱をゼロには出来なくて――といったところだろうか。

 あとでもう一度公開されている帝国史料を確認しておこう、そう思いながら私は視線を左右に振った。

 クロがそわそわ、ナナがわくわく、私とお父様へ視線を往復させている。

 いつもならここでふたりの同行を確認するところだけれど、クロの見せているそわそわが、それを望んでいないようにも思える。


「……クロ? 今回は留守番しておく?」

「えっ!?」


 気を遣ったつもりで提案したら、クロの背後が一瞬真っ暗になって雷が走り抜けるイメージが見えた。

 見開いた目に涙さえ浮かべてしまったクロはおろおろと両手をさまよわせ、私の服の裾をつまんだ。


「ぼ、僕は用無しですか……!」

「違うわよ。なんだか帝国が苦手そうだから――それに、あの国、あまりいい思い出がないんでしょ?」


 推測いい家から奴隷になって犬にしていいよってお父様に下げ渡されたくらいだし。


「苦手ですが! というか嫌いですが!」


 あっ、そうなんだ。


「ネイア様が行くなら僕も行きます……!」

「ナナも行くよー」


 必死に告げるクロの横に、ぴょこ、とナナが並んだ。

 私とクロを見て、いつもの屈託ない笑顔を浮かべている。


「だいじょーぶ、クロにはナナもついてるヨ!」

「ナナは、帝国が怖くはないの?」

「ないよ。めっちゃヘイキだよ。ナナは要らないって言われただけだからネ」

「……そう……なの?」

「ナナはたくましいな……」


 不要なんて言われたら多少なりともショックは受けるものだと私は思っていたけれど、ナナからそんなものは感じない。この子の性格上、本音を隠してるというわけでもなさそうだし。

 それではと、子供たちのやりとりを笑って見守るお父様へクロとナナの同行を願い出たら、もちろんうなずいていただけた。




「そういうわけで、わたくし来週には出発することになりましたの」

「レグルストン嬢もまだ子供なのに、もうそんなところへ同行させてもらえるのか?」

「お父様の私事でご縁のある方が、娘もどうぞとおっしゃってくださったそうで。せっかくですから堪能してまいりますわ」

「……そうか……」


 しばらく帝国へ向かいます、と私の報告を受けた第一王子は、つまらなさそうにつぶやいた。

 お父様から出張同行のお話があった数日後。

 第一王子殿下がいろいろと改めて婚約者候補たちとひとりずつ場を設けるようになった、定例的なお茶会の席である。人柄を知るために、とのこと。

 何周か開催したら、全員を集めての公式な茶会も催すそうだ。

 そういうことからも明らかであるように、第一王子の婚約者はまだ決定していない。もしこのままのらくらと引き伸ばすのなら、ゲームの年齢を通り越してみてほしいところ。


 今ここにいるのは、王子と私と王子の護衛と私のクロ。

 この茶会は公式のものではないので、第二妃や令嬢の父母などが同席することはないのだ。引率をしてくれた大人たちは、別の場所で過ごすことになっている。

 子供同士で粗相をしないかは、護衛と執事の腕の見せ所だ。

 我が家はお父様が多忙でお母様は儚くなっておられる関係上、今日も叔母様につれてきていただいた。あちらのおうちのご令嬢も同行されているので、今頃はいっしょに薔薇園を楽しんでいらっしゃると思う。


 ナナは相変わらずかくれんぼの王城探検、クロは私の傍にひっそりと。

 いつものフォーメーションである。


 そうして王子もいつもどおり――初対面のあれからずいぶんと様変わりされたうえでの、いつもどおり。

 憑き物が落ちたようなというのが早いだろうか。本人曰く猫かぶりは継続しているようだけれど、ストレスが減ったとか。

 抱え込んでいたものを一時的にでも吐き出せたのがよかったらしい。

 そういえば、私に届く手紙にはよく愚痴も混じっている。発散の手段になっているなら、良いことだと思う。

 別に人様の愚痴でダメージ受けるような性分ではないし。読み流すし。

 気になったら一言返したりはするけれども。


 おかげさまで、こうして第一王子に招かれてのお茶会では穏やかな時間を過ごさせてもらっている。


「こちらの王族からは王弟殿下が向かわれるのですよね。父はその随伴になるそうです」

「それは聞いている。レグルストン家が一家揃って出向くとは、今日初めて知ったけどな」


 あーあ、と言葉尻にため息ひとつつけて、王子は子供らしくない苦笑い。


「叔父上に逢ったことはあるか?」

「いいえ、肖像画の写しを見たことはありますが、直接にお逢いしたことは」


 父はもちろんお逢いしているだろうけど、私はまだデビュタントも果たしていないお子様だ。よほどのことでなければそんな機会もない。

 ならばある意味、今回がそのよほどのこと……という可能性はあるだろうか。お父様が軽くおっしゃるから、そう深刻な訪問ではないと思っていた。


 さて、王子が話してくれるところによると、叔父上様こと王弟殿下は陛下のひとつ歳下。研究者肌とか学者肌とか言われるタイプのお人柄で、サポート能力に秀でているらしい。

 現に今も、陛下の下についてお忙しいながらも生き生きと過ごしていらっしゃるそうだ。


 ……私たちの世代で、第一王子と第二王子にそのような関係を望むことは出来るだろうか。


 このおふたり、絡み合った思惑のおかげで、兄弟らしい関わり方をしたことはほとんどないらしい。公式の場で顔を合わせはしても、私的な領域にお互いを招いたこともないのだとか。

 とりわけ、第一王子は虚弱さもあって引きこもりがちに育ったという経緯がある。少ない機会がさらに減っていたというわけだ。

 ……そういえば、第二王子。成長後の彼については知っているけれど、今はどんなふうなのだろう。


「第二王子殿下にもお逢いしたことはありませんが。どのようなお方ですか?」

「……私に訊くのか?」


 目の前の王子様から不機嫌オーラが噴き出した。

 クロがぴくりと身じろいでいるのが、私の視界の端に映る。

 まあ、そんな様子を見せてもちゃんと応えてくれるあたり、この王子様も律儀というかなんというか。


「そうだな……、まず金髪。空色の眼。私よりは丈夫な幼少期を過ごして――ああ、そうだ。人当たりはいい。愛想もよい。笑顔もうまいな。私と違って」

「…………」


 コンプレックスですね。と言わない代わりに目を細める。


「殿下もお上手になられていますよ」

「……猫かぶりがうまいと言うのは、褒めていないぞ」

「猫もりっぱな武器です」

「……く、」


 上品なにこやかさではなくとも、くしゃりと顔をくずすその笑顔だって、人を惹きつける魅力はあると思う。思えば、話し方も砕けたものになっている。

 それにつけてもゲームでの姿は、まさかここからの努力の賜物だったとは。飛び込んで初めて知る事実って多い。


 ……そもそも、どうして私だったものはこの世界に飛び込んだんだろう。

 なんだかんだと穏やかな日々を満喫させてもらっているけれど、そうまでととのえてもらった理由は、意味は、なにかの役目は、あるのだろうか。


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