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――先日はありがとうございました。
そんな意図の簡単かつ礼節を保った手紙とともに、ハンカチを二枚。リシスフィートが受け取った包みの中身は、それで全部だった。
丁寧に施されたのだろう包装は一度開けて包み直したせいか、ほんのわずかに歪みがあった。王族に渡るものは検閲を受けるので、こういうことになるのが残念だ。
贈り主もそれは分かっているだろうから、気にしてもいないだろうが。
別件にはまったく触れていない手紙を一目で読了したリシスフィートは、つづいてハンカチをそれぞれ広げた。
一枚は、もとから所持していた自分のもの。シンプルにイニシャルだけが刺繍されたそれは、もう充分手になじんでいる。
一枚は、謝礼として添えられたもの。こちらもシンプルな生地に刺繍が施されている点までは同じだった。その刺繍のモチーフが違う。
国の、あるいはこの世界の者ならばほぼ全員が知っているだろう。
創世主に牙を剥いた魔獣王を勇者と聖女と共に討ち果たした白き聖獣。それを図案化したものだ。……もっとも、彼らの細密画などは残っていないので、口伝と想像で描かれてきた。
「……早業だな」
くるくるとハンカチの表裏をひるがえして、リシスフィートはつぶやいた。
昨日の今日――夕方だけれど――で、この仕上がり。大したものである。
「令嬢とはそういうものかな」
「そうですね。みなさん、幼いころから手習いにされますから」
控える従者に話を振れば笑顔とともに、うちの妹もそうなので、と返された。
ハンカチの贈り主……レグルストン令嬢が覚えているかは不明だが、昨日の茶会に騎士姿で薔薇園まで同行した男だ。リシスフィートの内務が主の今日は、装備も最低限のものになっている。
リッシュ・レンガード伯爵子息。当年とってきっちり二十歳。騎士団に所属し、ついこの間近衛隊への昇格を果たした有望株だ。リシスフィートの生母である第二妃の親戚筋でこの任へ志願し、リシスフィートも受け入れた。たぶん、拒否しても配属されたと思う。
第一王子だのと言ってはみても、やっと十になる子供なのだ。
少なくないわがままも言ってはきたが、視線も向けずにいなされたものだって多かった。取るに足りない、ということだ。
「返事を――書かないと」
「今なさいますか?」
「……そうだな」
作業中の物を机の端に寄せ、便箋を広げてペンをとる。
したためるのは、訪問への礼。それから、ハンカチへの礼。謝辞は早めにが鉄則だ。
……別件は、次の機会でいいだろう。まだ伝えられることがない。
すらすらとペンを走らせるリシスフィートは、ふと、リッシュを見た。
「おまえの知り合いで、外交と領地経営に興味がある者はいるか?」
「……なんですかそれ」
残念ながら、と近衛騎士はかぶりを振った。