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 王子から案内された先には広場があって、他よりも立派な枝ぶりの木がそびえていた。

 この城を建てた際の記念樹らしい。なるほど大きい。

 その木の根本、行儀が悪くて済まないと謝りつつ敷いてくれたハンカチの上に、深々と礼を返して腰を下ろす。王子は自分については気にしないようで、そのまま座っていた。

 私は王子を見て、王子は自分の正面を見る。――何かを見ているわけではなさそうだ。焦点がぼんやりしている。


「……どう話したものか」


 ぽつり。

 つぶやかれた言葉に対して、もう発言自体の許可は要らないだろう。おそれながらの前置きも置いて、答えることにした。


「それでは、先にわたくしの推測を聞いていただけますか」

「ああ」


 あっさりうなずく王子の無防備っぷりが逆に心配になってきた。

 早く護衛騎士のとこに帰したほうがよさそうだ。


「まず……王子殿下は、王太子となられることを望んでいらっしゃるのですよね」

「ああ」

「そのためには、臣籍降下になるような婚約は結べない。だから――おそらく、お茶会にはそのような立場の令嬢ばかりをお呼びになられましたね? 将来の心配を払拭するためにですか?」

「――いや、前提が違う。私に婚約者候補を選定するよう指示を出したのは、正妃だ」

「…………」

「その前段として、令嬢たちを見繕ったのも」

「……つまり、今回挙がったご令嬢は」

「すべて正妃の差し金だ」


 あらあらまあまあ、である。

 正妃様。第二王子のお母様。彼女が第一王子にこんなちょっかいを出していたとは。

 これは明確に、第二王子を世継ぎにしたいという宣戦布告だ。

 ……第二妃は……まあ、立場を考えると断れるわけがない。要らぬ波風が立つ。

 国王陛下の思惑までは分からないけれど、これを切り抜けるかどうかを見ているのだとしたら、ちょっと厳しいお方かもしれない。


「……私は血筋の上では第二位だ。けれど、それだけが王太子の条件ではないだろう?」


 苦しげな声に、こくりとうなずく。

 横目の視界くらいには、入って見えているだろうか。


「たしかに、国王という立場について理解しきっているとは言い難い。国政、外国、城下、民人、街、村、畑――私は知らないことが多すぎる。けれど、それはルクスも同じだ。第一位も第二位も、同じ位置にいるはずなんだ」


 だから、と。

 喉を絞り上げるような声は、切なくて苦しい。


「――将来どのような結果になるとしても、何も始まらないうちに、競うことすら出来ないような状態にはなりたくない……」

「……殿下は国王を望まれるのですね」

「……どう、かな。今も言ったが、私はまだ学びの初期にいる。知り始めたばかりだ。理解しているとは言い難い。――それでも」


 繰り返した私の問いに、王子は答えた。


「父上を、尊敬している。この国を、好きだと思っている。――まだ狭い範囲しか知らないが、それでも――多くを見ても、同じ気持ちでいられると思っている」


 そうして、王子は私を振り返る。


「……あいまいだろうか」

「そうですね。でも、わたくしたち、子供ですから」


 微笑む。瞳に浮かぶ不安を追い出せればいいと思った。


「わたくしも、まだ領主業や経営学などはさわりだけですもの。淑女として恥ずかしくないように、が、第一目標です」

「そうか……」

「……そんなわたくしですが、今のお話を聞いて、思いました」

「なにを?」

「いつかわたくしが父のあとを継いだ暁には、貴方を王として戴ければ素敵だろうな、と」

「――――」


 碧眼が揺れる。不安が増えたのか、別のなにかか。


「ただ、もちろん、今のお話を聞いて思った、世界の狭い子供の夢ですけれど」

「……」

「でももし、競われるなかで挫けそうになったら思い出してくださいな。貴方に夢を持つ臣下がここにひとり、おります」

「…………」


 とりあえず、言いたいことの半分を言い切って、私は口を一度閉ざした。

 視線は、さっきからずっと結んだまま。

 見つめる先で、碧い瞳がまた一段と揺れた。

 ……かと思えば、がばり、と。金色のつむじがこちらに晒される。


 え。

 いや待って王子。頭下げるとか、待って。


「あの、王子殿下。王族がそのようにお気軽に頭をお下げになるのは」


 おやめください。

 そう言いたかった言葉の先が、奪われる。


「――すまなかった」

「……王子?」

「無体を働いた令嬢たちにもきちんと謝罪する。――まずは、貴女に。思うままにならないと被害者ぶった自身の幼さに甘えて、ひどいことをした。本当にすまない」

「……王子。王子殿下」


 わずかに震える金髪は、そよ風のせいだけではない。


「すまない」

「わたくしは臣下です。政の失策ならまだしも、このような形で王族の謝罪を戴いては、その……いささか、立場というものが」

「……それでも……」


 頭を下げ続ける王子の気持ちも分かるけれど、それでは話が進まない。

 妥協策は――と考えて、結局拙速な方法に逃げることにした。


「あの、では、王子。今だけ、わたくし、ネイアというだけの子供でおりますから。貴方も今だけリシスフィート様としておっしゃっていただけますか」

「! ……ああ! 分かった!」


 ぱっ、と顔を上げた王子――いや、リシスフィート様の表情を見て、ほっとする。

 今度見るつむじは、一瞬で済んだ。


「すまなかった、ネイア」

「お心頂戴いたしました、リシスフィート様」


 ……どちらからともなくくすぐったく笑ったあと、私がまず姿勢を正す。


「改めて、第一王子殿下」

「……、――ああ。レグルストン嬢」


 王子も、何かを探すような目をしたあとで、それに応えた。


「わたくしはこのようになりましたが、ご令嬢がたにもお忘れなく。印象がとても悪くなってしまっているかと」

「ああ。きちんと形式に則って謝罪する。――まあ、ふだんがふだんだから、印象の心配はないよ。まだ婚約者など考えたくないとか、子供じみたわがままで正妃の心遣いを蹴ってしまったとでもしておく」

「……その分、印象回復に励むペナルティがかかりますわよ?」

「ふだんがあれだと言っただろ。その分は計上済み」


 私の心配していることなど問題ないのだと、王子はあっさり言い切って笑う。

 目を細めて口元を緩めるだけの表情には、険も塩もなく。無味無臭というものでもなく。

 おこがましいかもしれないけれど、――打ち解けてくださったのだろうか、などと思ってしまった。


 しかしさっきのあれでも問題ないとか、いつもはどれほどあれなのやら。

 人づての聞きかじりでも、人当たりの悪さは窺えたのだけれど。あっ、もしかしてすでにどん底なのか。


「私は体の弱さでわがままを許されてきたからな。……正妃とも母上とも距離を置きたくて、いろいろやった」

「体の弱さ?」

「早産だったんだ。知っているだろう?」


 着眼点を逸らして親子問題をスルーしたつもりだったが、それもそれで地雷だったようだ。


「それも母上がやったことだが」

「……は? いえ、失礼、……え?」

「なんだそれ」


 淑女らしい聞き返しをこころがけた結果ですよ。


「まあ……とにかく。そういうことだ。同い年になるだけでは足りなかったとさ。生まれ順だけでも先をとりたかったらしい」

「…………、うわあ……、……心中お察しできませんが……お見舞い申し上げます……」

「だから、なんだそれ」

「いえ……」


 とんでもないこと聞いちゃったなーというか、でもたぶん知る人ぞ知る公然の秘密なんだろうなーとか、そんなこと誰が王子本人に言っちゃったんだとか……

 そのまま告げればちょっと問題発言かつ地雷再来になりそうなあたりを、オブラートに包んだ結果の言葉である。お察ししてほしい。

 よし、また話をずらそう。


「今はお元気なのですか?」

「大切に育てられたおかげでな。少し前はもっと利かん気にしていた」


 王子様。

 『大切』にちょっと怖いニュアンス置くのおやめください。


「ルクスはそのあたり要領が――じゃ、ない。愚痴になってきた。やめよう」

「そうですね。わたくし今までちょっと耳が遠くなっておりましたので」


 向こうから提示してくれた話題転換に、ここぞとばかりに飛びついておく。

 ついでに口外しないよアピールも忘れない。

 部外者にぽろぽろこぼすあたり、相当フラストレーションが溜まりまくっていると見た。悪い方にレバレッジ利いてるのでは?


 王子は、少し気恥ずかしそうに頭上の枝葉を見上げている。

 多少はすっきりしたようだし、この雰囲気のまま解散としてもいいのだけれど、実はまだ私の話は途中なのだった。


「……それで、王子殿下? わたくしでおそらく最後とのことですが、全員お断りになられるのですか?」

「そのつもりだが……」

「正妃様からまた睨まれてしまうのでは?」

「……へたに婚約者を定めると、がんじがらめになるだろう」

「そうですわね。そこで提案なのですけど」


 いままで首肩あたりで王子の方を見ていた体を、上半身ごとそちらへ向ける。

 ちょうど王子も改めてこちらを振り返ろうとしているところだった。視線が合ったついでに、軽くうなずかれる。

 先をうながされたので、つづけることにした。


「――解消を前提に、わたくしと婚約なさいませんか?」

「……は?」


 碧眼がまんまるになって、映り込む私がはっきり見える。

 瞳の中の私は、ちょっとだけ得意げに微笑んでいた。


「わたくし、家を継ぐつもりでおりますの。いっとき据えて、最終的に性格の不一致だので円満解消していただければと思うのですが、いかがでしょう」

「そんなに簡単に――」

「王子様に憧れた小娘の気が結局変わった、でも構いませんわ。あるいは、これと見込める養子が我が家に現れなかったから戻る、でも。理由はいくらでも作れます」


 学園で王子様が運命の人を見つけるとかね! しかも聖女とかね!

 あとネイアがラスボス戦の幕を開けるというやらかしとかね。これどう考えても婚約破棄一択でしょう。

 なんだか好印象稼げそうな今のうちに、情状酌量の余地を増やしておくに越したことはないのだ。


「もちろん選ばれるからには、婚約期間中は王太子妃となる前提で行動いたします。正妃様が何かおっしゃるかも知れませんが、わたくし夢見る少女ですので殿下に王太子を目指していただきたいと、ええ、わがままに言い張りますとも。殿下はその間に、望みの相手を掴み取れるだけの実力を身につければよろしいのです」


 とうとうと語る私と逆に、王子は戸惑うばかりだ。


「いや、だが、……それでは君の外聞が」

「あら。夢を追うのですもの。その程度の醜聞になど、こだわりませんわ」

「……夢?」

「貴方を王として戴く夢です。……そうですね、大仰かもしれませんが、同盟とか盟友とか。かっこいいと思いませんか?」

「…………っ」


 国を統治するのには、カリスマが要るだろう。人をうまく使えるすべも要るだろう。政への資質、多くの見聞、大局を見極める眼力――

 そして、政党政治でごったごたするとある国を後にしてきた、夢見がちな少女は思うのだ。

 好きだからこそ、そういう存在になれるのではないかと。そう在ろうと、努めつづけられるのではないかと。

 血筋に連なる者、国に対する者としての責任感も大事だ。

 けれど、最初の一歩にまず好きであることを語ってくれた第一王子の言葉は思いの外、私のこころに沁み渡っていた。惚れた、とも言うのかもしれない。人として――と感じるこれがどう育つかはまだ未知数。

 そうしてたとえふたりの間に婚約や恋や愛が絡まなくても、その志に添いたいと感じるのは、おかしいことではないと思う。


 とはいえ、急かすつもりはない。最終的に決めるのは、王子本人だ。

 ちょっと選択肢が増えただけなのだ。じっくり考えていただきたい。――ゲームの筋書きの婚約者決定までには、時間もあるしね。


 瞳を揺らして言葉を探して口を震わせる王子をなだめることが出来るだろうか。疑問を覚えながら、私はもう一度笑ってみせた。


「とりあえず、このような提案がございます。ごゆっくりお考えになってください。どちらを選ばれても、わたくしをご心配いただく必要はございませんので、ご安心くださいね」


 最終的に婚約破棄されてトバされるか、ただの悪人としてトバされるか、その程度の違いである。


 ……いつの間にか握りしめられていた王子の手が、ゆっくりと持ち上がるのが見えた。クロやナナよりは少し小さな手のひらが私のほうへ近づいてくる。


「――、」


 誰に、何に、触れようとしたのか。

 宙に浮いた手をぱたんと落とした王子はうつむいていて、表情が見えない。


「君――、……」

「はい」

「……君が、……」

「……王子?」


 言いたくて言えないのか、そもそも言葉がまだ見つからないのか。

 口ごもる王子へ、あんまり意味のなさそうな相槌を打つこと数度。

 ふるり、と金の髪を揺らして王子は姿勢を戻し、眉尻を下げた笑顔を私に見せた。


「いや……すまない。急に選択肢が増えて、考えがちょっと散乱して……」

「あ、そうですね、いきなりでした。失礼いたしました」

「大丈夫だ。落ち着いた。それに、おかげで余裕がもらえたように思う。――この件は、後日連絡する。構わないか?」

「ええ。お待ちしております。それとは別にわたくしからも、一度ご連絡差し上げることをお許しいただけますか?」


 立ち上がった王子に手をとられて身を起こす途中、ずっとドレスを守ってくれたハンカチを拾い上げ、広げてみせる。


「汚してしまいましたので。僭越とは思いますが、洗ってお返しさせていただければと」

「別に気にしなくても――、あ、いや。そうだな。ありがとう。急がないので、気が向いたときに」

「はい。かしこまりました」


 軽く土を払って汚れを内側にたたみ、懐にしまう。

 もとは真っ白だったろうハンカチに刺繍されたイニシャルは、第二妃手ずからのものだろうか。……いささか息子への期待が重すぎるようだけれども、それだけの愛はあると思いたい。


 ――終わった?


 ふわん、と、背中に温度が帰ってきた。

 さすがに声を出したら気づかれるので、小さくうなずくに留める。


 ――クロが騎士さんとこで待ってるよ。ナナは先に帰ってるね。


 分かった、という代わりに、私は片手をさりげなく背中にまわした。

 かくれんぼ中のナナの指が、そっとそれを撫でていく。かと思えば、温度はあっさり遠ざかっていった。

 怪訝そうにしている王子になんでもないと伝えて、来た道を戻る。

 薔薇の角をひとつ曲がったところで、移動中にも見えていた兜の騎士――リッシュと、うちのクロがいた。


「殿下、おかえりなさいませ」

「ネイア様!」


 騎士は泰然とこちらを出迎えてくれるけれど、クロは心配そうな表情で私たちのところへ自分から近寄ってきた。とはいえ、ここにいるのは王子殿下である。適切な距離を保って、まず王子へ一礼。それから私に視線を合わせた。


「おかえりなさいませ。お疲れではありませんか?」

「いいえ、ぜんぜん。殿下がとてもお気を遣ってくださったから。良い時間を過ごせたわ」


 クロが短く安堵の息をつく傍ら、私は王子に礼を示した。すすっと脇を抜けて、クロのところへ戻る。


「素敵な時間をありがとうございました、殿下。貴重なお時間をいただき、改めてお礼申し上げます」

「ああ――こちらこそ、ありがとう。有意義な時間だった」

「…………」


 私と王子のやりとりを見たクロが、ちょっと怪訝な表情になる。けれどこの場では何も言うつもりはなさそうだった。


 それから私たちは一度四阿へ戻り、叔母様のお相手をしてくださっていた執事と女官――王城で働いている、叔母様の実の娘さんだそうだ――に挨拶をして、馬車へと向かった。

 王子の護衛騎士が先導し、すぐ後ろに私と王子。さらに後ろにクロと執事と叔母様。という並びで足を進める。

 しかも王子のエスコートつき。行きにはなかったのに、帰りにはわざわざ申し出てくださったのである。歩調も私に合わせてくれているし、そんな丁寧な扱いを受けると、逆に戸惑ってしまうのだけれど。


 ……お話し合いの成果だろうか。

 うっかりラスボスの蓋開けても、酌量をいただく余地は出てきたと思っていいだろうか。


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