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「お父様、申し開きをどうぞ」

「はははははは」


 私とクロと従者一同の視線を、お父様のお肉はぽよんと跳ね返す。

 曰く。また前例の誰か様経由らしい。


「クロがうちでネイアと仲良くしてますよ元気ですよすごい子に育っちゃってって言ったらねえ、それは頼もしいってよろこばれちゃってね。この子もお願いしますって……」

「我が家はどこぞのお国の育児所ではないのですけれど!!」

「お隣にもいろいろあってね……」


 言葉をにごすお父様。

 きっと子供には言えないことなのだろう。クレマンにはちゃんと話しているのかしら。幼い我が身が憎い。頭は大人――とは言えない自覚があるならなおさら。


「……はあ」


 ため息をついて、私は視線をお父様からてるてる坊主の子へと動かす。

 あれから一年、淑女教育もその分一年。

 せっかく慎ましい令嬢として育ってきたのに、また声を張り上げる羽目になってしまった。

 改めて眺めた姿は、やはりてるてる坊主である。

 ちょっと距離があるからはっきり言えないけれど、その子の背丈は一年前のクロや今の私より少し高そう。覗いて見える手足は細い。


「お父様、この子も怖がりさんですの?」

「……」


 斜め後ろのクロの雰囲気が、ちょっといたたまれないものになるのが分かった。


「大丈夫だよ。ネイアが許すまでおとなしくしてるように言ってるだけだから」

「あら、そうなの? それはごめんなさいね、あなた。――初めまして。ネイア・レグルストンですわ」


 一年前より磨きをかけたカーテシー、とくとご覧あれ。

 自信満々に教育の成果を披露した私だったけれど、次の瞬間には淑女を保ち続けるのが難しくなってしまった。


「はじめまして! ネイア! お許しアリガトー!」


 てるてる坊主がフードを跳ね上げて、私に飛びついてきたからだ。


「きゃ……っ」

「ネイア!」


 急な突進で足元を崩した私は、すかさず動いたクロに支えられた。様々に己を鍛えて一年を経たクロの背丈は、あっさり私を追い抜いている。体つきもしっかりしていることを知っている私は安心してクロに身を預けた。


「ワア、ごめんネ!」


 おなかのあたりにしがみついたままのてるてる坊主が、のんきにそう言って謝った。……お顔が笑ってるんですけど?

 そうして初めて見たその子は――なんというか、不思議な色彩をしていた。

 この国にも帝国にもない褐色の肌。ふわふわと跳ねている髪の毛は白かと思ったら、表のそれに隠れるように襟足の内側が黒い。瞳もそうだ。一言では言い表せないような多数の色が、虹彩のなかにきらめいている。

 ……こころなし、瞳孔も私が知る人たちに比べて細い、ような……?

 顔立ちはかわいらしい方だと思う。

 好奇心を隠さないまあるい瞳や紅潮した頬、きゅっと持ち上がった口の端などは、人好きのしそうな風貌だ。


 てるてる坊主の中身の珍しさに目を離せないでいる私の代わりに、クロが彼を押しのけた。


「いつまでお嬢様に負担をかけているんですか!」

「ワアァ」


 さっきネイアって呼んだのに、あっという間に外向けの呼称に直すのね。切り替えが早くてよろしい。

 勢い余ってよろけかけた中身くんを一応支えてあげるのも、うん、さすが私の犬。

 体勢を直した中身くんは、にぱあ、と私たちに笑いかけた。


「ゴメンね。こーしゃくからネイアのお話いっぱい聞いた。逢えるノ楽しみにしてた! 後ろの、クロだネ。クロのお話もいっぱい聞いた! ネイアとクロ、仲良し!」

「ええ、はい、そうです。ありがとうございます」


 すかさず応じるクロにそちらは任せて、お父様を振り返る。

 娘が転びかけたのに動揺もしていないのは、クロに任せれば大丈夫と思っているからかしら。


「あの、お父様? ほんとうに帝国から……なのですか?」

「そちらの方からいただいてはきたね。あ、孤児院は経由したからね」

「…………」

「…………」


 ははは、と笑うお父様のお答えを聞いた私とクロは顔を見合わせた。

 クロの出自もそういえば一癖ありそうだけれど、今回のこの子はさらに二癖三癖と持っていそうな気がする。あとこれは勘で、クロとこの子は無関係同士だと思う。

 ただ、ここでお父様を追求しても、たぶん埃は出ない。


「……分かりました。じゃあ、これからこの子も我が家の……どうされるおつもりです?」

「ネイアはどうしたい?」

「私ですか?」

「うん」


 去年のクロは、犬を欲しがった私にかこつけてのことだった。

 今年のこの子は――特に何も、そういうことはない。


「あなたはどうしたいの?」

「お名前ほしい!」

「……は?」


 身の振り方を聞いたら、根本的な問題が転がり出てきたときの心境を述べよ。

 ――どういうことなの。

 思わず半眼をつくってお父様へと向ける。私を抱いたままのクロも、おそらく同じようにしている。


「お父様?」

「いやあ、決めておこうかって訊いたらね、クロと同じがいいって」

「……旦那様? 同じ、とは?」

「ネイアに決めてほしいって」

「ウン! 前例にいっしょするのダイジ、って、みんな言ってた」


 お父様の言葉に補足する、中身くんの言葉の意味はよく分からない。みんなって――隣国の誰か様とかそのあたりよね?

 たぶんこれも、訊いても答えがない系統と見た。

 切り替えよう。


「名前、ね……」

「なまえ!」


 もう大丈夫とクロの手を離してもらって、中身くんと目を合わせる。

 改めて姿勢を正して向き直ってみたら、彼の目線は私より高かった。クロよりは少し下。

 色鮮やかな瞳が、わくわくと輝いて私を見ている。

 ――万華鏡。あるいは――


「ナナ」

「ナナ?」

「ええ。ナナと呼ぶわ」

「ナナ! わかった!」


 虹の七色。ナナ。

 ……この世界では、『七』を『なな』とは発音しない。『黒』が『くろ』ではないように。

 転生のルールがどうなっているかは知らないけれど、これくらいの持ち込みは許してもらいたいところである。


 ふとあらぬことを思った私の服を、中身くんもといナナが引っ張った。


「長い方は?」

「えっ」

「クロとおなじ! 長いのも欲しい!」


 わくわくを保ったままのナナの言葉に、私は再びお父様を見た。

 もちろんそっちも決めてないよ、と笑顔が返される。

 いったいどういう出自なのこの子。珍しい色の男の子ってことくらいしか分からないのだけど。


 そこでふと気づいた私は、クロを振り返った。


「そういえば、クロは、クロードって、もともとの……?」

「いえ。それは生まれて戴いた名前ではありません。――が、今の私に、これ以外の名はありえませんので」

「……そう」

「私は、旦那様に引き取られる前に今の名になっていました」

「……クロ、今の名前は好き?」

「ええ、とても」


 あなたが呼んでくれる名前ですから。

 そう言って笑うクロの笑顔に、胸の奥がきゅぅとあたたかくなった。


「そう。……いい子」

「ありがとうございます」


 なでなでよしよししてクロの頬をゆるませる。

 お父様にも周りの皆にも慣れっこの光景だから、のんびり見守る視線があるばかり。訂正、約一名、きょとんとしている。

 さて、その約一名の名前を考えなければ。

 私たちが会話を逸らしてる間にも、よい子で待っていたナナを見る。

 ナナ……、……ナをふたつ使う名前……か。

 うーん。先に愛称を決めたせいで、逆に難しくなってしまった。

 いまさら別名にするのはナナに悪いし、ナ、な、ナ……

 あ、そうだ。


「ナズィアナ……は、どうかしら」

「ナズィアナ! いいネ! すてき!」


 思いついた名前を挙げてみたら、ナナは笑顔で受け入れてくれた。

 実はナズナをもじった、とは秘密である。この世界、七草はあるのかな。機会があったら調べてみよう。


 ナナは喜びを現すかのように、くるりくるりと回っている。

 羽織ったままのてるてる用マントが翻って、まるで羽衣のよう。


「ナズィアナ! おれのこと、ナズィアナ! おうちのミンナは、ナナって呼ブ!」

「ええ、もちろん」

「私のことはクロと」

「お父さんって呼んでくれていいよ」


 にこにこおっしゃったお父様のおかげで、もういくつか確認することが出来た。


「お父様、ナナもクロと同じになさるのですか?」

「そうだねえ……まあ、ナナの性分を見ると執事は無理そうかなあ」

「同意見です」


 くるくる継続中のナナを見ながら、三人でこそこそ話す私たち。

 ややあって、お父様が「ふむ」と。何か思いつかれたらしい。ナナを呼んで手招かれた。

 てててっ、と駆けてくるナナの姿の可愛いこと。


「なに?」

「クロは護衛……ネイアを護ることとお世話をすることで仕事をしているんだけど、ナナは何かしたいことがあるかい?」

「わかんナイ!」


 ぺかーと答える笑顔のまぶしさに、思わず視界をくらまされる三人。

 そうよねー。

 最初からいろいろ知ってたクロと違って、ナナはほんとうにお子さまという感じだから、さもありなんのお返事だ。


「わかんナイけど、クロはネイアの弟。だったらナナもネイアの弟。ナナもネイアを護るコトしたい」

「……っ」


 またしても胸がきゅーんとしてしまった。

 どうしよう。私の弟たち、すっごくかわいい。クロ、歳上だけど。

 ゆるんだ頬を両手でしめなおす私を見たクロが、ちょっと微妙な表情になった。そんなに変な顔になってたのだろうか。ほんのり膨らんだ頬は噴き出す予備動作とでもいうのか。

 そんな私たちをよそに、お父様はナナに語りかけている。


「それじゃあ、ナナ。君の特技を活かすことにしようね」

「うん!」

「特技?」


 私とクロの問いを受けたお父様が、なにかたくらむときの笑顔を浮かべてナナを示した。


「ナナ。見せてあげてくれるかな」

「いいヨー!」

「……えっ!?」

「あ……!?」


 私とクロは、ナナを見る。――見ようとした。

 だけど私たちは視線を動かした先、お父様の手が示す場所にいたナナを視界に捉えることが出来なかった。


 ……白い残像を一瞬残して、ナナの姿が消えたのだ。


 ぱち、ぱち。

 状況を飲み込めず、言葉も忘れ、ただまたたきするばかりの時間が数秒。


「……ワッ!」

「うわっ……!?」


 背中側からの大きな声に驚いたクロが、大きく体を跳ねさせる。

 隣にいた私ももちろんその声の影響は受けたわけで、またしても転びかけたところをクロにキャッチされた。

 急いで声の方向を振り返る。

 ――なんとなく予想はしてたけど、犯人はナナだった。

 両手をクロがいたあたりに伸ばして、してやったり、と得意げに笑っている。


「ナナの特技。かくれんぼダよ」

「……かくれんぼ……? 気配まで消えていたのが、かくれんぼ……?」


 クロの言葉は事実だ。私にはあるなしなんて分からないけど、クロが言うならきっとそう。

 だって、ナナを見るまでのクロ、完全に敵の急襲へ備えた体勢だったもの。

 私を体全部で包み込んで仕込んだ武器に手をかけて。


「やあ、クロ。特訓の成果が出たねえ」

「……ありがとうございます……、ですが、今のは」

「うん。天性の魔法だよ」


 のんきに笑うお父様だが、こんなところで発揮するものではないと思う。


 手順に則り媒介となる魔導具さえあればほぼ全ての人間に扱えるのが魔術なら、血脈の抱える因子によってのみ行使を許されるのが魔法だ。

 発現には、貴族も平民も関係ない。

 すべての生き物の始祖である創造主の因子が目覚めるかどうか、それで決まる。

 効果も能力も多種多様。

 数少ない過去の記録によればささやかなものもあれば、歴史を変えるほどのものもあったらしい。

 ……このあたりは易しい語りの本として子供たちにも触れる機会がある。

 子供が成長して大人になって――それでも、魔法はおとぎ話。夢物語のようなものだと、ほとんどの人が思っているはずだ。


 訊きたい。

 すっっっっごく訊きたい。

 お父様、ナナはいったいどういう子でどういうことがあってこのようなところへ来る事態になったのですかと。


「うーん、ごめんね、ネイア。大人の役人の約束があってね」


 心を読まれた。

 予想はしていたので、しぶしぶうなずいておく。

 表向き素直に承諾した私を満足気に見つめたお父様は、再度口を開かれた。


「とにかくこれも含めて奔放すぎて向こうじゃどうしようもできなくて。でもクロがクロとして笑ってくれるような我が家なら、きっと生かしてやってくれるんじゃないか、とね。お願いされたんだよ」


 ……お父様のニュアンスにちょっとだけ引っかかるものを感じたけれど、ほんとうにわずかなものだった。ぽっと浮かんだ疑問の雲は、形を成す前に消えていく。

 だから私は、ひとまず告げた。


「今後は託児所じゃありませんって、はっきりおっしゃってください」

「分かった分かった。限度があるからこれきりだよ」


 ……信じていいのかしら。

 うさんくさい視線を二人分受けたお父様は、悠々と微笑むばかりであった。



 ちなみに――ナナの身の振り方については、その後にまとまった。

 かくれんぼ特技を生かした暗部修行をすることで決定したのだ。

 あの性格を考えるに執事とか従僕とか、表立って私の傍にいるようにするのは難しいだろうと、その場にいた全員の意見が一致した。本人もこまかいの苦手って証言したし。

 暗部といっても、お父様についている人たちのようにこちらから攻めてお命頂戴的なことはしたりしない。あくまで受け身、私の護衛である。


 まだまだ八歳の小娘に専属の護衛がふたりとか……なんだかとっても重要人物になった気がした。


 まあ、ある意味重要人物だけど。

 物語のコマとして。



 ――翌日。

 ナナが増えて初めての朝と昼を過ごした午後の時間、テラスにて。


「ねーネー、クロはネイアの犬だよネ。ナナはなに?」

「え……、えーっと……」

「えーット?」

「……鳥?」

「分かった! ナナ、鳥!」

「う、受け入れられた」

「…………」

「ちょっとクロ、何笑っているの」

「ふふふ! 見てテ、ネイア! ナナ飛ぶよ!」

「待ちなさい、ナナ! ここ二階! クロ!」

「ワア!」

「うわああああ! お嬢様たち何してるんですかー!!!」


 唐突な少年飛び降り自殺未遂ならびテラスに足ひっかけた執事による少年吊り下がり事件および目撃者である庭師師弟の絶叫が響き渡るというひと騒動が起こったことは――後日の笑い話である。


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