01
私は悪の令嬢である。そうなる予定である。
マイルドに言うと悪役令嬢だ。名前ももうある。
ネイア・レグルストン。まもなく七歳。侯爵家のご令嬢。
なにごともなくあと二年経てば第一王子殿下と婚約を結び、さらにその四年後に入学する魔法学校で、前世でゆるーくプレイしてたスマホゲー『純白の翼の導きに』のヒロインちゃんを甚振りまくって婚約者に愛想尽かされ、勘当追放されての大転落が約束された女である。
……ということを思い出したのには、もちろんそれなりのきっかけがあった。
もとい、ある。あっている。現在進行系なのである。なう!
少し前のこと、七歳の誕生日が近づくある日、犬を飼いたいと私は言った。
待ち望んだその日の前夜、つまり今日。買われたその子がやってきた。
出張帰りのお父様ことバーシュタット・レグルストン侯爵の手にある鎖につながれた足付きのてるてる坊主はなにかと思ったら――なんと、中身は着古した服をまとった奴隷の少年だった。てるてる装備のフード付きマントがやけに良い仕立てなおかげで、本人とのギャップが激しすぎる。いたたまれない。
さて、そのお父様。
この数年間、とみに忙しさが増していた外務副大臣である。その前までは忙しくても数日に一度は帰っていらっしゃったのに、この状況になってからは出張出張また出張。月に一度の帰宅があればいいほうというありさま。
娘の私は寂しさを紛らわそうと屋敷の者たちにそれはわがまま放題の日々を過ごしていた。さいわい、子供の癇癪レベルでおさまるものだったとはいえ、よく相手してくれたものだ。
これからはいろいろ思い出したので、改善します。ご期待ください。
ちなみに出張先トップは今回向かわれていた隣国だ。
娘に犬を探しているのだと会談の場繋ぎに口にしたら、それならいい子がいるよ! と斡旋されたらしい。
されるな!!
「そういう犬じゃないのよ!!」
そう叫ぶことすら出来ず、私の頭は真っ白になった。
お父様と少年の目には、さぞ間抜けな顔で立ち尽くす美少女が映っていることだろう。いや待ってごめんちょっと盛りました。
まだ成長途上なのでなんとも言えないが、ある程度見込みがあるとだけは見栄を張っておきたい所存。それが私の顔立ちである。チャームポイントはやや紅が入ったシルバーブロンドの髪や、くりくりとしたパールグレーの吊り目だろうか。これ年頃になってきつくなったら嫌だな。今からマッサージとかしたら和らぐかな。
それはさておき。
真っ白になった理由は言わずもがな。前世の記憶が湧いて出たせいだ。
前の私がどんな名前で何をしていたかなんて、もう置いてきた話。今うずまいているのは現状に関する強烈な記憶――つまり、ゲームのそれ。
『つばみち』における立ち位置と、これから起こる展開のこと。ゆるゲーマーだからいろいろあやふやだけど!
悪役令嬢の人生は大転落する。これは確実。
お家断絶なんて嫌すぎる。
しかし、この世界の未来を考えると、安易にヒロインの立場を崩壊させるわけにもいかない。
純白の翼の導きに――と綺麗めなタイトルでありながら、このゲーム、奴隷がいる。奴隷である。愛の奴隷とか言ってる場合じゃない。まあストーリーにもちょっと関わってはいるのだけれど。この世界、いくつかの国で奴隷制度が普通に成り立っているのだ。なお、うちの国では制度化されていない。ただし、禁止もされていない。
奴隷たちはある程度人権を保証される者もいるが、獣と同じようにあるいはそれ以下に扱われている者も同じほどいると聞く。
もちろん是正しようという流れも起きつつある。しかし、まだ少数。
そこでヒロインの事情も絡む。
なんと我が国のなんたら男爵が隣国からこっそり連れてきた挙げ句弄んで捨てた奴隷の母から産まれたのが、彼女である。
ヒロインはどうにか孤児院で落ち着いた暮らしをしていたが、やがて類まれなる癒やしの力を発揮したことで実父とは別の貴族が手を回し、そこの家の養女になった。その後、貴族令嬢として舞台の学園に入学するのだ。
第一王子をはじめとする攻略対象たちは、経歴から周囲に辛く当たられてもけっして腐らない彼女の健気さに心打たれ、個人的にも悩みだの鬱屈だのを癒やされるなどしてヒロインへ心惹かれていく。ともに多くの時間を重ねて言葉を伝え心を通い合わせていけば、はいハッピーエンド。
なお奴隷といえば妨害役として出てくる悪役令嬢、つまり私ネイアも奴隷を従えている。
表立っては従僕なんだけど、扱いがね。ひどくてね。その従僕にヒロインへの嫌がらせをさせたりもするからね。そりゃあ周りから見限られるわねっていうね。
……それをお父様が幇助したとかどういうことなの。
ゲームだと悪役令嬢のおうちの事情なんて深入りさせてくれないから分からないけど、こんないかにも口八丁で奴隷を押し付けられちゃいましたーなんて娘に明かすような人であることを考えるに、悪役令嬢が家と外で従僕への態度を使い分けていた、というあたりが落としどころだろうか。
王子とヒロインにも、それぞれへ向けてた表情の落差が激しかったし。
そんな見事な腹芸が出来るようになるとしたらだけど、せっかくの技能をよろしくないことにしか使わないのはもったいない。このまま第一王子の婚約者に進んだ場合には社交界のボスになりたい。いややっぱやめた。目立つと変な敵と味方が湧きそうだ。
それを抜きにしてもゲームプレイ中はヒロイン視点だったわけだし、多少なりと思い入れもあるのよね。だから、彼女が恋をするというなら、できるだけ邪魔しないであげたい。
まだ逢ったことのない王子へ、ゲームのネイアのように偏重的な想いを抱けるかどうかも怪しいところだもの。
婚約そのものに現状未練もないし、できればもうちょっと生ぬるい処断で終わるようにしたい。せめて破棄じゃなく解消に運べる程度になれば御の字。いや、してみせるしかない。方法はこれから考えよう。