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45.本性の一端





目の前のキサギの纏う空気と口調がガラリと変わり、リカルドだけではなくバリーも気圧され思わず大きく息を呑んだ。



まるで獅子に睨まれた小動物のように、身体の芯から恐怖で震えが来るほどの全身に突き刺さる空気に完全に呑まれていた。



眩暈を起こしそうになる彼らへ、絶対零度の無表情のキサギが更に追い討ちをかける。



「先に言っておきます。このギルドに足を踏み入れた時から、貴方の魔宝石も副官の方の魔宝石も作動していませんよ」



突然の言葉に、2人がビクリと肩を跳ね上げた。



「な、何を……」



狼狽の声を洩らすバリーに向かって、キサギは伶俐な視線を向ける。



「先のベリアルが紛れ込んで以来、何かあってはいけないと冒険者達やスタッフを守る為、このギルドには密かに結界を張っていたのです。この結界は私が許可したもののみが存在を許される特殊な領域……普通の結界などを想像しないで頂きたい。貴方がたの魔宝石、王城へ繋がっていたのでしょう?そして録音機能も作動していた」



「……なっ?!」



「まぁ国を代表して依頼の為にギルドへ来訪しているだけではなく、リカルド殿下は王族なのですから不測の事態に備えて当然の行為と言われればそれまでです。別に責めはしません。ただ我々の情報が欲しいが為に、身分のしっかりした大の大人が隠れてコソコソと……そんな小賢しい事をする人間の、どの口が絶対だの信用だのとほざくのか。王侯貴族のそういうところ、本当に反吐が出る」



こうなる事がわかっていたキサギが容赦なく言い放つ。



善意という仮面を着け、無害なフリをして平然と虚偽を隠して近づく。



全ては己の利の為に。



キサギは前世で散々上流階級の者達からこれを受け、辛酸を舐める思いをして来た。



だから彼女は王侯貴族との関わりを持つ事に嫌悪していたのだ。



実際キサギの言う通りだった為、リカルドとバリーは言葉を返す事が出来ない。



リカルドはこちらに来訪する前に、王太子ランバートと宰相によってキサギの情報を得る為に通信機能を作動させたままにしていた。



また会話を録音し、後々情報を精査しようとも。



何せ彼女はS級ランカーとして彗星の如く突然現れ、難題をどの高位ランカーよりも早期に解決し、どの様な存在かと早速調べようものなら、優秀な暗部ですら詳細な情報を掴めない存在。



国にとって有益な存在なのか、はたまた有害な存在なのか。



大きすぎる力を持つ未知の存在を警戒するのは、国家として当然とも言えよう。



最悪王族であるリカルドの危機を回避する為だとか、適当な理由をつければ15歳の少女など欺けると侮っていた。



だが蓋を開けてみれば全て筒抜けで、彼らはとんでもない威圧で脅される羽目になっている。



リカルドは想像を遥かに凌駕する目の前の少女からの覇気に驚愕と畏れを抱き、寒気が身体を襲う。



「さて、決めるのは貴方です。どうされますか?」



バリーの喉からゴクリと唾を呑み込む音が響く。



それ程執務室内は静まりかえっていた。



固まるリカルドが暫くして、ハァと重い溜息を一つ吐き出し口を開く。



「……俺とバリーが見届け人となろう。そして制約魔法も受け入れる」



「殿下?!」



「バリー、嫌なら他の者に任せる」



リカルドの言葉に思わずバリーが声を張り上げるも、暫く口をハクハクさせた後に大きく一つ重い溜息が吐き出される。



「……わかりましたよ。お供しますとも」



眉を顰めながら遣る方無しといった面持ちで、バリーが掠れた声を洩らす。



そんな彼の表情にリカルドは苦笑いながら「すまんな」と一言呟いた。



「宜しい。ではマティアスさん、時は有限です。クエスト用紙の準備をお願いします」



空気を和らげながらも無表情のキサギがデスクのマティアスへと視線だけ向け、クエスト用紙の用意を促す。



「今?!急ぎ過ぎではないか?」



「いつザガンがジェノヴァと接触するかわからないのです。それに通信の途切れた王城で騒ぎになっていても困ります。クエスト受諾と共にお2人には制約魔法を掛け、王城へ詳細説明の為の連絡をとって貰います。のんびりしている暇はありません」



「……わかった。だが、くれぐれも王族の方に無体な真似はせんでくれ」



「ご心配なく。制約魔法は人体に影響などしません。ただクエスト討伐の報告をする際に、私達に関する言って良い事悪い事を分別し、制約をかけるだけです。ご安心下さい」



その言葉を聞き届け、デスクの引き出しから魔法紙を一枚取り出すとすぐにクエスト作成へと取り掛かる。



「……本当に大丈夫なんだろうね?」



不安げな声音でバリーがキサギへと問いかけた。



「やめればよろしいのでは?」



「……いや、やるけど……」



「そうですか。やめたくなったらいつでもどうぞ?記憶削除の魔法をかけて差し上げます。大丈夫ですよ。廃人になどなったりしませんから。それくらい造作もありません」



神秘的な微笑みを浮かべながら余裕な態度で答えるキサギに、バリーは思わず恐怖心を抱く。



「そんな事も出来るのか?!……怖っ」



バリーが顔を顰める。



だがそれを無責任な言葉ととったキサギが、若干苛立ちを滲ませた表情を浮かべる。



「何を仰いますか。貴方がたはこれから戦う自称とはいえ四魔闘将の一角が、その辺にいる程度の低い魔人と同じだとでも思っているのですか?相手は上位魔人よりも更に上回る最上位の存在かもしれないんですよ?上位魔人に緻密な制約魔法を掛け、それを解こうとする者へ返呪のトラップまでも仕掛ける程の悪知恵まで働かせる者達なんです。それを簡単に討伐しろと仰る癖に、この程度の事を恐れるのですか?……呆れた」



ザガンを相手にするのはキサギを始めとした神楽旅団だ。



仕事とはいえ面倒事を避けられるものならば彼女とてそうしたい。



他のS級ランカーが代わりにやってくれるならば、喜んでそちらにお任せしたいものだ。



だがそんな夢想をしたところで、現実から目を背けることなど今更だろう。



バリーは得体が知れないものとはいえ、人体に被害がないと言われる制約魔法をただ受け入れれば良いだけだ。



キサギのその言葉は至極尤も過ぎて、バリーはたじろぎ口を噤む。



そんな彼女に全てを押し付け自分はただ見ているだけで良いのだから、何とも無責任な言葉だととられても仕方ないとバリーが内省する。



「……そうだな。我々は自分達の手を汚さず、コソコソと陰に隠れてのうのうと見届けるだけだ」



バリーの心を代弁するかのようにリカルドが済まなさそうに言葉を洩らす。



「見届ける、ねぇ。それだけでしたらいいんですけど。あぁ、ご心配なく。貴方がたにはちゃんと認識阻害の魔法と結界を張りますから、ザガンには貴方がたの存在は視認されません」



「そんな高度な魔法までかけられるのか?!」



リカルドの驚きは無理もない。



彼は魔法に詳しい訳ではないが、自身が知る限り恐らくそのような魔法が使えるのは、この国ではキサギだけだろうと思う。



「……あら。先程から聞いていれば、その程度の魔法、王城の魔術師達に使える人はいないのですか?もしくはリカルド殿下が知らないだけなのか……まぁどうせ誰にも言えないようにしますから言いますけど、出来ますよ?」



勿論、キサギは自身にも認識阻害の魔法を掛けることなど容易である。



最悪、国を追われても見つけ出す事など、この世界の人間には絶対に出来ないだろう。



「あぁ、因みに言っておきますが、制約魔法を城の魔術師に頼って解こうとしても無駄です。まぁ、そんな力量を持つ者が城にいるとは思えませんけど。私が解くか、私が死ぬしか選択肢はありませんので悪しからず。お気に召さなければ、どうぞ私を殺せばよろしい……出来るものならば、ですけど」



リカルドの想像を遥かに凌駕するキサギの力量の規格外さに、思わずゴクリと唾を呑み込む。



味方でいてくれればこれ以上の戦力はないものの、下手をして敵に回られようならば最悪自国が地図上から消え失せる。



リカルドの脳内で瞬時に損得勘定の算盤がはじかれた。



今になって魔宝石による盗聴が未遂に終わり安堵の気持ちが胸に滲む。



もしも未遂に終わらなければ……と彼は起こっていたかもしれない事象にブルリと体を震わせた。



「お気をつけ下さい。力を持ちすぎる人間は面倒事を解決させるには便利なのですが、裏を返せばいつ敵へと転じるかわからない非常に危険な存在なのです。我々を都合良く利用しようとする者も現れるし、危険視した誰かに暗殺者を向けられる可能性もある。だからこそ身分の高い者は信用出来ない上関わりたくないし、知られる訳にはいかないのです」



己の力量を正しく理解するキサギは、強すぎる力の危険性を静かに訴える。



「君達を懐に入れようと搦め手を使う者達が暗躍する……最悪好きに重要人物を抹殺すら出来るからな」



「まぁ、それだけではないのですがね。何にしても、我々はそのような面倒臭い事に巻き込まれるのは御免なのです。それはこの国でもあり得るし、他国でも同様です」



他のS級冒険者達やそれ以外の強者がどれ程の力量を持つか、キサギは天狼としか会った事がないのでわからない。



だがリカルドの驚く様やマティアスから何も言われない所を見るに、全てを知っている訳ではないもののキサギ以上の存在はいないのか、もしくは己の力量を正しく理解する者は只管隠し通しているのではないかと想像出来る。



そうでなければ今頃戦乱真っ只中か、力を持つ者が世界を統べ己の思うままに恐怖政治を強いていてもおかしくないだろう。



ただ力量のある者の大概は己の究道に集中し、他に興味が向かない偏屈な性格ばかりだと最低限ではあるが情報として知り得ている為、現状その様な変事はない。



この世界は何ともお優しい都合の良い場所だな、とキサギは思う。



「……そんな事はしない……と俺が言ったところで信用はされないか……他の者は違うかもしれんし、断言は出来ん……」



それに慣れとは怖いものだ。



キサギの強さが当たり前で、難題を片付けさせるのも当たり前になってしまった時、リカルドは今のままで居られるだろうか?



いずれは彼女に対し頼りにするなどと嘯き、全ての面倒事を押し付け結果的に都合良く扱うかもしれないと、彼は思う。



「素直でよろしいですね。貴方の良い所です……ですがその素直さが我々からすれば厄介の何物でもない。貴方がたは善意のつもりで近付いて来る。でも他者は王侯貴族に覚えめでたい事は誉れだと盲信的に誰もが言い、煽る。権謀術数渦巻く王侯貴族社会では、その煽りを利用して己の利に繋げようと暗躍する……善意の使い所を間違えないで下さい」



レイスリーネの記憶で王太子ランバートの性格は知識として持ち、リンデルでやらかしたルシアンを目の当たりにしたキサギからすれば、リカルドの実直さは王族にしては珍しいのではないかと言える。



彼の人の良さにバリーが心酔する気持ちもわかるし、弱冠24歳の若さで騎士団を纏めるだけの人望もあるのだろう。



だが王侯貴族の社会は水面を泳ぐ水鳥で例えるならば、表面は優雅に振る舞いつつも、水面下ではほくそ笑みながらジタバタと暗躍するなどザラだ。



リカルドの素直さがこのまま変わらずにいて欲しいと願いつつも、それがあらゆる面で厄介事となって飛び火しないようにと苦言を呈する。



「忠告、心に留めておこう」



彼女のそんな思いを知ってか知らずか、リカルドは苦笑いを浮かべながらそう素直に答えた。



暫くしてマティアスがクエスト用紙を完成させる。



「待たせたな」



「いえ、ではお願いします」



首から冒険者タグを外し、マティアスへと差し出す。



重々しく頷く彼がそれを受け取ると、いつものように用紙にタグを翳して受了処理を完了させた。



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