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4.アンダーカバー






この世界には魔力があり、溢れこぼれた魔力が大地に馴染む事で魔石や薬草が生まれる。



一方、溢れすぎた魔力が澱となり、それが獣や人と交わる事で魔獣や魔人が生まれる。



中には害のないものもいるが、大半は森や荒野に住みつき、土地を荒らし、人を襲う。



珍しい魔石や薬草の採集、魔獣魔人退治、商人の護衛など、あらゆる荒事雑務をし収益を得ている者達を冒険者と言った。



この冒険者達を束ねる組織が、冒険者組合である。



通称ギルドとよばれるこの組織は、政治、政略には左右されない特殊な独立機関だ。



故にもしも国家間の戦争があっても、それには一切関与しないと明言している。



例外として、スタンピードが発生した際は各国の軍と協力して事にあたるが、基本的には魔獣・魔人討伐は冒険者の仕事だ。



冒険者組合は世界各地にあり、依頼を受けた冒険者は世界各地を飛び回る。



それはソロだったり。パーティだったり。



冒険者達はランク付けされ、ランクに見合った仕事を行い、功績を上げ高みを目指す。



難しい依頼をこなすほど危険度は増すが、ランクも報酬も上がる。



高位の冒険者ともなれば、一国の将軍級もしくはそれ以上の扱いとなり、英雄とも呼ばれ一目置かれる存在となる。



ある程度稼ぎ、早々に引退して後進の教育に回り、悠々自適に生活する者もいるとか…。





「というわけでね。せっかく異世界に来たのだし、冒険者になってクエストをこなしながら、皆で楽しく世界旅行してみるのはどうかと思ってね」



キサギはベッドに腰掛け、自分の前に呼び出した3人に軽やかにそう話す。



呼び出した3人は、彼女が前の世界で契約していた"式神"と呼ばれる存在である。



力を持つ名のある妖や土地神と契約をし、使役するのだ。



キサギは前の生で、死ぬ直前に彼らに契約解除の話をしたものの、彼らは拒み最後まで彼女に付き合うと言ってくれた。



おかげで彼らの守護の元、自分の全魔力に全生命力を乗せる詠唱を無事に完成することが出来、あの災厄にぶつける事が出来たのだ。



なんの因果か自分がこの世界に転生して、彼らももれなくこちらについて来る形になった事に気づいたのは、レイスリーネとの融合が完全に完了してからだったが。



白髪の妖艶美女ビャクランはキサギの横に腰掛け、どこからともなく取り出したブラシで、彼女の豊かな黄金色の髪をとかし始めた。



「世界旅行……ですか?」



優しい笑みに若干の戸惑いを浮かべながら、美しい声音でビャクランがそう尋ねたので、キサギは頷いた。



「そっ!まぁこの世界にどれ程強いヤツらがいるかはわからないけど、魔獣とかがいるとはいえ前の世界よりは平和そうだし、幸い私達には力がある!」



フンスッと鼻息荒く話す姿から、中身は間違いなく主だが、見た目の可憐さとのギャップに3人は思わず苦笑いしそうになる。



「それでね、世界を巡り終わってお金が溜まったら早々にドロンして、どこか静かな場所に家を買って、今世こそのんびりスローライフを送るのよ!」



ワクワクしながら楽しそうに話す主に、ビャクランはかつて彼女が休みなく世界中を飛び回り、魔物や災厄を祓っていた多忙な頃を思い出し、胸が軋んだ。



「けどよぉ。御前、アンタ今、伯爵令嬢だろ?しかも王子様の婚約者ときた。回復したら王子妃になるんじゃねーのか?」



赤髪の男性シュリは部屋のソファーにドカリと座り、ベッドに座る以前の姿とは全く違う姿の主をニヤニヤしながら見やる。



青髪の美青年ソウエイは、シュリの横柄な態度に冷たい視線を巡らせながら、姿勢正しくまるで専属執事のように静かにキサギの側へ立ち



「シュリ、その薄汚いニヤけ顔を御前に向けるな。穢らわしい」



と冷たく言い放ち、どこからともなく出した紅茶の入ったティーカップを彼女に優しく渡した。



キサギは「ソウエイは本物の執事みたいだなぁ」なんて苦笑いしつつ、ティーカップを受け取り紅茶を口にした。



「ならない。その話は流れる」



香りたつ爽やかな風味の紅茶に満足しながらティーカップから口を離し、キサギはそう言い放った。



「ほぉ~。そりゃまたなんで?」



シュリは口元に笑みを浮かべながらも、目元は笑っていなかった。



「さぁ?数日か1ヶ月あたりで、なにか動きがあるんじゃない?こちらにとって良いように、ね」



キサギは視線をソウエイに移しニコリと笑い、ティーカップと共にある一枚のメモを渡した。



彼は静かにティーカップを受け取り何もない空間へと消し、メモにさっと目を通すと、軽く一礼してからその場から音もなく消え去った。



シュリはヒュゥと口笛を鳴らす。



「動くんじゃなくて、御前が動かしてんじゃねぇか」



軽口を叩き笑うシュリに、ビャクランも釣られて笑みを浮かべた。



「なんとでも。とりあえず今後の私達の活動の為に、レイスリーネには表舞台から去って貰いましょ」



そう言うと、キサギは先程までいたベッドに前世でよく使用していた形代と呼ばれる人型に象られた小さな紙を置き、指をパチンと鳴らす。



形代はみるみるうちに、虚ろに痩せ細ったレイスリーネの姿に化けた。



「この子がいれば私が外で活動して、もしも騒がれても似ている程度で済むわ。んじゃ、あとはよろしくね」



キサギがそう呼び掛けると、レイスリーネに化けた形代は無表情のまま小さく頷いた。



ふと部屋にある姿鏡に映る自分の姿に、キサギは視線をやる。



「髪色と瞳の色を変えときゃ結構誤魔化せそうね」



そう言うやいなや、鏡に映るレイスリーネの黄金色の髪色を以前のような宵闇色へ、エメラルドの瞳を深い藍色へと変化させた。



「うん、良いわね。そうだ、ビャクラン。前髪を眉毛が隠れるくらいまで、バッサリ切っちゃってくれる?これだけで印象は随分変わると思うのよね。あ、切った髪は残しといて。のちのち使えるから」



「後ろはどうされますか?」



「んー。そっちはとりあえず良いわ。結うし」



どこからともなく櫛と鋏を持ち出したビャクランは、キサギを一度ソファーに座らせ、ゆっくり前髪を切り揃えていった。



そんな彼女をシュリは怪訝な面持ちで見つめる。



「何?」



「アンタの力を持ってすれば、元の姿に変える魔法をかける事なんざ簡単な事なんじゃねぇの?そっちのほうが厄介事も少ない。やらねぇのか?」



問いかけたキサギに、シュリは己の疑問を投げかけた。



「変えないわ」



あまりにもキッパリと答えるキサギに、彼らは少し面食らった。



「……理由をお伺いしても?」



前髪を切り終え、櫛と鋏を片付けたビャクランがキサギに問うた。



「彼女に世界を見てもらいたいから、かな」



ポツリとそう言葉を吐き出しはじめた。



「レイスリーネは貴族の世界しか知らなかった……あんな歪で狭い世界が唯一で、全てだと思い込まされていた」



キサギは記憶から感じたままに、己の抱いた感情を口にした。



「ほんっっっと、勿体ない」



彼女への同情だったり、取り巻く環境への嫌悪感だったり、あらゆる複雑な感情に苛立ちながら、キサギはそう吐き捨てた。



「彼女の体はここにあるけど、もういない。幸い今の私になった事で力がある。貴族として生きるなんて真っ平ごめんだから、せめて代わりにって言ったら変だけど、彼女に世界を見せてあげたいと思ったのよ。あんな狭くて息苦しい世界が全てじゃない。あなたの生きた世界は、こんなに色んな人がいて物があって、広くて面白いんだって」



カラリと笑ってキサギは2人に向かってそう答えた。



「とはいえ、私、この世界まだよく知らないんだけど」



そうおどけて肩をすくめて見せるキサギは、この体の持ち主に想いを馳せた。



亡くなったレイスリーネの体にキサギの魂が融合し性質が変わったとはいえ、この世界で生きていたのはレイスリーネだ。



キサギは彼女の存在そのものを消してしまいたくなかった。



「あぁ…嬉しいな」



唐突に、彼女は少しはにかみながらも悪戯っぽく笑い、2人を見やる。



「だって、またあなたたちと世界をまわれるなんて嬉しいじゃない!」



なんのてらいもなく、あまりに美しく笑いながらそういうものだから、ビャクランとシュリは一瞬虚をつかれ目を丸くするも、喜びに胸を暖めながら主からの心からの言葉に笑みをこぼした。



…ここにソウエイがいたら歓喜していただろうなぁ、などと2人が内心そう思っていたのを、キサギは知る由もなく。



「さぁ、来るべきスローライフのために、いざ冒険へ!!」







数日後、イギリー王国ハロルド伯爵領リムゼイの冒険者組合から、史上最短で最高位であるS級冒険者パーティが誕生したというニュースが世間を騒がせた。



形代→カタシロ

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