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40.エンカウント高め





今はまだ午前のカンタバロの街。



それでも街は賑わいを見せる。



目抜き通りには商店や露天が立ち並び、道行く観光客や冒険者達、商人達が笑い声をあげながら通り過ぎて行く。



キサギはそんな喧騒の中を旅団の皆と共に歩いていた。



街全体が幻想的な佇まいを見せ、くっつき合った建物群は皆遥か昔から現在に至るまで大切に補修しながら使用されている。



まるで御伽話の中にいるような錯覚さえも覚える程の景観は南部特有のもので、これが国内外に人気を呼び有名な観光地となった所以でもある。



懐古的ながらも装飾の美しい街の佇まいにキサギは表情を緩め、露天を見回りながら少しばかり観光を楽しんでいた。



「素敵な街並みねぇ……」



思わずキサギの口から、ホウという溜息と共に言葉が漏れる。



意味もなく露天に立ち寄り商品を手に取ってはニコニコと笑みをこぼし、ウィンドウに飾られた商品に目を奪われてはキラキラとした表情を惜しげもなく晒している。



無理もない。



彼女は前世、女の子らしく買い物を楽しんだり、オシャレに気遣ったり、旅先で景観を楽しむ等、そんな余裕など一切なく忙しく動き回っていたのだ。



だからこそ今世、このようなゆとりを持てる事に大袈裟でも何でもなく歓喜している。



キサギの無邪気に喜ぶその様子に、付き従う式神らは自然と笑みがこぼれていた。



「あ!川沿いにオープンカフェがある!あそこで休憩しましょ!ね!ね!」



今の彼女は15歳。



前世でも享年18歳という若さだった。



歳相応に無邪気に喜びを全身で表す主人の姿に、微笑む式神らはホワホワと心を温めながら頷く。



街並みに溶け込んだノスタルジックな佇まいのオープンカフェに立ち寄った一行は、店員にパラソルのあるテーブルへと案内される。



街とせせらぎの聞こえる川を見渡せる良い席にキサギはご満悦のようで、メニューそっちのけでずっと外を眺めている。



「御前?注文しないのですか?」



隣の席のビャクランがクスクスと笑いながら彼女へと言葉をかける。



ハッとしたキサギが漸く現実に戻ってきたのか、少し頬を染めながら「えへへ」とはにかんでいる。



彼女はこの店の名物とされる沢山の果物を絞った果実水を、式神らも別の飲み物を注文すると、しばしのゆったりした時間がそこには流れる。



冒険者となってまだ数日しか経っていないのに、既に大きな案件を2件もこなした彼女らのしばしの休息。



暫くして注文の品がテーブルに並べられる。



運んで来た店員へキサギは料金を支払い、沢山の果物の味のする果実水に口をつけながら、満足気にまた街並みへとその視線を向けていた。



街行く人々の何でもない日常が流れる情景に、キサギは小さな幸せを感じる。



だからこそ考えないようにしていても、やはり先程のエクターとの話が脳裏を過ぎる。



「……はぁ……こんな予定じゃなかったのになぁ……」



小さく呟かれるキサギの言葉に、そばにいる式神らは何も口にする事なくただ苦笑いを浮かべる。



ただのんびりと世界を旅する予定だった筈が、静かに忍び寄る上位魔人の暗躍に、キサギは思わず溜息をこぼしてしまう。



杞憂かもしれない。



でも杞憂で終わらないかもしれない。



正直、キサギ達ほどの力量があれば、討伐クエストとして対処するのであれば、面倒ではあるがさして問題などない。



だがそれは神楽旅団vs上位魔人という様相であれば、だ。



これが他の冒険者との対峙となれば?



市井に暮らす人々へと一斉に襲い掛かるとなれば?



世界中で、同時多発で、魔人の一斉蜂起となれば?



こうなると最早これはスタンピードどころではない。



まだそうなると決まった訳でも、それが起こった訳でもないにも関わらず、考えれば考える程状況を最悪な方へと巡らせて仄暗い感情が芽生えてしまう。



面倒事が起こりそうな予感に、キサギは口を尖らせながら遠い目になる。



そんな時。



「いや!離して!」



近くで誰か女性の叫び声が響き渡る。



店内の人々や街行く人々もそちらへと顔を向ける。



見ると声の上がった辺りに数人の男に囲まれた女性が焦っている姿が見える。



すぐ様キサギが腰を上げ駆け寄って行った。



薄い紫色のワンピースを着たまだ歳若い1人の美しい女性が、多少身なりの良い男性に手首を捕まれ、もがいている。



「つれないこと言うなよ。さっきから見てたけど、君、この辺初めてなんでしょ?俺達が色々案内してあげるって言ってるだけじゃん」



「必要ないわ!だからその手を離して!」



男達はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、もがく彼女を見下ろし手首を掴んだままだ。



(えぇぇぇ。こんな典型的な展開、物語の中だけじゃないんかぁぁぁい)



駆け寄りながらキサギは思わず内心で呆れながらツッコミをいれてしまう。



そして彼女は囲む男達を押しやり、女性の手首を掴んで離さない男の腕をグッと掴む。



「こんな往来で何してるの、貴方たち。恥ずかしいと思わないの?」



少し背の高い男を見上げながら、キサギがギッと睨みつける。



突然現れた彼女にギョッとするも、男は彼女のその容姿を捉えると、また下卑た笑みを戻した。



「んだよ。ガキが邪魔すんなよ」



「まぁ、待てよ。こっちもなかなか可愛いじゃん」



「ねぇ、君も俺達と遊ばない?俺達こう見えてもこの辺の上級商人の息子で顔はきくんだぜ」



ゲヘヘとその下卑た笑みの男共に、キサギはうへぇと顔を顰める。



「典型的な阿呆の台詞ね……」



彼女の言葉に男達がカチンと来たのか、その顔を憤怒に歪める。



「んだとぉ!?ガキが調子に乗ってんじゃねぇぞ!」



女性の手首を掴んでいた男がその手を離し、キサギを殴ろうと手を振りかぶる。



女性は思わず見ていられないとばかりに両手で顔を覆い隠す。



周囲で騒ぎを見ていた人々も助けに行こうとしているのが見える。



だが。



「愚かだな」



キサギの表情が無となり、口から静かに苛立ちの言葉がこぼれる。



男が振りかぶったまま固まり、囲んでいた仲間達も同様に身を固くした。



魔力を放ったわけではない。



一般人に放つ訳もない。



ただキサギは静かに絶対零度の無表情のまま、言葉を放っただけだ。



だが、その出立ちはあまりにも異様で、魔力を放つ事なく威圧するキサギに気圧された彼らは体を固くしたまま何も出来ないでいた。



次第に空気が薄くなる錯覚に陥り、酸素が足りず思わず眩暈すら覚える程に。



「下衆が。器を知れ」



キサギから放たれる絶対零度の視線に、彼らはビクリと大きく体を跳ね上げさせる。



するとその中の1人の男の視線がキサギの胸元に揺れる冒険者タグへと向けられる。



サァッと顔を青ざめ、はくはくと口を動かすものの、うまく言葉が出てこない。



「……そ、その……タグ……!英雄の石?!」



「……えっ?!……そ、それって……」



絞り出すように漸く言葉を口にした男に、他の男達が顔を青ざめたままギョッとする。



キサギの胸元には黒の魔宝石が埋め込まれたタグが揺れている。



そして、ゆっくりと彼女の背後に式神らが側立つ。



彼らの目に、全員分の黒の魔宝石のついた冒険者タグが捉えられるや否や、全身をバイブレーションのように小刻みに早く振動させ始める。



「どうも。ランテル冒険者組合所属、S級冒険者パーティの神楽旅団よ。私はそのリーダー。喧嘩を売りたいなら、どうぞギルドまで。喜んで買ってあげるわ。勿論、ギルドの闘技場で、納得の行くまで、ね」



先程から浮かべる無表情を崩し、目の笑っていない笑顔を彼らに向ける。



その神々しくも、凶々しい表情に彼らは更に体を震わせ、縺れる足を引きずりながら、這々の体でこの場から走り逃げ去って行った。



その背中を見つめながら、キサギは呆れた表情でフゥッと一つ溜息を吐く。



「……全く。どこにでもいるわね。ああいう手合いは……」



フンスと鼻息荒く呆れながらも、側に佇む絡まれていた女性に向き直る。



「大丈夫ですか?」



両手で顔を覆い隠していた女性は静かにその手を下ろし、安心したのかその表情に笑顔が戻る。



「あ、ありがとう……冒険者さんだったのね……助かりました」



力なく紡がれる言葉ながらも、表情に笑顔が戻ったことでキサギは少し安堵する。



「あ、いえ。困っておられたようなので……お一人ですか?誰か連れの方は??」



「それが……途中で逸れてしまって……探していた所を彼らに阻まれて困っていたのです」



「……あぁ……それはお困りで……」



「シエラ様!!」



言葉を交わしていたキサギの背後から、誰かの叫び声が飛んできた。



「セス!あぁ!良かった!」



シエラと呼ばれた女性が安心したように声を上げる。



駆け寄って来たのは、彼女の護衛であろう鍛えられた体が服の上からでも見てわかる身なりの良い女性で、更に彼女の後ろから数人の男女も寄って来た。



(……シエラ?……はて?そういえば……なーんかこの人、見覚えが……)



キサギが訝しみ、少し怪訝な表情を浮かべる。



「ご無事でしたか!……貴様、この方に無礼は許さんぞ!」



状況を知らないセスと呼ばれた女性が、憤怒の様相で容赦なくキサギへと魔力を放ってくる。



「やめて!違うわ!彼女は暴漢から私を助けてくれたの!」



ギョッとしたシエラがセスの前に飛び出し、キサギを守るように立ちはだかった。



「……えっ?!……そ、それはとんだ早とちりを……失礼した!」



シエラの言葉に虚を突かれたセスが、慌ててキサギへと頭を下げる。



「それにこの方達への失礼な態度は改めなさい。S級冒険者の方々よ」



頭を下げていたセスがガバリと体を起こし、驚愕の面持ちでキサギを見やる。



そしてその胸元で揺れる黒の魔宝石を捉えると、あんぐりと口を開け放っていた。



「あぁ、どうぞお気になさらず。気にしてません」



キサギは苦笑いしながら両手を前で小さく振る。



「それじゃ、お連れの方と合流出来たようですし、私達はこれで……」



「あ、待って!お名前を聞いてないわ!」



「あぁ、別に気にしないで下さい。それでは失礼します」



急ぐようにキサギはその場を立ち去る。



彼女の背後からまだシエラの声が聞こえるが、早歩きで街の喧騒の中へと隠れるように立ち去った。



せっかくオープンカフェでのんびりとティータイムを楽しんでいたが、そのカフェも通り過ぎてその場を足早に立ち去る。



「御前?どうしたよ?まだ飲んでた途中だったけど、良かったのか?」



尚も早歩きでズンズン突き進むキサギに、先程までいたカフェを横目に見やりながらシュリが怪訝な表情で問いかける。



キサギの表情は固い。



彼女は思い出したのだ。



レイスリーネの記憶を。



「さっさと帰るわよ!あれ、確かこの国の友好国、南のジェノヴィア王国のお姫さんだわ!ったく!なんだってこんなに王族がウロチョロしてんのよ、この国!ちょっとエンカウントし過ぎでしょ?!魔人といい王族といい、何でこんなに面倒事ばっかりなのよ!ンもうっ!!この世界おかしいんじゃないの?!」



ズンズンと突き進むキサギが頭を抱えながら、絶叫にも悲鳴にも似た声を上げながらその場を立ち去って行った。




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