33.絡み合う魔力
霊峰ドヴァール山。
東西南北に30km以上の裾野を広げて聳え立つその山は、標高が3000m以上の高さを誇るイギリー王国を代表する山だ。
霊峰と呼ばれるだけあり、清純で潤沢な魔力に恵まれ、山頂付近には精霊や精霊獣が住まい、そして山の麓から中腹にかけエルフや獣人が隠れ住む秘境となっている。
人間達はここへの立ち入りを固く禁じられている。
過去の人間の恥ずべき歴史の反省から、国はドヴァールに住まう亜人達に特別な自治権を与え、彼らを刺激しないように静観している。
最近になり古代の神殿の発掘で人間の出入りは一部特別に許されてはいるが、今や大型魔獣や怪異の一件によりそれすらも滞り、まさに今ドヴァールは極めて深刻な問題に直面していた。
キサギ達一行は早朝ギルドを出発し、今まさにこのドヴァール山の裾野に立っていた。
真下から霊峰を仰ぎ見るキサギの口からは、ほぉ~と感嘆の声が漏れる。
山麓の緩やかな傾斜地に生える木々から流れる清涼な空気を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出していくと、体の中で魔力が優しく巡り、力が漲るような感覚を覚える。
さすが精霊王が御座すだけあり、霊峰を覆う魔力と神気に思わずその表情が綻んだ。
「なるほど。霊峰とはさすがね。魔力が清らかな上に濃密だわ……」
頂上は高すぎて見えないが、彼女は遥か先の山頂辺りに顔を向けながらポツリと呟く。
『ふむ……弱々しいが、なかなかの存在のようじゃの。ま、儂ほどではないがの』
何故かコクヨウが彼女の隣で、ドヤ顔でその胸を張る。
シュリとソウエイは何やら物言いたげなジトリとした目で彼を眺めており、キサギとビャクランは笑ってはいけないとわかりながらもクスクスと笑みをこぼす。
「……でも、微かに良くない気配もあるわねぇ」
スッと目を細め口元から笑みが消えると、キサギの纏う気配が変わる。
ジィッと一点を静かに見据えるその姿に、ディゴン達は先程までの和やかさからの急劇な変化に思わず息を呑む。
彼女が見ているその先は、まさに例の発掘現場付近だ。
キサギはここへ来たのは初めてであるにも関わらず、その位置を正確に特定しているのだ。
ただ見ただけで。
魔力が高いエルフと言われるディゴンやレオノアであっても、嫌な気配は何となく感じ取れるものの、それがどこからなのか、一体何であるかなどまでは分からない。
自分達との能力の差を目の当たりにし、新人ながらも全ての段階をすっ飛ばしてその最高位に収まる彼女への無粋な考えを改め、緊張感を漂わせた。
「まぁ、何にしても行ってみないとわからないわね。とりあえず現場まで飛びましょ」
「……飛ぶ?……飛ぶとは……」
キサギのその言葉を訝しんだディゴンが問い返そうとした、その刹那。
「瞬光」
彼女が瞬間移動の魔法を展開した。
彼らの姿はそこからフォンッと掻き消えたと思った瞬間には、既に発掘現場前へと移動していた。
「はぁっ?!」
「……えっ??……」
突然の風景の変化に戸惑いを隠せず、ディゴンとニコが辺りをキョロキョロと見回す。
何が起こったのかわからず、完全にパニックに陥っていた。
「え?!瞬間移動?!うそ!私、初めて!!」
ロミに至っては、驚愕の表情のままテンションがおかしな程に上がり、まるで未知との遭遇に興奮冷めやらぬと言った様子だ。
「……貴女、魔力は大丈夫なの?」
「ん?見ての通りよ?まぁ、普通の魔術師と比較されても私は別モノだから、貴方達の常識に当て嵌めようとしないほうが賢明よ」
表情は変わらないながらも、レオノアの声音は心配気にキサギに問うも、当の本人はケロッとしており、挙句ヒラヒラと手を振りながらしっかりとした足取りで発掘現場へと歩み寄っていた。
瞬間移動は魔力を大幅に食う。
通常ならば魔力枯渇寸前で足元が覚束なくなってしまう筈なのに、先を歩くキサギからはその様な気配は微塵も感じられない。
レオノアの額から汗が滲む。
(これがS級の力量?……いえ、違う。彼女はどのS級とも比較出来ないほど超越しているわ……)
200年以上生きる彼女はディゴンが原因の事情があったとはいえ長年世界を渡り歩き、数々のギルドへ所属し活躍の場を変えてきた。
その経験から、過去の高位ランカーとのあまりの違いに冷や汗を止められずにいた。
「すごいわね。発掘途中とはいえ、この遺跡……状態も良いし、ある程度の保存魔法が掛けられたまま今も保ってる。当時の人達は、余程この地と神殿を大切に思っていたのね……」
木々に絡め取られ、地面から剥き出しの古代の神殿の柱の一部にキサギは目を奪われながら、そっと指先で触れてみる。
永き時を経ても尚、僅かであっても感じ取れる魔力に、思わずホゥッと感嘆の吐息を吐いてしまう程に。
『ふむ……1500年は越えとるようじゃの。まぁついこの間のようなもんじゃ、ふぉふぉふぉ』
「いや、そりゃ、コクヨウからしたらそうでしょうけどもさぁ~」
今まさにクエストを敢行中とは思えない和やかな空気の中、彼女は周辺をゆっくり見渡して行く。
「……それにしても静かねぇ。近くに感じるのは小動物と周辺に住む住人かしら?大型魔獣の気配が一切ないわ。出没したって聞いてたから、何体か出たのかと思ったんだけど……違ったのかしら。それとも、先に来た冒険者達が倒した分で片付いたのかしら」
索敵をするも何も禍々しい反応が無い事を訝しむキサギは、状況に首を捻る。
辺りは静かで鳥の声が響くくらいしか聞こえない。
ふむ、と彼女は一呼吸起き、おもむろに右手を掲げ静かに目を閉じ集中する。
ディゴン達は突然の彼女の行動に訝しみながらも、静かに成り行きを見守る。
するとキサギの周りを4つの小さな魔法陣が囲い、浮かび上がった陣に薄っすらと光が帯び明滅する。
詠唱もなく突然展開された見た事もない魔法に、魔力が高いエルフ2人は目を剥き息を呑んでいた。
暫くして光が消えると共に展開されていた魔法陣もその場からゆっくりとその姿を消して行き、キサギは閉じていた瞼を開きもう一度周辺を見渡す。
「……これは複雑に絡み合ってるなぁ……」
何かに気づいたのか、眉を顰める彼女の口から思考がこぼれる。
「御前、ここはなんつーか、気持ち悪い場所だぜ」
キサギの側に歩み寄って来たシュリが表情を歪めながら言い放つ。
「でしょうね。今回の行方不明事件、確実にその50年前の魔人が絡んでるわね。負の魔力と清純な魔力がぶつかり合って、複雑に絡みあっているのがここに残ってるのよ……それにしてはこの魔力の残滓、すごく最近のものだわ……てっきり行方不明の人達はその魔人に連れ去られたのかと思ってたんだけど……こりゃ違うわね」
辺りを見渡し、更に空も見渡しながら、彼女は考察を述べて行く。
「貴方たちの精霊王に感謝しなさい。その人、とても慈悲深いのね。眠りながら今でも、脅威から貴方たちを懸命に守ろうとしてるのがよくわかるわ」
キサギがディゴン達を見やり、そう声をかける。
彼らは意味がわからず驚くものの、今でも精霊王がその力を振り絞って守ってくれている事に歓喜し顔が綻ぶ。
「……これは、その魔人さんを先にどうにかしないといけないわねぇ……」
顎に手を添えながら眉間に皺を寄せ、何やらキサギは考え込んだ。
その時。
「ディゴンか?!」
背後からディゴンを呼ぶ誰かの声が響く。
そちらへ振り返ると、美麗なエルフの男性と獣人男性が森から突然現れ彼らの元へと駆け寄っていた。
「父さん!」
「親父!」
彼らはどうやらディゴンとニコの父親らしく、互いに彼らとの再会を喜び合っている様子だ。
普段は表情の乏しいレオノアも、少し幼さの残るロミも顔を綻ばせ再会を喜び合い嬉しそうにしている。
どうやら近くに感じた住人の気配は彼らだったようだ。
さすが亜人、父親にしては2人ともえらく若い見た目だな、などとキサギは思いつつも、久しぶりであろう家族や同胞との再会の光景を微笑ましく見つめる。
「彼らは冒険者か」
先程までの微笑ましさから一点して、少し物々しい空気を漂わせながらディゴンの父がキサギを見やる。
「おじさん。彼女達はただの冒険者じゃないわ。この世界の最高ランクのS級冒険者よ……しかも只者じゃない」
「……レオノアがそういうからには違いないんだろう。お前の目は信用出来る……だが、何故人間が古の精霊王を連れている」
彼の視線がコクヨウへ向けられ、その後すぐ敵意の籠った鋭い目がキサギを射抜く。
だが、その不躾な目線を主への不敬と捉えたコクヨウは苛立ちを露にし、獅子ほどの大きさだった姿を本来の中型魔獣程の巨体へと変化させた。
『小童如きが喧しいわ。儂が誰とおろうが貴様らには関係なかろう。理解の及ばぬ事に首を突っ込まず、ただそういうものじゃと思っておれば良いわ』
そう彼らを睥睨しながらキサギの前に立ちはだかり、いつもより低い声音で彼を制する。
彼らはコクヨウの突然の変容と威圧に気圧され、ゴクリと唾を呑み込む音を喉元から漏らす。
「まぁまぁ。落ち着きなさいって」
キサギが眉尻を下げ、コクヨウを宥めるように首元を優しく撫でた。
すると苛立ちを剥き出しにしていたコクヨウがグルルと気持ち良さそうに喉元を鳴らし、彼女の撫でる優しい手つきに満足気の様子を見せる。
目の前で繰り広げられる様子に、ディゴンの父は先程までの敵意の籠った目はどこへやら、今は驚愕の面持ちへと変えていた。
コクヨウは一通り満足し落ち着いたのか、また体を獅子程の大きさまで戻し、彼女の足元にピッタリと座る。
「……彼は私の大切な仲間であり、家族です。貴方が言う連れている、とは大いに違うので認識を改めて頂けますか?」
彼女はディゴンの父へと神秘的な微笑みを浮かべる。
この微笑みは有象無象の心臓を射抜く威力を持つ、ある意味魔法スキルの一種と呼べるのではないだろうか、と式神らは常々思うもの。
案の定目の前の彼らは顔を赤らめポーッとするが、すぐさま首を横に振って自我を取り戻していた。
「……なるほど。君は只人では無いようだ。君の仲間達も……今は受け入れよう」
焦りを落ち着かせるように長い耳をヒクヒクさせながら、彼はフゥッと息を一つ吐く。
「キサギ、この人はディゴンのお父さんでアラゴスさん。こっちはニコのお父さんでバドさんだよ!2人ともこのドヴァールの集落組合の理事なんだ!」
ロミが彼らを紹介してくれた。
「初めまして。ランテル冒険者組合所属、S級冒険者パーティ神楽旅団のリーダーを務めるキサギと言います。彼らは仲間の……」
と、キサギも続いて紹介をしていく。
不穏な空気はとりあえず去り、一通りの紹介を終えたキサギ達はアラゴスの招きにより、一旦集落まで迎えられる事となった。
そんな彼らの様子を、空高く分厚い雲の中から眺める者が1人。
ニタァと嗤う彼の視界には、遥か先にいるキサギの姿がしっかりと捉えられていた。
「へぇ。新しいガラクタが来たのか。お前達はどんな壊れ方で俺を楽しませてくれるんだ?……今度は邪魔させないぜぇ、精霊王アウリスよぉ……これ以上手を出されるのが嫌なら、とっとと起きて俺とまた遊ぼうぜぇ……」
彼は右手を掲げると、視界の先に居る者達へ向けて魔法陣を展開する。
「さぁ、ガラクタ共。お遊びの時間だ」




