3.彼女にとってのプロローグ
寝たきりのレイスリーネには朝、昼、夜の3回侍女達による世話が入る。
体を拭かれ、筋肉が衰えないようマッサージをうけ、着替えをし、食事はスープを食べさせてもらう。
昼食後に医師が診察に訪れ、栄養補給の薬湯を飲ませてもらう。
ここ数日のルーティーンだ。
今は医師による診察も終わり、ここからしばらくは誰も来ない時間となる。
「よしっ」
キサギは大きなベッドから降り、床にしっかり立った。
が、すぐによろけてふかふかの絨毯の上に倒れる。
「ははっ やっぱりかぁ」
衰弱し思い通りに動けない事に自嘲気味に笑い体を起こすと、自分の両掌を眺め、軽く指を動かしてみる。
魂と体の融合は完了していた。
問題なく全快している。
元々キサギは最強の魔法剣士。ポテンシャルが高かった事もあり回復が早かった。
「んー……」
眉間に皺をよせ、小さく唸り声をあげながら自分の衰えた体を見回す。
いかんせん今のこの体はか弱い令嬢。
筋肉なんてないし、しかも長い間寝たきりだったせいでガリッガリのヒョッロヒョロ…。
何とも貧相な体型に苦笑いしか出ない。
「ま、とりあえず……魔力診断しますか」
絨毯の上に胡座をかき、早速以前使えた魔力がきちんと使えるか、レイスリーネの魔力の質は何か、目を閉じ集中し魔力を体内で練り上げ探る。
そこで違和感に気づいた。
「……レイスリーネの魔力を感じない?……彼女が死んで中身が私になった事で消え去ったのか……?」
なんとなく申し訳ない気持ちになりつつも、自分の魔力に何ら問題はない事がわかり満足する。
「へぇ…。私の持つ魔力は普通の人より膨大なのに、この体は耐えられるのね」
膨大な魔力に耐えうる器たる体でなければ拒絶反応で高熱を出し高確率で死に至るのが常だが、特に異常なしという事はレイスリーネのスペックが高かったのか、融合した事で耐えられるようになったのか…思考するものの正解は見つからない。
「その辺はおいおい考えるとして…まずはこの衰えた体をなんとかしなきゃね」
キサギは右手を自分の目の前の何もない空間へと伸ばした。
すると何もない空間が陽炎のように揺らぎ、手が消える。
ゴソゴソと空間の中を探り自分の目当ての物を見つけると、キサギはその空間から手を引き抜いた。
「異空間収納ボックス、動作に問題なしっと」
空間から出てきた物は、何か液体の入った意匠の綺麗な小瓶。
キサギは小瓶の蓋を外して、中身を一気に飲み干した。
「うん。林檎味、美味♪」
右手で軽く口を拭うと衰えた体が軽く光を纏い、みるみるうちに肉付きの良い健康的な体に変化した。
飲み干した林檎味の液体は万能回復薬。
あらゆる状態異常を回復出来る優れもので、キサギがかつて作ったものだった。
異空間収納ボックスには時間経過が無いので腐る事なく保管出来る。
彼女のお気に入りの空間魔法だ。
「状態異常だろうが、体力回復だろうが、空腹しのぎだろうが、コレ一本でなんでもござれよ!」
ご機嫌に飲み干した小瓶を異空間収納ボックスにポイと投げ込み、キサギはもう一度立ち上がる。
ふらふらになり倒れる事もない。しっかり地に足をつけて立っていられる。
確認の為にべッドの近くにある大きな姿鏡の前へ移動して自分の全身を映すと、無事肌艶が戻り肉付きのよい健康的な姿に回復している事に満足する。
一通り充足感を得ると、キサギは反転して部屋の真ん中の広い空間へ体を向き戻し、おもむろにしなやかな右手を軽く振るい言葉を紡ぐ。
「破魔壁」
刹那、キサギの部屋に結界が張られた。
それは彼女が編み出した独自の高位結界魔法で、現実と隔離した異空間そのものである。
キサギが許可したもの以外入ることも出ることも許されず、外からは攻撃されようが何をされようが異空間にいるので傷を負う事もない。
内からの攻撃も、結界外に出て行く事はない。
まさに絶対不可侵領域。
ついでに誰かが急に入ってきても大丈夫な様に、レイスリーネがベッドに入っている姿の幻術と防音魔法のバフもつける。
「……時は来た。降りろ。ビャクラン、シュリ、ソウエイ」
その声と共に、部屋に風と光が静かに舞う。
そこへどこからともなく3人の人影が現れた。
1人は白く長い髪をたなびかせ長身豊満な痩身に妖艶な笑みを浮かべる美女。
1人は短髪ツーブロックの赤髪の、いかにも武闘系な大柄体躯の見目の良いの男性。
1人はサラリと短く流れる青髪の、涼しげな目元が印象的な細身で引き締まった体躯の眉目秀麗な青年。
「「「御前、お呼びにより参上致しました」」」
3人が声を揃え少女へと頭を下げる。
キサギはその顔に豊かな笑みをこぼす。
「久しぶり。さぁ、これからの話をしよう」