27.結果が全て
リンデルの街は、まだ朝陽が昇る前の薄ら明るい空間に包まれる。
空気は朝特有の涼しさで、森から流れ込む木々の香りがなんとも爽やかだ。
森の入り口前には2つの人影が並んで見える。
心配気な面持ちで、グエンとテリーがじっと森の入り口から中を見つめていた。
そして、彼らの視界に薄らと目当ての人影がぼんやりながらも捉えられる。
キサギを先頭に、シュリ、ビャクラン、ソウエイ、そして黒く毛足の長い大きめな狼のような獣が、こちらへとゆっくり歩いて来る。
キサギの視界に2人の姿が映ると、一瞬驚いたような面持ちになった。
「おはようございます。こんな朝早くからお2人揃ってどうしたんですか?」
鈴を転がすような彼女の美しい声音を耳にした2人は、その顔を綻ばせる。
「「おかえり」」
奇しくも2人は声を揃えた。
「お疲れ様。気になっちゃってね。待ってたんだ」
「まずはゆっくり体を休めて、話は昼にでもギルドで集まってからにしよう」
テリーとグエンがそう言うと、キサギは静かに頷いた。
そして彼女は少し後ろに控える黒い狼のような獣へ、愛おしそうに目元を緩めて見つめ「行こ」と一言呟き、彼らとはそこで別れた。
宿屋に到着し案内された部屋へ入ったとて、勿論そこで休むわけもない。
彼女らが帰るべき家は一つだ。
すぐさま部屋に幻術魔法をかけ、キサギ達は拠点へと転移する。
目の前にはいつもの麗しの我が家が佇み、玄関ポーチにはアカガネが出迎えてくれていた。
「おかえりなさいませ……おや?この気配は……コクヨウ……なのですか?いやはや、なんとも愛らしい姿ですね」
アカガネはキサギに一礼してから扉を開けると、新たに姿を変えて加わったコクヨウへ、にこやかに声を掛ける。
『ふぉっふぉっ!御前が喜ぶのならもう何でも良いわい!アカガネも息災そうで何よりじゃの』
と、好々爺な口調でアカガネに再会を喜ぶ言葉を送り、ノッシノッシとその四足をゆったり動かして室内へと入って行った。
「こんな早朝に出迎えありがとう、アカガネ」
「いえ、御前もこのような時間までお疲れ様でした。どうぞ先に湯浴みをなさって下さい。準備は整っております。そして時間までゆっくりお休み下さい。諸々の報告はまた夕食時にでも」
「ええ、そうさせて貰うわ」
やはり自邸が落ち着くのか、彼女はふわぁと軽く欠伸をして伸びをする。
外では気が張っている為、あまり見られない光景だ。
既に、これからの事はあの森で話し合いが済んでいる。
そして、キサギは時間いっぱいまで、自邸でゆっくり体を休めた。
太陽が空高い位置へと来た頃。
ギルドの一室には、オリガを始めとした天狼、カイル、テリーが旅団を待っていた。
ちょうど良い時間に、スタッフに案内されてキサギ達が部屋へと入ってくる。
一体の黒い狼のような獣を連れて。
「昨夜はお疲れ様でした」
キサギはおもむろに彼らへ深々と頭を下げた。
すぐに頭を上げた彼女は、まるで清々しい顔をしている。
「討伐は恙無く完了しました。昨夜ご覧になった結果が全てです。独断専行しましたが、その件で抗議がありましたらマティアスギルド長へ遠慮なくどうぞ。とはいえ、結果的に皆さんに見届けて頂けた事で、今回の我々神楽旅団の選定試験の完了を迎える事が出来ました。ありがとうございました」
そして再度彼らへ一礼した。
グエンが何か言いたい事があるのか、口を開いては閉じてを繰り返している。
キサギの視界にその姿を捉えるが、特に気にする事もなくすぐさまオリガへと向き直る。
「オリガさん、先程申し上げた通りです。ネームドの上位魔獣の名は、アモン。奴の討伐は完了しました。大型魔獣も全て排除しましたので、もう脅威はありません。破壊されたダンジョンの心配も不要です。元の姿できちんと存在していますし、中には中型魔獣数体も確認出来ています。森の木々や地面も綺麗に戻っていますので、暫くすれば小型魔獣らも森へ戻って来るでしょう。通常の体制に戻って頂いて、もう大丈夫ですよ」
オリガの前に自身の冒険者タグを差し出す。
自分の黒の魔宝石にあるデータを見て貰う為だ。
オリガは差し出された冒険者タグを暫く見つめた後、軽く首を横に振り、ゆっくりキサギへ優しい眼差しを送る。
「必要ありません。彼らからも貴女の結界の事を聞いていますし、何より今朝、森へ向かった冒険者達から既に連絡がありました。森もダンジョンも全て元通りに戻っている、と。昨日までのような危険はもう無くなった、と。昨夜の事も、全て報告を受けています。……本当にありがとうございました」
オリガはキサギへ深々と頭を下げ、礼を言った。
「そうですか。それなら良かったです。これにてクエストは完了です。また何かありましたら、いつでもお声掛け下さい」
にこりと笑みを浮かべると、彼女はタグを首にかけ直し旅団らと共に部屋の扉へ向かって歩き始めた。
それにグエンがギョッとする。
「え?!どこ行くの?!」
思わずキサギの背中に向かって驚愕の声を上げた。
「?え?ランテルに戻ってクエスト完了の報告をしようかと。他に仕事があるなら、聞いてみようかと思いまして。ほら、問題はいつでも山積みだって、ギルド長が仰ってたでしょう?」
彼女は扉の取手を握ったままグエンへと振り返り、キョトンとした表情であっさりとそう答える。
その返答にクエンはあんぐりと口を開けたままだ。
「……えっと……いや、他にも話す事とかって……ないの?……かな?」
「話す事?ありませんよ?クエストの完了は、昨夜グエンさん達も見てましたよね?……他に何か必要な事、あります?」
「あ、いや、そうなんだけど!……そうじゃなくて、さ!その、昨夜の、急に雰囲気変わって!……その、黒い狼?みたいな魔獣?なのかな?精霊獣?とか……それの説明とか……」
なんとも、モゴモゴしどろもどろにグエンが聞き辛そうにチラチラ見ながら問いかける。
キサギは周囲に目を向けると、皆の視線がコクヨウへと一斉に向けられている。
『なんじゃい。ジロジロ見るでないわ。鬱陶しい』
視線に辟易しながら、ケッとコクヨウが吐き捨てる。
「やっぱり喋ってる!!すごーいっ!!皆にはわかんないかもしれないけど、このコ、すんごい高貴な上位精霊獣だよ!!」
流石、リアは召喚術師としてコクヨウの正体をしっかり理解しているようで、目をキラキラさせながらコクヨウへ熱い視線を送っている。
『ほほう、娘っこ。儂のこの高貴なる力が分かるとは、お主の目はなかなかよのぉ?ふぉふぉふぉ』
コクヨウは満更でもないようで、体をユッサユッサ揺らしながら好々爺な高笑いをあげている。
「彼はコクヨウと言います。ここに居るシュリ、ビャクラン、ソウエイ同様私にとってかけがえの無い大切な仲間で、大切な家族です。それ以上は勝手にご想像下さい。私からお伝えする事は、何もありません」
微笑みながらキサギはコクヨウの背を優しく撫でる。
彼女の優しい手つきにコクヨウはご満悦のようで、気持ち良さそうに目を細めていた。
プライベートの詮索は御法度という、この都合の良い冒険者のルールをキサギは大いに利用する。
「いや……けどさ……」
「やめなよぉ、グエン。ほんと気に入った子にはしつこいよね。だから嫌われるんだよぉ?」
尚も渋るグエンに、リアが呆れた声で爆弾を落とす。
「し、しつこ……?!き、嫌われるって何だよっ!」
「えぇ~?だってそうじゃん。てかさ、ずっと思ってたんだけど、過保護が行き過ぎなんだよ。そもそもキサギはS級なんだよ?ちゃんとS級ランカーとして彼女の事見てる?歳とか見た目だけで判断してない?グエンの態度見てたら、なんか失礼だなって思うんだよね。そりゃキサギは可愛いし心配したくなるのもわかるけど、しつこいっての。ほんっと距離感の掴み方、ヘッタクソだよねぇ」
「「うぐっ!」」
リアの言葉にぐうの音も出ないグエンの呻き声に重ねて、思い当たる節のあるテリーも同様の声を上げていた。
彼の隣ではカイルが生暖かい目で弟の悶絶姿を眺めている。
リアは尚も言い足りないのか更に追い討ちをかける。
「つかさ、旅団が討伐出来るだけの実力があるのは皆知ってるし、それでもアタシ達は見届ける為に森に行った。討伐の瞬間もこの目で見たし、キサギもさっきちゃんと報告したよね?さっきもキサギが言ってたじゃない!結果が全てだって!その通りでしょ?私達だっていつもやってる事じゃん!」
「ぐぬっ!」
「昨夜の事とかこの上位精霊獣の事とか、気になるのもわかるけど、それってグエンがただキサギのプライベートな話を根掘り葉掘り聞き出したいだけじゃない!でもさ、それってルール違反だし、そもそも誰が信用出来ない奴にペラペラ喋るの?キサギにだって選ぶ権利くらいあるよ。自分だって秘密あるくせに、人のプライベートばっかりズカズカ暴こうなんて、ほんっっっと都合良すぎ!」
容赦なくリアがグエンを切り捨てる。
流石のグエンは何も言い返せず声にもならない呻き声をあげ、終いには嫌われているというワードにショックを受けたのか、完全に撃沈してしまった。
ラミラはうんうんと大きく頷いているし、ハルトはあさっての方向を見て見ない振りをしており、ベリルは最早苦笑いだ。
リアはコクヨウへ視線を戻し、ニコリと微笑む。
「私は北の辺境出身でね。沢山の精霊達に囲まれて育ったんだ。だから、貴方がすごい上位精霊獣だってよくわかる。世間では貴方の事を、“精霊王“って呼んでるんだ!……そりゃあさ、昨夜の事も貴方の事も気にならないって言ったら嘘だけど……でも、何よりもさ、こんなスゴイ上位精霊獣がキサギと家族だなんて、素敵じゃん!」
その眩しいリアの笑顔に、キサギも自然と顔が緩み、神秘的な笑顔は何とも破壊力の凄まじい、歳相応の可愛いらしさを上乗せしてこぼれる。
その笑顔が直撃したリアは、暫く顔を真っ赤にして固まってしまい、周囲も漏れなく心臓を撃ち抜かれている。
「リアさん!ありがとうございます!そう言って頂いて、私、とっても嬉しい!!」
その破顔したキサギの顔に、リアはとうとうクタリと昇天してしまった。
「あれ?リアさん?リアさーーーん?!」
倒れる寸前に抱き締めたキサギが、ブンブンと彼女の体を揺らす。
その様子に、オリガやカイル、旅団の皆も自然と笑みを浮かべていた。
正直、アモンがこのリンデルに目をつけたのは、コクヨウの体をダンジョンの深奥で見つけ、時が来るまで食らうのを待っていたのがそもそもの原因であったのだが……彼らはそれを知る由もない。
だが、この世界では理由もなく各地に魔獣や魔人が現れ、ただ気まぐれにネームドが各地に突然現れては災厄を振り撒いているのだ。
最たる例が、あのベリアルだ。
故に彼らは、魔獣や魔人がそこかしこにいるのが当たり前で、そこに原因や理由があるなどというその思考に辿りつかない。
キサギは今回それを大いに利用する事にし、全てをまるっと無視して、クエストを無事完了させた事実をもって矛を収めさせる形をとった。
こうして、リンデルでの上位魔獣アモンの討伐クエストは無事完了を迎えた。
彼らは来た時と同じように騎乗魔獣に跨り、オリガや冒険者達、住民達に別れを告げると、リンデルを後にし一路ランテルへと戻って行った。
黒い上位精霊獣コクヨウは、その体を揺らしながら歩足を騎乗魔獣に合わせて走っている。
「何とも凄い嵐のような子だったなぁ、あの子」
「ホントにね。気になる事は色々あるけどさ、それでも旅団のお陰で街は元に戻ったね!」
「ダンジョンに着いた奴らから連絡あったけど、森も元通りだし彼女が言ってた通り小型魔獣も戻って来てるって聞いたぞ!ダンジョンも中型魔獣もいたから鍛錬するにも何の問題もないって!すごい結界だったんだなぁ……あれ」
「S級でも最強じゃねぇ?神楽旅団って!だってさ、知ってるか?結界使えるの世界で2人目だけど、あんなレベル聞いた事も見た事もねぇよ!瞬間移動使っても魔力は枯渇しないし、上位魔獣なんてあっちゅー間に倒しちまったんだぞ?!」
「見てた見てた!ヤバかったよねぇ!アレ!」
「「「「それよか、めっちゃ可愛いかったよな~~~!」」」」
見送る冒険者達の声があちこちから聞こえてくる。
オリガは走り去って行くキサギの背中を見つめていた。
彼女とて気になる事は山程あるが、結果的にリンデルは通常体制に戻ったのだ。
諦めたように溜息を一つ吐くと、騒ぐ冒険者達へと向き直った。
「さぁ!仕事よ!仕事!滞ってた採集作業、再開して頂戴!鍛錬組は気をつけてダンジョンに潜るのよ!」
その顔には笑顔が戻り、そう彼らへと大きく元気な声をあげた。
数時間後、無事ランテルに到着したキサギ達は騎乗魔獣を返却したその足でランテルのギルドへと戻ってきた。
扉をくぐり中へと入ると、冒険者達や受付スタッフらが一斉にキサギへと視線を集中させ、何やらザワザワとし始める。
登録の際立ち会ってくれた男性スタッフのエイダンは、カウンターの中から身を乗り出すように、キサギを食い入るように見つめている始末だ。
「ん???」
あまりにもジロジロ向けられる彼らの視線に、居心地が悪く何やらソワソワしてしまう。
暫くすると2階からマティアスが降りて来た。
「戻ったか。リンデルのオリガからも連絡を受けた。キサギをはじめ神楽旅団の皆、上位魔獣アモンの討伐クエストの完了、よくやってくれた。天狼諸君もカイルとテリーもフォローご苦労だった」
そういうと、周囲は更に騒めき出した。
「やっぱり」とか「マジかよ」とかそういった類のもののようだ。
「とにかく会議室へ来てくれ、話はそれからだ」
そしてキサギ達は騒めく周囲を置き去りにして、マティアスに連れられて2階へと階段を登って行った。




