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25.呼応





祭壇の上で横たわる黒い獣は、毛艶が悪く痩せており動く気配がない。



だが息はあるようで、弱々しいながらも腹部が小さくゆっくり上下しているのがわかる。



『……貴様……このダンジョンに何をした!!地下深くに居たはずの我は、何故こんな地上まで上がって来てしまっている?!我の獲物を……よくもこの我の邪魔をっ』



祭壇の前に立ちはだかる赤黒い巨大な四足魔獣は、喚き散らしながらキサギらを威嚇する。



地下深くで悠然と待ち構えていたはずが突然地上まで引きずり出され、挙句いきなりダンジョンが無くなり周辺も残骸だらけ。



当然何が起こったのかわからず困惑し、言葉が纏まらないものの、上位魔獣としての矜持からかそれを隠そうと必死な様子だ。



だが、キサギはそんな言葉も耳に入らないくらいに、コクヨウと呼ぶその横たわる黒い獣が気懸りで落ち着かない。



「やっぱりアイツの気配だったか。なんでまた……」



「恐らく、あちらで死んだとはいえ契約は継続されたまま。それ故、御前の転生と共にあの人もこちらへ引っ張られ、あの獣の中へと転生したのでしょうね」



「……見たところ魔力の器はなかなかの精霊獣だな。なるほど、だから気配がいつもと違って弱く解り辛かったのか。あ奴の神気が滞り、馴染むまで時間が掛かっている、といったところか」



シュリ、ビャクラン、ソウエイが彼の姿を視界に捉えながら解釈を展開していく。



神気、とはその名の通り神のみが持つ特別な力。



彼らは“式神“。



キサギと契約を結ぶ使役神である。



当然ながら神の名を称するだけあり、魔力以外にも神気も持つ存在だ。



「そうね。それに今日の通信障害……私とレイスリーネの時は、恐らく私の膨大な魔力が原因で、融合の際に強大な暴発が発生した。それで大規模な通信障害になったんでしょうね。コクヨウの場合は、神気と魔力が馴染むのが遅かったから、通信障害が緩やかに頻発したのかもしれないわ……暫く待てば月が1番高い位置につく。それさえ来れば魔力が高まり、融合を促進させるはず。その時に私が……」



『貴様ら!!この上位魔獣たるアモン様を無視するとは、良い度胸ではないか!!人間風情が!!』



「…………黙れ」



話の腰を折られたキサギが静かに、その苛立ちのままに言葉へ魔力を乗せる。



それは随分と手加減された、だが濃密で神々しい圧縮された魔力を。



そして喚き散らしていた赤黒い上位魔獣がズゴォォォン!と、けたたましい音とともに地面に叩きつけられる。



『ぐはぁぁぁっ!』



アモンが呻き声と共に、その口から大量の体液を吐き出し、倒れ込む。



上位魔獣だけあって、ダメージは大きかったものの、意識はあり死んではいない。



だが、人間風情と侮る目の前の存在から放たれる膨大で濃密な魔力と、何故か畏敬の念を持ちそうに陥るほどの存在感に、体を動かすことが出来ずアモンは困惑していた。



「ビャクラン、お願い!」



キサギの悲痛に掠れる声にビャクランは頷くと、すぐさま祭壇で眠るコクヨウのそばへと瞬間移動する。



「神域展開、神気回流」



横たわるコクヨウの周りに特殊な結界を展開させ、優しく彼の腹へ手を乗せると、体の奥深くで滞る神気を巡らせる為に、己の神気を押し流して行く。



「神気の巡りを促進させました。魔力と少しずつ溶け合い、融合しています。大丈夫、落ち着いていますよ」



彼女からの言葉に、ようやくキサギは心から安堵する。



そして、先程まで無視し続けていた目の前で蹲るアモンへと漸く向き直った。



「……満月で魔力が高まるのを、お前は待っていたのね。神気と魔力を宿した稀有なその身を喰らい、その力を得る為に」



平坦に紡がれる言葉には抑揚はなく、一見冷静に話しているように見える。



だが、その実、キサギの心の内は今にも渦巻いた魔力が暴走寸前で、それを理性で辛うじて抑えている。



『それは我が見つけた物だ!!このダンジョンの深奥から漂う僅かな匂いと、魔力と、神々しい力を嗅ぎつけ、それがこの祭壇で眠っていたのだ!!そのまま喰っても良かったが、より力を得るには魔力が高まる満月まで待ったほうが間違いないからな。それは我の物だ!このアモン様の物だ!!』



先程まで魔圧に押されて蹲っていたアモンが、負けじと反発してグラグラと不安定ながらも立ち上がる。



「五月蝿い。この者は、お前の物などではない」



キサギが右手を前にゆっくりと出す。



「おいで、八咫烏」



そう言葉に魔力を乗せ、己の体の内に眠る愛刀へと呼びかける。



右手の掌に漆黒の羽の渦が舞い踊り、暫くすると黒い刀身の長刀がしっかりと顕現すると、彼女は力強くグッと柄を握る。



しなやかな左手は柄の下部を軽く添えるように握られ、ゆっくり両腕を持ち上げ上段に構えると、己の魔力を八咫烏へと流し込む。



静かに。丁寧に。



彼女の両手が振り下ろそうと力が込められる。



その時。



「おい!!大丈夫か!!」



対峙するアモンの背後から、知った声と多数の気配を感じる。



グエンを先頭に、天狼メンバー、カイルとテリー、そして何人かの冒険者たちがゾロゾロとこちらへ向かって走っていた。



グリンッとアモンはその禍々しい顔を、勢いよく彼らへと向ける。



『愚か!やはり人間風情など、この程度のものだ!!』



先程まで体をフラフラさせていたはずのアモンは、ダンッと地面を蹴り、渾身の力を振り絞って彼らへと突進する。



『奴らを貴様の目の前で八つ裂きにして、我が猛毒の爪の餌食としてくれる!!絶望を味わうがいい!!』



巨大な赤黒い体躯を揺らしながら、アモンが鋭い爪を持つ右前脚をグウォンッと大きな風を巻き込んで豪快に音を立てながら、彼らへ向かって振りかぶる。



彼の爪には猛毒があり、それを受けた途端に体が腐り溶け出す程のものだ。



受けた側は確実に死に至る。



しかもその巨体だ。



彼の腕の一振りで持っていかれる冒険者はかなりの人数だろう。



アモンの目が煌々と見開かれ、その禍々しい瞳に彼らを捉えると、振り上げられた鋭い爪の前脚が、勢いよく風を巻き上げながら前へと振り下ろされる。



だが。



ブウォン!!



轟音と共に、アモンの前脚は彼らの体をすり抜け、勢いよく地面を叩きつけていた。



その勢いで地面は抉れたが、何故か抉れた土に人間達は足を取られるわけでもなく、ただ立っているではないか。



『な、なんだっ?!なんなのだ?!』



訳も分からず、ただ目の前の人間達へと、己の右前脚、左前脚を交互に振りたくる。



その度にブウォン、ブウォンと風を巻き上げ轟音を鳴り響かせるが、全てすり抜けてしまい、一撃も当たらない。



「ここは私が作りあげた異空間。私が許可したものだけが入る事を許され、出る事を許される特別なもの」



アモンの背後から、平坦な声音が響く。



なんの抑揚もないその声に、アモンの背には戦慄が走る。



己の赤黒い巨体をゆっくりと動かし、その背後の者へと振り返る。



キサギは先程の上段の構えのまま、魔力を集中させていた。



彼女から放たれるビリビリと肌を針で刺すような魔力に、アモンはビクンッとその巨体を揺らす。



そのあまりにも濃密で神々しい膨大な魔力は、アモンの知らないものだった。



聞いた事もない。会った事もない。



そんな魔力を持つ人間など。



魔力?これは果たして魔力なのか?



人間?彼女は本当に人間なのか?



魔力に似た何かではないのか?



人間の姿をした何かではないのか?



この魔力は本当に……彼女は本当に……



そんなゲシュタルト崩壊にも似た混乱が、アモンを襲う。



「故に、この領域から出ることを許されないお前は、ここでおしまい」



そう静かに言い切ると、流し続けたその魔力を八咫烏の刀身へと凝縮させる。



ググッと踏み出している右前足を地面に擦らせて鳴らす。



「深淵の闇よ。神が創りし御技をもって、磨り潰せ」



よく通る声音でキサギの口から吐き出されたその言葉と共に、八咫烏を勢いよく振り下ろすと、ビュンッと風を切る音と共に刀身から漆黒の闇がブワリと広がる。



それは途端にアモンを容赦なく覆い尽くす。



彼の巨体を呑み込んだ漆黒の闇は、突如大きな球体に形成される。



その球体がゆっくりゆっくり、宙へ浮かんでゆく。



中では押し込められたアモンが何やら喚き散らしながら、それを突き破ろうと暴れていた。



だが、破れる筈もない。



虚しくも中で暴れるアモンを呑み込んだまま、漆黒の闇の玉体はギュンッと勢いよく圧縮し、中の彼を音もなく押し潰す。



間もなく小さく圧縮された漆黒の球体は、彼の断末魔さえ響かせる事もなくパァンと弾け飛び、キラキラと細かい粒子を撒き散らしながら静かに宙から掻き消えた。



辺りに静けさが戻り、澱んだ空気が晴れるかのように、木々の上からはいつもより強い煌々とした月の光が差し込み辺りをぼんやりと照らす。



駆けつけたグエンを始めとした冒険者達は結局結界の外にいた為何事もなく、ただ呆然と先程消え去った漆黒の球体があった宙を見つめていた。



そして我に返り辺りを見渡すと、そこにあったはずのダンジョンが消え去り、地面は抉れ、木々は薙ぎ倒されており、ここで壮絶な戦いがあったのだろうと、勝手に思考する。



実際は壮絶さなど微塵もなかったのだが、彼らはそれを知る由もない。



ヒュンッと音を立て、キサギが八咫烏を右手で一払いする。



下ろしていた目線を前に上げ、離れて立つ彼らを見据えた。



皆、呆然と立ち尽くしているが、こちらをひどく心配そうに見ているのがよくわかる。



中でもラミラがリアに支えられながら、ようやくその場に立っているといった姿を見るからに、瞬間移動を使って彼らを近くまで運んだのだろう。



だが、今は彼らへ心を砕く程の余裕など、彼女にはない。



キサギは彼らへ背を向け、兎にも角にも祭壇へと駆け寄る。



「コクヨウ!!」



祭壇の上で横たわるコクヨウの大きな体に勢いよく抱きつき、彼女は苦悶に歪む顔をその横たわる胴体に埋める。



その姿は遠目からは泣いているようにも見え、グエンがキサギの元へと走り寄ろうとする。 



が。



瞬時に、目の前にシュリとソウエイが立ちはだかった。



その瞳に、若干の焦燥と苛立ちを灯して。



「邪魔をするな」



シュリから赤い魔力の大きな流れが方々に放たれる。



隣のソウエイからも、同様に蒼い魔力が放たれる。



彼らはキサギの結界が張られている外側にいる為、その魔力に当てられる事がないとはいえ、その異様な光景にゴクリと唾を呑み込む。



「……だがっ!!」



「御前も言ったはずだ。テメェらが来たところで、出来る事なんかなんもねぇ」



「っ!!」



その身も蓋もない言葉に、グエンは口を噤むしか出来なかった。



「……まぁ、そう言ってる俺にも、なんも出来る事なんてねぇがな」



吐き捨てるようにそう言い放つシュリが、纏う魔力を己にゆっくり戻し、祭壇へと静かに向き直る。



「それが出来るのは、御前だけだ」



シュリ同様に魔力を抑えながらそう呟くソウエイの言葉に、グエンはただ訳がわからず焦燥感に駆られながらも、離れた場所のキサギへと向き直った。



暫くすると、満月の位置が1番高い所へとやって来た。



静かな森の中で、キラキラとした空気に漂う魔力の塵が目視出来るほど、周辺の魔力が高まって来ている。



祭壇で横たわる黒い獣の体へ、周囲に漂う魔力が少しずつ吸収されていく。



その体全体にキラキラとした魔力の塵が纏わりつき、その姿は神々しくも見える。



その時。



横たわる彼の腹部に顔を埋めていたキサギが、ゆっくりその体を起こした。



そこから後ろに一歩、また一歩と静かに下がり、祭壇から距離をおくと、静かに両目を閉じる。



ゆっくりと八咫烏の刀身を上向きに直立させ、柄の中央を両手で持ち、両腕をしっかりと伸ばしながらほんの少し掲げると、己の魔力を愛刀全体へ馴染むように流す。



すると、漆黒の八咫烏全身にフワリと白い光が纏い始めた。



それは何とも幻想的なもので、離れた場所から見つめるグエン達は目の前の光景に目を奪われて口を半開きにしてしまう。



「上天よ、我の声に応えよ」



鈴を転がすようなキサギの美しい声音が、周辺に心地良くこだまする。



彼女の声に呼応するかのように、八咫烏から光が溢れ放たれる。



そして握られた柄を静かに降ろし、八咫烏の下部にある石突を地面へ向けて、トンッとひと突き軽く落とす。



「我が愛しき北天よ、我の声に応えよ」



祭壇とキサギを囲んで、大地に無数の光輝く魔法陣がひしめき合うように浮かび上がり、まるで水面の波紋のように光の漣が周囲へと溢れ流れて行く。



八咫烏の光と大地に広がる魔法陣からの光の両方を浴びて、キサギから魔力とは異なる荘厳な何かがキラキラと周囲に迸る。



周辺を、まるで神が降りる儀式をしているかの様な静謐さと荘厳さが包んでいた。



迸る輝きが渦となって纏まり、祭壇で眠る黒い獣へと勢いよく流れて行く。



フワァッと光が凝縮し、その体の中へと消え去ってゆく。



暫くすると、周辺は月夜の光でぼんやりと滲む程度の闇と静寂が舞い戻って来た。



祭壇で横たわる黒い狼のような獣はよく見ると燻んだ毛艶は今では輝くように戻っており、先程よりも体に筋肉がついて少し大きくなり、完全に生気を取り戻したかのように見える。



そしてピクッとその体を揺らし、ゆっくりとその瞼を開いてゆく。



彼は、目覚めた。

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