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2.歪な世界






自分以外誰もいない部屋で、彼女はベッドボードに置かれたクッションに痩せ衰えた体を委ね、無表情のままにただぼんやりと窓の外を眺める。



あれから数日が経ち、キサギは自分の置かれた状況に思いを巡らせた。



自分は死に、どうしてかはわからないがこの少女に転生した。



この体の持ち主の名はレイスリーネ。



ハロルド伯爵令嬢。15歳。



黄金色のサラサラした長い髪に、エメラルドに輝く切長の美しい瞳。白く艶やかな美しい肌、形の整った鼻やくちびる。



倒れるまでの彼女は、スラリとした体に誰もが羨む程の美貌を持つ、それはそれは美しい少女だった。

 


ではそんな彼女に何があったのか…



実は、レイスリーネはこの国の第3王子の婚約者である。



彼女より2つ歳上の王子とは、3年前に王家から望まれて結ばれたもの。



そして事件は王城で王子と散策中におきた。



老朽化した建物の石壁が突然崩落し、彼女はとっさに王子を庇いその石壁の残骸の下敷きになり、意識不明の重体となったのだ。



いや、正しくは亡くなった。



レイスリーネは亡くなり、何故かたまたまキサギの魂がその中に入ったのだ。



事故が起きてからゆうに3ヶ月重体状態だったその期間は、キサギの魂とレイスリーネの体の融合、そして前の世で傷ついたキサギの魂を癒す為のもの。



キサギの魂の傷が癒え目覚めたとはいえ、魂と体の融合がまだ完全ではなかった為、あの時は体を動かせなかったようだ。



レイスリーネの記憶がゆっくりと流れこみ、キサギの魂と溶け合って一つになった今、ようやく自分に起こっている状況を理解するに至った。



そして転生した場所はキサギの全く知らない名前の国だった。



以前いた世界には存在しない国。



イギリー王国と呼ばれ、王都はロンダリア。花の都と呼ばれている。



(これってどう考えても異世界というやつよね)



キサギの中にあらゆる国、事象、言葉などレイスリーネの持っていた全ての記憶が根付き、良い意味でも悪い意味でも、今まで自分が生きてきた立場とは全く違うものであることをまざまざと見せつけてくる。



ワクワクする未知は好きだ。



だが、知りたくも無い貴族社会の記憶など反吐が出る。



なんとも筆舌しがたい気分だが、悪い事ばかりではなかった。



レイスリーネは王子の婚約者なだけあり非常に優秀な少女だったようで、融合して得たその記憶と知識はこれからこの世界で生きていくキサギにとって大きな武器になり、安心感を与えるものとなった。



彼女は現在王都の伯爵邸ではなく、そこからはるか東に位置するハロルド伯爵の領地に移され療養中である。



家族構成は父、母、2歳上の兄。



ハロルド伯爵はこの地の領主であり、普段は王宮に勤める優秀な魔術師で魔力研究所に所属している研究者らしい。



母のほうは代々優秀な魔術師を輩出する侯爵家の出身で、現・魔法研究所所長の娘だ。



17歳の兄は現在、東の隣国フランソワにある魔法学園に留学中。容姿端麗・頭脳明晰な青年で、この国の資産家の子爵令嬢と5年前から婚約している。



(この世界にも魔法があった…)



自分がいた世界と同じく魔力の存在する世界である事、そして自分にもちゃんと魔力がある事に、キサギはとても安心した。



自分が死んだ事に関してはあの歪みの暴走を抑えるため、生命力を魔力として上乗せした時点で生きていられるはずがないと思っていたのですんなり受け入れている。



(けどまさか前の記憶を持ったまま、しかも死んだ少女の体を乗っ取っての転生とは思っていなかったな…)



目覚めて予想だにしなかった事が起こっていた事に、落ち着いた今ならパニックにならず、ただただため息を吐くだけで済む。



思い出されるのは目覚めてからすぐのあの重苦しい場面。



というのも、レイスリーネが目覚めるまで3ヶ月、そりゃあ両親も心配するわな…と思いきや、どっこい。



心配した理由は違ったのだ。



王族との婚約話がなくなる可能性を、あの両親はあの時心配したのである。



「いや、自分の娘を心配せんのかいっっっ」というのがキサギの正直な気持ちだった。 



だが、どうにもレイスリーネの記憶から家族との仲の良さが流れてこない。



父は王宮での仕事、母は社交、兄は幼い頃から留学中。



レイスリーネは一人だった。



生まれてから今まで乳母や侍女従者と過ごし、本当の家族と過ごす光景がないのだ。



あまりにも希薄な関係。



(貴族の家の子は皆こういうものなの?まるで家にとって利益になる為の駒としか思われてない)



心に鈍く流れこんでくる感情に、キサギは眉を顰めた。



更に不幸な事に、婚約者である王子との関係もまた冷めたものだった。



婚約者として王城で茶会をするものの、記憶から窺える2人の関係はなんとも悲しいものだった。



美しく可憐な少女が優しく一生懸命笑顔で王子に話かけるも、王子はその姿に目を向けることもなく生返事。



なにもレイスリーネは王子に愛だの恋だのといった感情は持っていなかった。



ー貴族とは政略結婚するものである。

ー王族との婚姻は家にとって名誉である。

ー貴族たるもの感情に左右される事なく己を律するものである。



……無機質な心にそう刷り込まれた思考を持ちながらも、良い関係を作ろうと彼女なりに努力していたのだ。



(レイスリーネは恋愛というものはわからなくとも、王子に寄り添おうと努力したのねぇ)



己の意思とは関係の無い婚姻。



しかも彼女はまだ15歳。



少しの笑顔も反応も返してくれない冷たい婚約者であっても、レイスリーネは一生懸命歩み寄っていた。

 


だがそんな努力の甲斐もなく、目覚めた今になっても、婚約者である第3王子の見舞いはない。



父親であるハロルド伯爵は、目覚めたものの今だ重体といえる娘を王都の伯爵邸からこの領地に療養という名目で早々に追いやった。



世間には、悲劇の愛娘を心配し王都の喧騒から離れた静かな空気の良い自領で療養させる為を装った、真実王家との縁を微妙にした役に立たない駒に苛立ち、遠ざけるかのように…



王都からはるか東に位置する領地までかなりの距離がある為、王子教育や政務のある婚約者は、見舞いの来訪となるとなかなか時間も取れないのだろう。



それでも一応婚約者であり命の恩人であれば、見舞いの手紙とか花くらい寄越しても良いのではなかろうか。



「目覚めた娘がこんな状態なのに早々に領地に引っ込めた父親、例え相手の事を何とも思ってないにしても命を救われた癖に何の見舞いもしてこない婚約者、何より……自分の息子を救われたにも関わらず何のアクションも起こさない王家。……全く、どいつもこいつもほんと胸糞悪いわ」



キサギはおよそ自分の常識とかけ離れた彼らに、そして彼女が身を置く独特の世界に、怒りと嫌気がさした。



「回復したところで、いいように利用されるのはお断りよ」



本当はもう既に動けるまで回復しているにも関わらず、今まで隠してこのまま動けないフリを続けていたキサギは、密かに企てていた事を決行することにした。


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