幕間.王太子の憂鬱
深夜0時にもう1話、誰かさんサイドのお話が上がります。
お楽しみ頂けましたら幸いです。
煌びやかな王城の一室。
そこは謁見の間ではなく、比較的私的なスペースで、国王、王妃が上座に座り、王太子や宰相など大臣たち数人が、王らの前に姿勢正しく立っている。
談笑する雰囲気といった良いものなどでは決してなく、王太子を始めとしたお歴々らは不穏な空気を漂わせ、それは目の前で青ざめる王妃へと向けられている。
先に口を開いたのは、イギリー王国第1王子にして王太子であるランバートだった。
「もはやこれまでです、王妃殿下。貴方とルシアンは北の離宮で永蟄居して頂く」
それは遠回しな幽閉の宣告だった。
その風体からは母を想う子などという甘さなど微塵もなく、伶俐で無慈悲なもの。
目の前の王妃は顔面蒼白なまま、体をガタガタと震わせている。
隣に座る国王は、威厳もなくただ眉尻を下げ王妃へ憐れみの目線を向ける。
「ランバート……何もそこまで……」
「そして、陛下、貴方もどうぞ離宮へ。大嫌いな政務から離れ、そちらで好きなだけ大好きな家族ごっこをお楽しみ下さい」
気の弱い声音で、息子である王太子を嗜めようとしたところを、ランバートは容赦なく言葉を被せ、切り捨てるように言い放つ。
国王までもが顔面蒼白となり、そして彼もまたガタガタと体を震わせ始めた。
「そもそも、ただ玉座に座るだけで、長年政務を放棄し大臣や官僚たちに全てを押し付けてきた貴方がたが、今更離宮に引きこもられたところで此方が困る事など、何一つありません。面倒事をこの際無くして差し上げましょう、と申しているだけです」
27歳の彼は幼い頃から聡明で洞察力に優れ、12歳を過ぎた頃からは政治能力のない王に代わって政治に携わっており、遺憾なくその力を発揮してきた。
宰相他お歴々の方々も、既に王太子を王と見做して彼に連なっている。
「王位を……明け渡せと言うのかっ」
国王が青ざめながら擦れた声を上げる。
「いえ、そこまでは別に。王位に拘られる貴方だ。どうぞ、その生を全うするまで王の地位をご満喫下さい」
ランバートはそれすらも冷たく切り捨てた。
「他国へは状況を見て病気療養と公表します。貴方がたは、離宮内であれば何をして頂いても構いません。ただし、外部との一切の関係を断たせて頂く。これ以上、貴方がたに下らない些事で掻き乱されるのは、真っ平ごめんなのですよ」
苦悶に顔を歪ませ、ランバートは怒りのあまりに抑えていた魔力が己から少し漏れ出てしまう。
蒼白な顔色の国王と王妃は、既に気絶寸前だった。
「リカルドがルシアンを連れ、まもなく帰城するでしょう。戒厳令の敷かれた地へ勝手に赴き、迷惑をかけただけに留まらず、民を危険に晒し、我々は冒険者達を…ギルドを敵に回すところだったのです。そうなれば国がどうなるか、貴方がたとてわからない程の愚者ではないでしょう?離宮で大人しくするだけで済むのです。安いものだ」
そう一気に吐き捨てたランバートは、軽く右手を上げる。
すぐさま、外で控えていた騎士達数名が入室し、上座に座る顔面蒼白の国王と王妃の両脇をそれぞれが抱えるようにして立たせた。
「な、何を!!」
「ランバートっ!其方、これはクーデターだぞ!」
2人が喚き散らす姿に、もはや彼は溜息しか出ない。
「クーデター?大いに結構。それで民を守り、国が存続出来るなら、いくらでもやってやりましょう。どうぞ、好きなだけ離宮で喚き散らして下さい……連れて行け」
彼がそう言い放つと、騎士らは項垂れる国王と王妃両名を連れて部屋を後にした。
それを横目で見届け、ランバートが重い溜息を一つ吐き出すと、目の前の先程まで王が座っていた席にドカリと腰を下ろす。
「お疲れ様でした」
側立っていた宰相が寄せていた眉間の皺を緩めて、その席に座る王太子を労った。
「……いや、長らく其方らにも面倒をかけたな」
力なく吐かれるその言葉に、眼前の大臣達は静かに頭を垂れた。
すると開かれた扉をコンコンと、誰かが呼びかけるような雰囲気で軽く叩いている。
部屋の皆が一斉にそちらを向くと、そこにはシンプルながらも煌びやかなドレスを纏った美しい女性が柔和な笑みを浮かべて立っていた。
「今、お邪魔かしら?」
疲れた表情で椅子に腰掛けるランバートを見やり、クスクスと可愛らしく笑う彼女に、彼も少しだけ眉尻を下げて笑みを浮かべる。
「いや……問題ない。ミネルヴァ」
大臣達は彼女の姿を捉えると、深々と頭を垂れる。
ミネルヴァと呼ばれたこの女性はランバートの妃で、彼女もまた聡明で非常に優秀な王太子妃だ。
彼女は北側の友好国ノエル王国の第1王女で、ランバートとは同い歳である。
お互い12歳で婚約が結ばれ、16歳で結婚。
18歳と21歳の時に王子が、2年前には王女が誕生している。
彼の良きパートナーとして隣に立ち、社交にのみ力を注ぐ王妃と違い、社交界でも外交でもその力を如何なく発揮する才女なのだ。
彼女は静々と彼の元へと歩み寄り、1枚の報告書を座っている彼へと差し出した。
「リカルド様から連絡が入ったわ。間もなく到着するそうよ……あと彼、なにやら面白い人に出会ったみたいよ?」
先程から可愛いらしくクスクスと笑う彼女から差し出された紙を受け取ると、彼はサッと素早く内容に目を通す。
「……ほぅ。天狼に続いて、今度は世界で3組目となる全員S級冒険者パーティとは……我が国の誉れじゃないか。それをあの大馬鹿者が面倒をかけおって……いずれ彼らを、王城へ招いて歓待せねばなるまい」
「……違うわよ。最後までよく見て」
「……ん?」
ミネルヴァが苦笑いしながら報告書の先を促す。
怪訝な面持ちで彼は報告書へと目線を戻し、最後の一文で固まる。
「……これは……」
「今日、王と王妃そしてルシアン様の蟄居を決定して遅かったのか早かったのかはわからないけれど、それでもこれからの行いで全ては変わるわ。今は“そちら“の事は静観しましょう」
報告書の内容に思わず片手で口元を抑えるランバートに、彼女は優しいながらも真剣な面持ちで話す。
彼もまたそんな彼女を見やると、静かに頷いた。
そしてもう一度、報告書に書かれた一文へと目を落とす。
『尚、キサギという名の少女がリーダーを務める神楽旅団への不用意な干渉は控えられたし。最悪、自国に大いなる損害を与える懸念材料にもなり得る。詳細は帰城後に』
ランバートは目を細め、片手で覆い隠された口元は真一文字に結ばれ、何やら深く思考を巡らせる。
「ランバート?」
彼の姿を訝しむミネルヴァが首を傾げながら声を掛ける。
側に控える宰相も眉間に皺を携えながら、静かに王太子を見つめる。
「……いや、不用意な干渉でなければ、或いは……」
片手で覆い隠していたその口元からは、何やら静かに呟かれていた。




