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21.混迷の一室





あちこちから向けられる冒険者達や、隠れて見ていたのか突然現れた住民達の歓声に、キサギは驚きながらも皆が無事だった事に安堵し、思わず自然と笑みが溢れた。



……どうやら遠くからでもその神秘的な微笑みは効力があるらしく、魅了された有象無象の心臓をしっかりと撃ち抜いていたようだった、と、後でビャクランがシュリ、ソウエイに話していた事は、彼女は知る由もない。



騒動がひとまず収まり、辺りは午後から夕方へと空の色を変えようとしている。



キサギはグエンらと合流し、労をねぎらい無事を称えあった後、街へと引き返した。



街と森を繋ぐ入り口のところで、オリガをはじめとした冒険者達やリンデルの住民たちの大勢が、温かい声援と拍手で彼らを出迎えてくれている。



「お疲れ様でした!思いもよらない量の魔獣から街を……冒険者を守って下さりありがとうございました!」



破顔したオリガがキサギへ走り寄り、彼女の手を両手で握り、ブンブンと勢いよく降っている。



周りからも「街を救ってくれてありがとう!」「すごかった!」「仲間を助けてくれてありがとう!」などの沢山の言葉が彼女に向けられた。



「これは皆さんが頑張った結果です。とにかく街が無事で良かったです。それで、撤退組の冒険者達は?」



「全員無事です。怪我人もいますが大きな怪我ではないので、現在治癒術師が治療に当たっています。ご安心を」



オリガからのその言葉に、キサギはホッと胸を撫で下ろす。



「彼らには疲れているところを申し訳ないのですが、少しだけ話は伺えそうですか?」



「え?…えぇ、大丈夫だと思いますよ?」



「ありがとうございます。情報を擦り合わせて夜の森の周辺探索に向かう準備をしたいので……」



「え?!また森へ向かうのですか?!この死闘の直後に?!」



先程の死闘を目の当たりにしたばかりのオリガは、彼女から出た言葉に驚きの声をあげた。



周りの冒険者達や住人たちも目を剥き、ザワザワと騒ぎはじめる。



「この襲撃の後だからこそ、夜の森の様子を見ておいた方が良い。奥にはまだネームドが、虎視眈々とこちらを窺って潜んでいるんです。ダンジョンから這い出てくる魔獣たちの動きから、何かわかる事もあるかもしれない」



しっかりと、そしてはっきりと言い切る彼女の美しい藍色の瞳が真っ直ぐオリガを射抜く。



意思の強いその瞳は一片の濁りもない。



ただ純粋にこの問題に真摯に向き合う彼女の姿に、誰もが「これがS級が持つ絶対的信頼と安心感か」と胸の内で思った。



ただ、見た目が少女なだけに大人達はつい心配が過ぎてしまうのだが。



「……わかりました。彼らへ話を通しておきます。ですが今はギルドへ。まずはゆっくり体を休めて下さい」



心配気な表情から、温かみのある優しい笑みへと変え、オリガは兎にも角にも彼女を労う。



「ありがとうございます。皆さんも、お疲れ様でした」



周囲の人々へ彼女はペコリとお辞儀をして挨拶をすると、その場を後にしギルドへと向かって歩き出した。



残ったオリガは冒険者達に指示を飛ばしており、彼らを防護壁からの警戒へと当たらせるようだ。



キサギ達はギルドへ戻る道すがら、住民たちからありとあらゆる果物や菓子、軽食や酒をお礼にと次々に渡されており、ギルドに到着する頃には、皆、両手いっぱいのプレゼントに埋もれ、ギルドスタッフが慌てて手伝いに駆け寄るほどの盛況だった。



戻った彼らは一旦先程の一室へと戻り、暫しの休憩を取ることにする。



そこにはいつの間に戻ったのか、ルシアン達が神妙な面持ちで何故か4人とも席にはつかず立ちつくしている。



まぁナギは従者なので座る事はないにしても、ルシアンが立っている為、グリードは気を遣って座れないという事実もあるのだが。



約1名は庇護欲をそそる仕草で、目を潤ませプルプルと震えながらルシアンの腕にしがみついている。



一行は王子らの様子がおかしいと思いつつも、正直彼らの事は従者任せているので、気に留める事なく各々席について体を休めていく。



「はぁ~!疲れたぁ~!さっき貰ったお菓子とか食べちゃっても良い~?」



「……お前こんな時によく食えるな……」



リアとハルトが軽口を叩き合っている。



仲間内で軽く談笑する彼らの姿は、先程の戦闘で疲労しつつも、とても和やかで良い雰囲気だ。



「ところで……お前さん、大丈夫なのか?」



心配そうな表情でカイルがキサギへと声をかける。



「?大丈夫…とは?体調でしたら何もありませんよ?」



キョトンとした面持ちであまりにもケロッと返答するものだから、心配したカイルを始めメンバーらはギョッとするも苦笑いしか出来ない。



瞬間移動を多用した挙句、魔獣達を蹂躙したばかりにも関わらず、彼女や旅団らは平然としているのだ。



体力オバケにも程がある、と誰もが内心で思うのも無理は無い。



「……まぁ、それならいいんだがな。夜の探索なんだが、周辺を見るだけなんだろ?なら、ゾロゾロ行くのも何だし前半後半の2チームに分けて見て回るのはどうだ?」



「さっき戻る道すがら話してたんだ。戦闘の後だし、明朝出発だから無理も良くないしね。で、せっかくなら色んな視点があったほうが良いだろうと思って各チームでシャッフルするのはどうかな?って思って」



カイル、グエンの2人が席につきながらそう提案してきた。



若干、キサギ以外の旅団メンバーは嫌そうな雰囲気を醸し出す。



数名それを横目でチラリと見て苦笑いしている。



「良いですね。人選はどうします?」



主が即座に了承したものだから、嫌そうながらも彼らは渋々受け入れたようだ。



何やらホッとしている人達が目に入り、キサギは頭の上に"?"を浮かべるが、そのまま話を進める。



「キサギはこの後、冒険者達に話を聞きに行くんだろ?なら後半組として。あとは正々堂々、くじ引きだな!」



カイルがガハハと豪快に笑いながら、正々堂々の意味はわからずなんともシンプルなチーム分けに、皆が若干拍子抜けしていた。



そんな中、この男が爆弾を落としてきた。



「私もそれに同行させて欲しい」



それを聞いた誰もが固まる。



言い放った本人を除いて。



それはそれは物凄く部屋の空気が張り詰め、一瞬ピキィンという耳鳴りのもと何やら冷気が流れるような、そんな微妙なものになる。



声の方へと皆がゆっくり顔を向ける。



そこには神妙な面持ちのまま至極真面目に、ルシアンが彼らを見つめていた。



横に立つナギは、なんとも申し訳なさそうな表情を浮かべてはいるが、従者として本来止めるべき暴走を止めようともしない。



グリードは驚愕で目を白黒させており、口元はハクハクして言葉も出ないようだ。



ルシアンの腕にしがみついたままのマリアは、思慕を込めた眼差しで彼を見つめている。



部屋の中の微妙な空気にすらルシアンは気にも留める事なく、ただ彼らからの返答を待ち静かにそこに佇んでいる。



キサギは目の前の無能で学習能力皆無な彼らに、流石にコメカミに青筋をピキリと一つ浮かばせる。



先程の死闘で疲労の色を見せる天狼やカイル達もまた、この先気を張りながら、この温室育ちの王子らのお守りをさせられ、今度は何をやらかされるのかと思うと、若干……いやかなりの苛立ちを覚える。



コメカミに浮かべた青筋をグリグリと指圧しながらキサギは一つ溜息を吐き、旅団メンバーはそもそも視界にも入れる価値のないものなので、反応すらしない。



ただこの場で、神楽旅団だけがスッと扉を一瞥し、すぐに逸らしていた。



そしてこの部屋に漂う微妙な空気を先にぶち破ったのは、思いもよらない人物だった。



「明朝、嫌でも死地に赴くのに、何とも特殊な性癖をお待ちなんですか?彼」



「ビャクラン、おやめなさい」



珍しく眉を顰めながら、盛大に地雷をわざわざ踏み抜く妖艶美女に、最早この状況を見ない、言わない、聞かないを貫きたいキサギは彼女を静かに窘める。



ビャクランの爆弾発言に、先程までピリピリしていたメンバーは思わず吹き出す者や、王族への不敬にヒヤヒヤする者もおり、部屋に張り詰めた空気が少しだけ緩む。



グリードが何やら噛みつこうと口を開きかけたところで、ルシアンは片手を上げて制する。



(ホント、無駄にカリスマ性だけはご立派)



彼の仕草に、キサギは辟易しながらまた小さく溜息吐く。



だがぶち破った空気を、更に木端微塵に吹き飛ばす者が現れる。



「ここに居る者達の疲労も考慮しての物言いなら、余程脳味噌に盛大な花を咲かせているのだろう。己の我を通すにしても、ここまで空気を読めないともなると、最早救いようもない阿呆を通り過ぎて、天晴れだな」



今度は、普段ほぼ長文を話す事のないソウエイまでも、ルシアンへ一瞥もする事なく、それはそれは盛大な4尺玉クラスの花火を打ち上げる。



キサギは「…あぁ、綺麗な花火が見えるなぁ…」などとどこかへ思考を飛ばし、遠い目になる。



さすがのルシアンもギュッと顔を歪めるが、それでもなんとか片手をギリッと握りしめて自制しているようだ。



彼らをここに残すというキサギの蒔いた種が、盛大にあさっての方向へ芽吹きすぎている事に、彼女はまさかここまで酷いとは想像もしていなかったのだ。



これは不慮の事故とも言えるが、それでも彼らに対する更生への慈悲が招いてしまった最悪の結果だ。



そして、旅団にはもう1人いる。



ハッとしたキサギが先制攻撃をシュリに仕掛けるため、彼を抑えようと勢いよく動いたものの、もう既に彼はルシアンの目の前に仁王立ちしている。



(……お、終わったぁぁぁぁぁ)



最早、彼女は涙目である。



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