11.騒動のあと
すみません。少し編集入れております。よろしくお願いします。
その魔人は掻き消える前に、ベリアルと名乗った。
魔獣や魔人は基本名前を持たないが、稀に名持ちの者が存在する。
ネームドと呼ばれ、この世界では最も警戒される上位存在だ。
冒険者における対処ランクで言えば最低でもA級数人、妥当でS級である。
それがいきなり現れ、そしてたった今、目の前で崩れて空気に溶けていった。
『また逢おうねぇ…』
そう彼女に言い残して。
闘技場中央で佇んでいたキサギは自身の愛刀"八咫烏"を軽く掲げて魔力を流し、己の体に戻るように促した。
顕現した時と同じように漆黒の羽の渦が舞い踊り、そして彼女の手からフワッと消え去る。
そしておもむろにパンッと柏手をひとつ打つと、周囲に張られていた結界が瞬時に消え去った。
先程まであった地面のクレーターは何事も無かったかのように綺麗な平坦なものへと変わり、それを見た天狼メンバーは信じられない現象に目を剥いている。
「これはやばいのでは……もしかしなくても、厄介なモノに目をつけられちゃったかもなぁ……」
思わず苦い顔になりそうポツリとこぼすと、いつの間にか側に戻ってきたシュリとソウエイが呆れたような顔で彼女を見てきた。
「のんびりスローライフはどうしたよ?御前」
シュリにそう言われて、思わずキサギは頭を抱えたくなった。
「むぅぅぅぅ……諦めないっ!まだ諦めないっ!」
現実を受け入れたくない彼女は、悲壮な顔をしながらブンブンと頭を横に振り現実逃避する。
その取り乱す様に、シュリは苦笑いをこぼしながら彼女の頭をポンポンと撫で、そしてすぐさまそれを絶対零度無表情のソウエイに払われていた。
「またやってる」と、ビャクランは彼らの様子を外から微笑ましく見守っている。
ネームドの魔人に目をつけられるという事は、死ぬまで永遠に付き纏われるだろう。
キサギにとっては面倒臭いこと、この上ない。
遠い目をしながら、彼女は自分の幸先の悪さに恨めしくなった。
悶絶する彼女らの元へ、外から一連の流れを見守っていたグエンが1番に走り寄ってきた。
「大丈夫かい?!」
心配をしてくれていたようで、軟派なグエンの顔の眉尻は下がり、その顔すらも色気がある。
「あぁ、全然問題ないですよ?まぁネームドと出会っちゃったのは、かなり想定外でしたけど……」
頬をポリポリとかきながら苦笑いをこぼすキサギの姿に、上位魔人と対峙したにも関わらず余裕の様子に感嘆と空恐ろしさを覚えつつも、彼は「無事で良かった」と盛大に安堵の息を吐く。
「とにかく一度上へ戻ろう。マティアスさんに会議室を借りたから、そこでゆっくり休みながら話をしよう」
「あら?ギルド長は?」
「彼は状況説明をしに先に上へ戻ったよ。終われば会議室に来るそうだ」
「わかりました。お手数をおかけします」
ペコリとお辞儀してお礼を言う彼女の姿は歳相応の可愛らしさがあり、グエンは心が暖まる気持ちになる。
先程までの威厳ある戦女神のような神々しさが夢だったのではないかと思わせる程の格差に、グエンは戸惑いつつも目の前の少女に自然と優しく微笑んだ。
こうして波乱の模擬戦は幕を閉じた。
*
闘技場を後にした彼らは、2階の会議室へと移動した。
階段を上がっていく途中で、1階がバタバタと騒がしいことに気づいたキサギはチラリと目線をやる。
そこでは、マティアスがスタッフに指示を出したり冒険者達に先程地下で起こった事の事情説明をしているようだった。
まさか自分が所属する冒険者組合にネームドの魔人が現れるなど、誰も思うまい。
王都から離れているとはいえ、ここは非常に大きな街。
ここに暮らす人々もおり、最悪破壊活動があれば経済は止まり、大勢の死人も出たかもしれないのだ。
今回は結界が張られた中でシュリとソウエイがベリアルを瞬殺し事なきを得たが、冒険者達はマティアスに状況説明を受けながら、今後の対策などの話をしているようだった。
そんな騒ぎを後にして、2階の会議室へと階段を登っていった。
階段すぐの会議室の中へ入ると、真ん中に大きなテーブルと革製の椅子が並んでおり、端にはソファーも置かれて寛げるようになっていた。
なかなかに広い部屋で、キサギ達と天狼メンバーが入ってもまだ余裕がある程だ。
テーブルには人数分のカップが置かれており、どうやらスタッフが紅茶を用意してくれていたようだ。
彼等は思い思いに席に着いていった。
「それにしてもさっきの魔人…ベリアルって言ったっけ?あれって倒したの?」
紅茶に砂糖を入れ混ぜながら、リアがおもむろに疑問を口にした。
彼女の様子から、ベリアルは天狼メンバーも遭遇した事のない上位魔人だったようだ。
「いえ、あれは影です。本体は別のどこかにいますよ」
対峙した本人であるキサギがそう答えると、リアは顔をくしゃりと顰め「えぇー」と嫌そうな声をあげる。
また出会うかもしれない存在に、さすがに辟易しているようだ。
「まさか、あんな事が起こるなんて思ってもなかったよ。あの手の快楽主義な魔人を街に放つ事なく済んで、本当に良かったな」
キサギの向かいに座って紅茶を嗜むグエンが、しみじみと話した。
周囲のメンバー達も、うんうんと頷いている。
ラミラは先程の闘技場での雰囲気から、なかなか気の強い女性のようだ。
ハルトは、他人に興味のなさそうな一見クールな男性。
魔法戦を提案してきたベリルは、眼鏡を掛けた堅物そうな男性。
リアは明朗快活な、人好きする女性だった。
年齢も皆20代前半から後半といったところだろう。
その若さで高位ランカーというのは並々ならぬ努力をしたのだろうな、と彼女はふと思う。
自分の事は大いに棚に上げて。
「魔人はそれ単体でも厄介な存在だが、ネームドともなれば先程のような影であっても強敵で、対処ランクはA級かS級でなければ無理だ。それを新人が瞬殺とは…恐れ入ったよ」
ベリルがしみじみと先程の事態を振り返り、素直にキサギ達を称賛した。
「ほーんとにね!それにしても元々処分予定だったとはいえ、あんなの納品しなくて良かったよぉ。いつ魔人が入ったんだろ……」
テイムした依頼品の魔獣にまさか魔人がいたとは思わず、リアはうへぇ~と唸り声をあげてテーブルに突っ伏した。
「捕縛中に目をつけられたのかもしれないですね。彼らは悪知恵が働き、狡猾でしょうし。何にしても、事なきを得てよかったです」
当たり障りのないキサギの返答に、グエンがあっ!っと何かに気づいて彼女の方を向く。
「ビャクランさんが教えてくれたんだけど、あの結界魔法、キサギちゃんが作ったんだって?しかも解除したら地面が元通りになったし!すごいなぁ……冒険者だと結界魔法を使えるのは世界で2人目の快挙だよ!」
「……え。そうなんですか?」
彼のその言葉に、キサギはこの世界に結界魔法が希少である事を初めて知り、内心「しまった!」と焦る。
レイスリーネの記憶からは結界魔法の知識があった為、問題ないだろうと思っていたのだ。
まさか自分以外に世界に1人だけとは思わなかったが、まぁやってしまったものは仕方ない。
しかも結界を張れるのは何も自分だけではない。
式神たちもキサギとは種類が違うが結界を張れる。
さすがにこれは面倒になると思い、彼女は胸の内にしまう事にした。
「俺達はまだ会った事ないんだけど、その人は遠方の他国のS級冒険者で世界でも少ない特級魔術師の人だよ。防御魔法を応用して、その人が作ったんだってさ」
魔法に詳しいベリルが説明してくれた。
「膨大な範囲を覆って、物理攻撃も魔法も一定時間通さないんですってよ。ただ上位の魔人や魔獣にはそこまで長くは保たないらしいんだけど、そんなの聖女様でもない限り出来ないものなのよ、普通は!」
更に詳しい知識を持つ上級魔術師であるラミラが、淡々と説明を付け加える。
因みに彼女の言う聖女とは、イギリーからは少し離れた神聖ローグ帝国という宗教国家の神殿に仕える特別な存在だと、レイスリーネの知識から情報は得ている。
一神教のその国は、なんでも国全体に神聖結界を展開しており、国内では余程のことがない限り魔獣や魔人が現れないという、本当か嘘かわからない噂がある。
そしてギルドがひとつしかない、世界でも珍しい国家だ。
「なのに貴女ってば異空間を作って結界にしてるですって?!しかも自分が許可したものだけ出入りが許されて、結界が消えれば崩れた場所も元通りってなんなの?!ベリアルの魔法だってこっちには当たらなかったし、結界も壊れる気配すらなかった!そんな絶対領域、聞いた事ないんだけど!?魔法論理を覆しまくってるわ!!」
興奮して癇癪を起こす彼女に対し、グエンやリアがまぁまぁと宥める。
どうやら誤解されがちだが、これは彼女なりの褒め言葉らしい。
相当わかりづらいが。
「君は本当に興味深いよ」
グエンはいつものキラキラを無駄に振り撒きながら、軟派な優男の雰囲気でキサギに熱い視線を送ってくる。
(15歳の娘っこに熱視線……気持ち悪っ)
キサギは表情を消し不快感を隠す事なく露わにし、更に3人は凄まじい殺気を遠慮なく向け、彼がたじろいだのは言うまでもない。
「ところで話がかわるけど、君達のパーティ名は決まってるのかい?」
気を取り直してにこやかにそう尋ねてくるグエンに、キサギは「はい」と頷いた。
「"神楽旅団"という名前で登録します」
「シンガクリョダン、か…。へぇ、いい名前じゃないか。意味とかあるの?」
「……はぁ……まぁ、特に」
彼の、この軽いのにぐいぐい来る感じに、どうにも好感が持てないキサギはあっさり素っ気なく答える。
彼女としては、彼ら式神と楽しく旅をする事からその名を考えたのだが、彼に意味を教えるのがどうにも憚られた。
「え。あれ?なんかさっきもそうだったけど、キサギちゃんは見た目と違ってあっさりしてるなぁ~」
眉尻を下げ苦笑いする目の前のキラキラを無駄に振り撒く男を、やはりキサギは生理的に受け付けず若干ゲンナリする
「キサギちゃんってさ、どこ出身なの?リムゼイ?」
突然彼がプライベートな話題に踏み込んできた。
冒険者の暗黙ルールで、プライベートの詮索は許されていない。
だが天狼のメンバーの様子をチラリと伺うも、どうやらこれは彼が女の子に声をかける時の常套句のようで、彼らのグエンを見る視線が「始まったよ…」というジト目になっている。
軟派を装えば欲しい情報を怪しまれる事なく手に入れられるこの狡猾な手法に、彼の賢さを褒めざるを得ないなと感心してしまう。
だがお構いなしに人の懐に入ってこようとする彼の態度に、ぼちぼち我慢してもらっている他の3人が暴走しそうな気配をキサギは感じ、頬をひくつかせた。
「……お答えする義務はないかと。ただ言えるのは私は孤児です。それで察して頂けますか?」
キサギは嫌味を込めてニコリと笑い、そう答えておく。
レイスリーネで言えばこのリムゼイが出身地ではあるが、キサギで言えば前世孤児だったので嘘はついていない。
グエンは目を丸くして、その後また眉尻を下げこちらに少し憐憫の目線を送ってくる。
キサギがその視線にゲンナリしそうになる。
いっその事、側に控える3人の暴走を許してしまおうかという悪い思考を過らせてしまう程に。
すると部屋の扉を叩く音がすると、扉が開き「待たせたな」と一声かけてマティアスが中へと入ってきた。
彼は中央の席へ着くと、キサギの方を見ておもむろに口を開いた。
「さっきはお疲れだったな。まさかの事態に驚いたが、今は無事何事も無かった事を素直に喜ぼう。で、君達の今後の事を話しておきたい」
キサギに向かってまっすぐそう口にした事で、会議室内に少しの緊張が走った。




