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8.圧倒

いつもお読みいただき、本当に本当に、有難うございます!






マティアスのテノールの声が響いたのは先程だ。



つい先程だった。



だが闘技場で繰り広げられるその様はまさに異様で、審判のマティアスと天狼メンバーの付与術師ベリルの額からは一筋の汗が流れる。

 


もはや声を上げる事も出来ず、息をするのも忘れそうなほど、その様を呆然と見つめる事しか出来なかった。



眼前には…



ビャクランの双刀が交差して挟むように、魔術師ラミラの首を捉えている。



シュリの大刀が暗殺剣士ハルトの眼前で止められている。



ソウエイの大鎌が召喚師リアの心臓手前に切先を突き立てている。



そして、キサギがいつの間にかグエンの背後から、長刀の切先を後頭部に突きつけている。



シィンと異様に静まりかえった闘技場で、誰もが固まったまま動けずにいた。



天狼が動く前に全てが終わっていた事に、彼らは状況を呑み込めず、まるで脳が考える事を放棄したかのような感覚に支配され、そのまま何も出来ないでいた。



キサギが静かに長刀を下ろすと、それに倣い他の3人も武器をそれぞれの人物から離し、待機姿勢に戻る。



グエンの背後に立っていたキサギは踵を返し、ここから少し離れて立っている審判のマティアスの元へと静かに歩み寄った。



だが彼の目の前に立っても、何も反応をする気配がない。



屍のようだ?…………いや、石化魔法でも掛けられて立ち尽くしているような様だった。



「……ギルド長?あのぉー、ギルド長ぉー!」



呆然と立ち尽くすマティアスの顔の前で、手をヒラヒラする。



ハッと現実に戻ってきた彼は驚愕の顔をキサギに向けた。



「お、お前達っ……何をした?!」



大声でそう叫ぶものだから、目の前にいたキサギは耳がつんざかれ、ウッと眉を顰めて肩をすくめる。



「何って言われても……私達、魔法も使ってないですし、ごく普通の縮地で急所をとっただけですよ?」



「魔法を使ってないだと?!しかも縮地?!……いや……あれはまるで……」



(…まるで時間を操作したかのような瞬間移動だったじゃないか!)

 


マティアスは言いたい事全てを言えず、口をハクハクするしか出来なかった。



キサギは内心何かやらかしたか?という考えをよぎらせるが、検討もつかない。



「使ってませんってば。魔力残滓を調べて貰えばわかりますよ?どうせ出てきませんから」



口を尖らせ少し拗ねたようにアッサリそう答えるキサギに、マティアスはもはや何も言えず、喉元からよくわからない唸り声をあげながら唖然とする。



マグレか?それともこれが彼女らの実力か?



今起こった事が信じられず何も言葉に出来ない彼は、先程からずっと声にならない小さな唸り声をあげるしか出来ないでいた。



さっき訪れたばかりの新人冒険者だったはずだ。



そんな彼女らが、この国の誇る英雄で、唯一であるS級冒険者パーティを、いとも簡単にねじ伏せたのだ。



「む……無効よ!無効だわ!!だって私達がこんな簡単にやられるはずが……!」



ラミラが取り乱し、そう叫ぶ。



「別に、もう一回やっても良いぞ?結果は何回やっても同じだがな」



すかさずシュリが非情に言葉を被せた。



圧倒的なその存在感とぐうの音も出ない正論に、彼女はグッと言葉を呑み込むしか出来なかった。

 


天狼メンバー全員がわかっていた。



彼の言う通り、何度やっても同じ。



その通りだろう、と。



今なら模擬戦前の彼女の言っていたことがわかる。



武器など必要ない、と。



そもそも勝てる想像が全くつかないのだ。



いくら新人相手とはいえ、未知の力量を持つ存在に、油断など決してしていない。



一戦しかしていないが、隙がないなどの話どころではない力量の差をまざまざと見せつけられた。



自分達では勝てない。



いや、そもそも勝つことなど烏滸がましい。



単純な力量だけではない、そう自分達に思わせる程の圧倒的な何かを彼女らから感じるのだった。



「聞いて……いいかい?」



事態が呑み込めない緊張で口の中がカラカラのグエンは、少し言葉に詰まりながらキサギに尋ねてきた。



「さっき、武器をどこからともなく出していたけど…アレは?」



彼のデフォルトであるキラキラの軟派然の雰囲気を完全に消し去っており、最早困惑の表情を隠す事もない。



「どうやって出したかという事でしたら、"ここ"からですよ」



と、キサギは自分の心臓あたりに手を添えて見せた。



「鞘は私自身。八咫烏とは一心同体なので」



「それは武器を召喚したってこと?」



朗らかにそう答える彼女の言うことが理解出来ないでいるグエンの横から、召喚師のリアが質問を投げかけてきた。



「んー……あなたは召喚術師でしたっけ?ソレとはちょっと違って……何というか、別に契約を交わしてるわけじゃなくて、八咫烏は私の半身で……あぁ難しいなぁ。言ってる事伝わってます?まぁ、呼び出したのは間違いないんだけど、何というか、鞘から刀を抜くのと同じだと思って貰えたらいいのかしら。実際、八咫烏にとったら、私はただの鞘に過ぎないし……」



目の前で美少女が身振り手振りで言葉を尽くすものの、うまく話せずアタフタと説明している。



その様に、先程とは違う年相応のあどけなさを醸し出す空気から、周囲はなんとも言えない相違に混乱し異様さすら覚える。



そんな空気などお構いなしに、側にいたシュリが彼女の頭をなんとも言えない顔でポンポンと宥めるように優しく撫で、それをソウエイが冷たい目つきで瞬時に払い除け、ビャクランが微笑ましく見つめ佇んでいる。



その姿は先程までの張り詰めた空気を一掃させ、場が一気に和んでいく。



だが皆の内心は、彼女の言葉に大いに混乱していた。



(体が鞘?武器を呼び出す?!そんな話聞いた事もないぞ!)



皆同じ思考を巡らせて、見た事も聞いた事もないあり得ない事象に困惑を隠せないでいた。



「魔法戦を見てみたいんだが」



そんな声がキサギらの背後から飛ぶ。



振り返り声の主を見やると、そこには先程まで審判をしていた付与術師ベリルが真剣な面持ちで立っていた。



「そこにいる召喚術師のリアに、テイムしていた処理予定の魔獣を召喚させるので、魔法で対処してもらいたい」



先程キサギが魔法を使っていないと言っていたのが気になり、武闘であれほどの力量ならば魔法はどうなのだろう?と、ベリルは純粋に気になっていたのだ。



チラリとリアへと目を向けると、彼女は肩をすくめ「はいはい」と仕方無さそうに返事する。



「建物内でのアイツの召喚は危険よ?どこか外の広い場所へ移動するとか…」



「あ、大丈夫。結界張りますから」



リアの言葉に被せられたキサギの言葉に、マティアスと天狼メンバーはまた驚かされる。



「結界魔法を使えるのか?!」

 


防御魔法は大抵の者が使えるが、結界魔法は防御魔法から派生した高難易度の魔法で、使える者は彼らが知る限り他国のS級でたった1人だけだ。



興奮気味にベリルがキサギへと詰め寄ろうとすると、すかさず目の前に伶俐な目付きのソウエイが殺気を放ちながら立ちはだかった。



「っ!」



「こちらが黙っておれば……いい加減、貴様らの御前に対する不敬は目に余る。御前の許しなく近づく事は許さん。御前の前でその汚れた息を吐くな。御前の目に、貴様のような下等な存在を映させるな。御前に対し、そのような不敬が許されると思……」



ーベシッ



思わぬ殺気に仰け反り息を呑むベリルに、ソウエイが捲し立てるように一気に訳のわからない自論を並べたてていた所を、途中ですかさずキサギが彼の後頭部にチョップを入れて止めた。



「…ソウエイぃ~?ちょっと黙ろうか?」



黒い陰を自分の顔半分に携え口元をひくつかせながらキサギがソウエイに迫ると、ソウエイは僅かに困惑しながらコクコクと小さく何度も首を縦に振った。



「…えっと、失礼しました。結界、張れますよ?他の人はどういう結界を張るのかは知らないですけど、私のはもしかしたらちょっと変わってるかもしれないです」



「変わっている?……というと?」



「うーん…口で説明しても理解してもらえるかな…。まず先に、魔法戦は全員で行いますか?それとも誰か代表でやります?」



「……パーティの代表者の魔法戦が見てみたい」



「?私…ですね。はい、構いませんけど…?」



何やら神妙な面持ちのベリルの言葉に、キサギは頭の上に?マークを乗せながら、彼の思惑を訝しむ。



周りを見渡しても、何故か皆彼女に注目しているようだ。



(?…え?なんで皆、そんなに私を見てんの??)



発端となる結界魔法の事を話した時から、周囲の空気が奇妙だ。



彼女は注目される理由が思いつかず、困惑が深まるばかりだった。



そもそも彼女はこの世界の知識をレイスリーネの記憶からしか得ていないため、冒険者がどれほどのポテンシャルを持っているのかまでは知らない。



自分や式神達の力量は測れるものの、自分達より上位の存在がいるかもしれないこの世界でどこまで通用するのかすらわからない。



故に本人は、力を小出しにしながら見せているつもりだった。



あくまでつもりだった。



だがその小出しですら、周りを凌駕しているとは思いつかないのではあるが。



結界魔法の事を聞いてから、ベリルは目の前の彼女に空恐ろしい感情を抱いていた。



(先程の見事な縮地……。普通はあの距離を、あんなスピードで繰り出せるものじゃない。うちで随一のスピードを誇るハルトにだって無理だ。模擬戦であれなんだ、魔法ともなれば何が見れるのか……)



ベリルはキサギを見つめながら、これから展開される魔法戦に期待を寄せるものの、それを早く見たいような見たくないような、自分でも測れない思いに緊張するばかりだった。



「とりあえず、ギルド長も皆もそれで良いですか?」



ベリルがやりとりを終え2人の方へと向きそう確認すると、マティアスと天狼メンバーは了承の首肯をする。



彼らも内心は様々だろうが、ほぼベリルと同じ思考のようであった。



「わかりました。では、始めましょうか」



闘技場の緊張感に似つかわしくない軽やかなキサギの声がこだました。



更なる混乱に頭を悩ませる事になるとは、この時誰も想像だにしなかった。


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