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第5話 ハッピーエンドなんて必要ない。


翔君の手術が始まって4時間ほど。赤い点灯が消え、ぼーっとしていた私の意識は覚醒する。


「どうでしたか!?」

「大丈夫ですよ、このままいけば順調に回復していくでしょう」

「よかった……」


手術は無事成功し、胸の重圧が無くなっていくのを感じる。

これで一つの大きな山場を越えることは出来た。

けど、

私に出来ることはもうないのかもしれない。翔君は私の気を遣っているようだったし、このまま傍に居ても邪魔になっちゃうのかな。

まだ謝り切れていないことも沢山ある、あの事故から守ってくれた恩返しも出来ていない。


「こんなんじゃだめだよね。もっとちゃんとしなきゃ」


頬を叩いて気合を入れる。

私は今でも翔君を好きだけど、記憶を失った翔君は私を好きだとは限らない。

最後はきっぱりと聞いて、そして諦めよう。それが翔君の意志を尊重する最善の行動なんだ。



◇◇◇



深い夢が浮上していき、意識が日差しによって照り付ける。

ゆっくりと目を覚ますと、僕の横には見慣れた顔の少女が寝ていた。


「……んぅ……?あっ……!」


体を起き上がらせることによって掛布団の摩れた音が結衣の目を覚ましてしまったらしい。

結衣は飛び上がるように起きて喜んだ。


「翔君……!」

「……成功したんだ、手術」

「うんっ!成功したんだよ!」


結衣は希望に満ちた明るい表情で僕の手を握った。

かなり深刻な状態だったはずなのに、まさか手術が無事成功するとは思わなかった。

これは果たして、運が良いのかどうなのか──。


「翔君。あ、あのね。聞いてほしい事があるの」


嬉々とした表情をしていた結衣だったが、暫くして落ち着くと真剣な表情をして顔を俯かせた。


「私今でも翔君のこと好きなの。でも、翔君はそうじゃないかもしれない。私に何か手伝えることがあれば何でも言ってほしいけど、もし私の好意が翔君にとって邪魔になるようだったらはっきりと言ってほしいの。沢山の恩を貰ったのに私、こんな気持ちの押し付けで翔君の弊害にはなりたくないから、だから……」


拳を握って笑顔を作り、辛そうな表情で顔を上げる。


「だから、その。翔君は私が居ない方が、……いい?」


本意じゃないのが丸分かりなツギハギな質問。

確かに記憶の無い僕は結衣のことを好きだった僕じゃない。

そんな僕に間接的とはいえ、記憶を失わせた張本人が毎日のように付き添ってくるのだ。

それはもう、居ない方がいいと思ってしまうのも無理はない。


「……夢を見たんだ」

「え?」

「あれは文化祭だったかな、クラスの出し物で結衣と一緒に協力して飾り付けや朗読の練習を一緒にやっていたんだ。……そこにいる僕はとても楽しそうで、きっと誰よりもいい笑顔をしていたと思う」


手術中に見たうろ覚えな夢の内容を話すと、結衣は食いつくように真剣に聞き入った。

今の僕がお世辞を言ったところで、ごまかしたところで結衣はそれを望んではいない。

どんな結果でも、あくまで僕の答えを聞こうとしているんだろう。

だから僕はありのままの想いを、言葉に乗せて言った。


「まだ記憶は戻らないし、断片的なことだけしか分からない。いくら思い出そうとしても思い出せないし、逆に言えばいつ思い出すのかも分からない」

「……」


僕はそこでベッドの左手側にいる結衣とは反対の右手側に置いてある見覚えのない紙袋に気づき、ふとその袋の中身を察してしまった。

こんなところに置いて。あのロマンチストお姉さん、本当にロマンチストな人だ。


「もし記憶を取り戻したとしても、今まで通りにはいかない。それに記憶の無い今の僕こそ本当の自分自身だって思えるわけだしね」

「……うん」


僕の話に段々と暗い表情になっていく結衣。

それでも僕は思っている本心を、ぶつけた。


「だから結衣。僕は君との記憶を取り戻さない限り、君を好きだった頃の僕はもういない。君の好きだった平野翔はもういないんだ」

「……うん」


悲しそうな表情をする結衣は、それでもと首を振って決意を固める。

最初から僕の回答を肯定する覚悟を決めていたのだろう。僕の言葉にただただ頷き、何も言わずに全てを受け止めている。


「──だけど、だからこそ。これは今の僕の素直な気持ちなんだ。記憶を失う前の、君を好きだった頃の僕じゃない。今の僕の気持ちだ」


ベッドの横に置いてあった袋には僕の希望(オーダー)した通りの品が入っており、僕はその品を取って結衣に渡した。


「これは……」


バスケット型をした瓶の中にライトとビー玉が数個入っており、照らすと一気に虹色の光が放射する。

決して眩しいわけでも無く、眺めていても目が疲れない。十色に包まれた優しい光が辺りを包む。

アイデアを出したのは僕だけど、ロマンチストおねえさんが一晩かけて作ってくれた功績が大きい。本当に綺麗な色を放ち、アイデアを出した僕ですら美しいと感じる()()()()だった。

母親が最後に残してくれた結晶を僕の精一杯の努力と組み合わせ、そして僕自身が一番あげたかった人にプレゼントする。


そして──流れるようにこう告げた。


「──好きだ、結衣。」

「……え?」


困惑する結衣に、僕は変わらず言葉を続けた。


「たとえ記憶を失ったとしても僕はまた君を、結衣を好きになってしまった。二度も好きになるなんて僕にとってよほど運命の人らしい。……だけど、これだけは言える。今の僕の気持ちは記憶を失う前に結衣のことが好きだったからじゃない。今、こうして結衣と接している時間が何よりも幸福を感じているから、今の僕自身が心の底から結衣に好意を抱いているから出た言葉なんだ」

「翔、くん……!?」


結衣はあまりの事に話について行けないようだった。

別れ話と思っていたら告白なんて、普通の恋愛では起きないような事態だ。きっとあのロマンチストお姉さんも食いつくような展開に違いない。

それでもこれは変わらない、僕の本心だ。今まで感じた事を、例え付き合っていた。なんて前提が無くともこの気持ちは変わらなかった。その言葉をただ伝えたいんだ。


「何よりも、結衣が贖罪ではなく本心から僕の為に色々としてくれたこと。僕の気持ちを汲んで余計な事を言わずマイペースに喋ってくれたこと。それが本当に嬉しかった。本当は陰で沢山苦しんでいたのも知ってる、それでもこんな僕に尽くしてくれたことがきっと今の僕に繋がっているんだと思う」


纏まらない表情で、気づかず大量の涙を零す結衣。


「こんな場所で告白なんてカッコ悪いかもしれない。でも今、この気持ちを伝えなきゃならなかったんだ。だから、改めて言わせてもらうね」


僕は今度は泣かない、あの時散々泣いたから。

締めるところはちゃんと言いきって行こう。

これはハッピーエンドなんかじゃない、現実と向き合った僕なりの答え(トゥルーエンド)だ。


「好きだ、結衣。まだ記憶も戻らないこんな僕だけど、どうかこれからも一緒に歩んでほしい。一緒に色んな景色を見て楽しんでほしい。 僕と、付き合ってくれるかな」



◇◇◇



この真っすぐで真剣に向き合う顔が、誰よりも好き。

いつもその言葉に驚かされて、私の想像を越えていくその笑顔が好き。

自分よりも他人の為に行動する思いやりを持った行動力が好き。


最初に告白された時は凄い恥ずかしそうにしてて、結局「好きです」の一言をいうだけで何分もかかっていたのに。いつの間にこんなに成長しちゃったんだろ。

それとも、本気で私の言葉に答えようとしたからなのかな。

こんなカッコいいこと言われたら、返す言葉なんて決まってるじゃん。


止まらない涙を拭く手をやめて、ほんの少しの笑みを溢れさせる。

霞む視界の中ではっきりと私の目を見ている翔君に、私も向かい合う。

そして私は、今まで言ってきたどの言葉よりも大きな思いを乗せながら。心を込めてこう返事をした──。



「……はい、喜んで──!」


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