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第3話 本当に好きなら前に進まなければならない。

同い年で中の良いクラスメイト、翔君は私の初恋の相手だった。

そして彼とは両想いでもあった。

告白されたとき、きっとあの時私の心臓は今にも飛び出そうだったに違いない。

きっとこれから甘酸っぱい青春を迎えるのだろう。手を繋いでデートをしたり、クラスの友達に自慢しちゃったり。

そんな楽しい日々がきっとこれから待っているのだと。その時まで私は、恋の死神に狙われているとも気づかずに。


──浮かれていた。恋は盲目なんて比じゃなかった。

頭から血を流す彼を見て、私は自分が如何にとんでもないことをしてしまったのか気づいた。


私のせいだ。私が飛び出さなければ、私があの時気づいていれば。


「なんで、なんでッ……!」


自責の念に駆られ声が枯れるまで自分の行動を咎め続ける。あれからほとんど眠れていない。


私は彼の事情を知っている。小さい頃からご両親を亡くして辛い人生を歩んできたこと、それを乗り越えて一人で頑張ってきたこと、彼の目が今にも死を懇願しそうなほど濁っていたこと。

クラスでもみんなに優しく接する彼の後ろ姿はとても大きくて、それでいて孤独感を感じるものだった。



去年の夏、学校の近くにあった小さな工場で大規模な火災が起きた。

真夜中で偶然コンビニに行っていた私は目の前で燃え盛る火に初めて恐怖を抱いた。

避難勧告が起き皆が火災場所から逃げていく。私もコンビニ袋を片手にさっそうと自宅へと帰ろうとしていた。

そんな私の真横を反対方向に走っていく同い年くらいの青年、向かう先は火災が発生した場所。

真夜中でよく見えなかった青年の後姿を火の明かりが眩く照らしていく。


「翔くん!?」


その青年は私と同じ学年、同じクラスでよく一緒に話をする子だった。

まさかこんな時間帯に外に出ているなんて思いもしない。

しかし私の声は彼の耳には届かず、そのまま火災が発生した場所へと駆け足で向かっていった。

気になり私も彼を追いかける。


戻ると辺りは悲惨な事になっていた。発生源の工場だけではなくその近辺まで火が燃え移り、逃げそびれた人が大勢いたのだ。

そして彼はその現場に到着するなり迷わず火の中へと飛び込み、一人二人と救助していく。

大事な友達でも助けたのかなと思った矢先、彼は火の中から戻ってきたかと思えばまたすぐに飛び込んでいった。

消防車が来るまで待てばいいのに、彼は危険を顧みず何度も何度も燃え盛る火の中へと入って行く。

ようやく消防車が到着し、無事全員救助できたかと思えば次はバケツ一杯に水を持ってきて火の中へと放り込む。

群がり始めた周りの人はそれを見てひそひそと呆れた声を漏らす。消防車の放水の方が遥かに水力を上回っているのは明白、彼の行動は危険な上に焼け石に水のようなものだ。

だというのに彼は一歩も足を止めず延々と水を汲んではかけ続ける。しまいには消防隊員も彼の行動を止めることは無くなり、時間が経てば先程まで野次馬のように見ていた住人達も消火活動へと参加している。

まさに人を自然と団結させるという才能が彼にはあったのだと思う。

心配して彼の背中に声を掛けると


「一人暮らしの僕に門限はないから」


そういって朝まで消火活動に勤しんでいた彼の姿は正直最高にかっこよかった。

思えばこの辺りから私は彼を意識し始めたのだと思う。


学校では毎日話すのが楽しみになっていたし、告白されたときなんかはもう嬉しさと幸せでいっぱいだった。デートの場所なんかも事前リサーチするくらいに惚けていた。

そう、私は惚けすぎてしまっていたんだ。

いつもならほんの少しでも注意を向けるはずの狭い道路に、よりにもよってこんな日に車が通るなんて。

──よほど運が悪かったのだろう。


よそ見をしながら歩く私の背中を思いっきり突き飛ばした彼。転ぶように飛ばされた私にふと映った彼の瞳は濁り切っていた、死を覚悟した表情だった。

そして次の瞬間、右耳に響く大音量の警笛音に私は全身から血の気が引いた。

もう、戻る事は出来ないのだろうと。


病院に搬送され、暫く待ってから命に別状はないと言われた時はほっとした。

少なくとも私が謝る機会は作れるのだと、彼に頭を下げて詫びることができるのだとほっとした。


──記憶喪失なんて言われた時にはもう何も考えられなかった。

そしておまけでもつけるかのように後日大腸癌とも診断され、私の心は砕け散った。


彼の数倍溢れ出す涙を拭いもせずに拳をベッドを思いっきり叩きつける。


「なんで、なんでッ……!」


なんであの時私は車に気づかなかったのか、なんであの時助かったのが私だったのか。

なんで、なんであの時……っ。


そうやって自分を責めて本筋から責任逃れしようとする自分に更に嫌悪する。

彼にお淑やかでクールな人だと褒められていたあの頃の自分の面影はどこにもない。

苛立ちは増すばかり、僅かに残っていた冷静さも失い獣のように泣きじゃくる。

彼は記憶喪失になったばかりでなく、大腸癌とまで診断されてしまったんだ。

きっと私のせいで悪化したんだ、私のせいで彼はこんな辛い思いをしているんだ。

私なんて、私なんて……


「私なんて死んじゃえばいいんだッ!!」


なりふり構わず振りかぶった左手が学校の鞄を叩き落とす。

散乱する教材、彼にプレゼントしようとしていたおススメの小説。その何もかもが散らばっていく。


「こんなもの……!」


空っぽになった鞄を投げつけようと手を振りかざした時だった。

一冊のノートが鞄のボタンで留められた部分から落ちてきた。

それは彼の、平野翔の書いた小説だった。

そういえばあの日の帰り、二人で小説を見せ合って意見交換しようってお互いの小説を交換していたんだっけ。


彼の物が目に入ったことで冷静さを取り戻した私は、流れるように彼の小説へと手を伸ばす。

どこか、今見るべき様な気がして──。


ページを開くと見開き半分にも満たないほどに少ない文章で書かれてある、僅か2分弱で読み終えてしまうほどの短い内容だった。

それに曲がりなりにも上手いとは言えない、日記とポエムの様な自己主張強めの文章。


しかし、その内容は未来を築いていた。


『過去を振り返らず、明日を生きる。たゆまない歩みが一歩を踏みしめ、付けられた足跡こそが過去の記録となる。一歩は歩幅じゃない、踏みしめる強さだ。どれだけ進んだかではなくどれだけ強い意志で歩んできたかだ。』


彼の一文にはそう書いてあった。

そして急いで消したのだろうか、次のページに薄っすらと残った言葉でこう綴ってあった。


『冬は幻想の季節。それが一番実感できる、行動した分だけ僕の足跡が付くのだから。雪が柔らかければ尚良しだ。

そして全ての雪が溶け、足跡が消え、幻想が無くなり。迎えた春がようやくのスタート地点なのだろう。

現実に足跡はない、振り返る事は出来ない。踏みしめた強さは自分だけが分かっている事だ。

だから僕はこの春、七海さんに告白する。

今の僕は、きっと良い一歩を踏み出しているだろうから。』


それは当時の彼が目指し、そして確かに成しえたもので。今の私に足りないものだった。


「翔君、翔君……っ!!」


乾いた涙腺から熱い雫が溢れ出していく。

それは彼が事故に遭ってから今に至るまで流していた自責する偽物の涙ではない、ようやく流すことが出来た本物の涙だった。


そうだよ、私が嘆いてどうする。後悔と謝罪は自分の責を埋めたいだけの自己満足にすぎないじゃない。

今の私が本当にするべきことは翔君を少しでも励ますこと、記憶を取り戻させるよう尽力すること、付きっ切りで看病すること。それらが全て終わった後に初めて、心から彼の気が済むまで謝ることなんだ。

翔君が好きだから泣いて悔やむんじゃない、翔君が好きだから全力で助けるんだ。


ベッドから立ち上がりペンとノートを取り出す。

まずは翔君と出会った時から告白してくれたあの日までを洗いざらい書き出す、そして少しでも記憶を思い出せるように明日はこのノートを見せながら話してみよう。前にリンゴが好きだって言ってたからリンゴを活かした料理を作ってみよう。

やれることはいっぱい残ってたんだ、まだ私の気持ちも伝えきれてない。こんなところで立ち止まっていられないじゃない。


吹っ切れたように立ち直った私はその日からやっと食事が喉を通るようになり、今まで傍にいることすら躊躇っていた翔君との面会も毎日行うようになった。

私はまたしても翔君に助けられてしまったのだ。そしてこの恩は必ず返さなければならない。


「待っててね、必ず救ってみせるから」


心に問いかけ、力強い一歩を踏み出し翔君のいる病室の扉を開けた。


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