フレッフレッ小宮!第八話
それから約二時間後。
昼食を間に挟み、合流したナオに連れてかれた場所は、あたしと小宮じゃ滅多にくることのないところだった。
色んな音程の電子音、始終響くボタンを叩く音、とにかく雑音がすさまじいそこはいわゆるゲームセンターってやつで。
「ここの四階にさ。ダーツがあんの」
階段の手摺に手をかけて、肩越しに振り返ったナオがニヤッと笑いながら言った。
「えっ!? こんなところに!?」
小宮はびっくりした様子でナオの後を追いかけた。あたしもびっくり。
今まで何度もゲーセンに行ったことあったのに、ダーツ置いてる場所があるなんて知らなかった。てゆーかこのゲーセン、今まで行った中で一番おっきい。
四階建てで、普通の筐体やプリクラ、クレーンゲームが一階にあって、バスケゲームとか、スポーツ系が二階。その上にはカラオケやらなんやらがあって、地下にはボーリング場があるってどんだけ取り揃えてんの!
「半分はソフトダーツだけどさ。クラブにあるヤツとほぼ一緒のハードタイプもあって、そっちはあんま人気ないから独占しててもそれほど恨まれねーし、料金もやっすい年会費だけだから穴場だぜ?」
四階に上がると、照明が薄暗くなり、ビリヤード台とか置かれたフロアの奥に、確かにあった! ダーツボード!
壁に四つ並んでる。クラブにあったやつと、ほぼ大きさは同じだ!
「教えてもらって助かります! ちょうど練習場所に困ってて……ナオさん、本当に、どうもすみません!」
ピシッと九十度に腰を曲げ、頭を下げる小宮に、ナオは軽い調子で手を振る。
「いーのいーの。言いだしっぺの俺も責任重大だし。あ、俺の名前に『さん』はいらないから。俺も小宮って呼んでいい?」
「もちろんです! ナオさ……えー……と、ナオ……くん」
あはは。なんかデジャビュ。屋上でのアレを思い出すね!
あの時のあたしと同じように、ナオは「うーん」て顔したけど、それが小宮だ、ってすぐ分かったようだ。
「じゃ、早速やろっか」
ダーツ矢を指に挟み、人懐っこい笑みを浮かべて言った。
* * * *
それから既に三時間。
さっきトイレの窓から見たお外は赤い色を含み始めていた。
おやつの時間はとっくに過ぎている。
あたしは空になった自販のフライドポテトの箱を閉じ、ふうっと息を吐き出した。
……はぁ〜。
飽きた。ごめん小宮。どーしよーもなく飽きてきた。
手持ちぶさたのあたしは近くの休憩席に座り、携帯を取り出し、面白いコンテンツないかなーなんてポチポチ。
いや、ちゃんと小宮も見てるよ?
真剣な表情で繰り返し繰り返し矢を投げて、ナオに指導してもらう小宮の額には汗の玉が浮かんでる。
眼鏡だと曇るからって、コンタクトにした小宮の横顔は凄く精悍で、とってもセクシー。
でもその瞳があたしに向けられることは滅多にないわけで……。
……美味しいスイーツの店。行きたかったなぁ……。
うっっ。思わず本音が。
しっかりしろあたし! 小宮とイツキが友達になるの、応援するんでしょ!?
だったら小宮が頑張ってるのに、イジイジしてんのおかしいじゃん!
フレー・フレー・小宮!
頑張れ・頑張れ・小宮!
わぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!
…………ウソ。すみません。強がってもやっぱり淋しいもんは淋しいです。
あたしも暇潰しにダーツやってみよっかな……。
それは結構いいカンジの思いつきで。
立ち上がり、小宮の隣のダーツボードに定まらない足取りで近付いていく。
と、小宮の顔が振り返ってあたしを見た。
「ごめん比奈さん。退屈だよね? もしアレだったら……」
「先に帰ってもいい、はナシだからね?」
ジロリと睨み返す。あ、ちょっと露骨に不機嫌が滲み出ちゃった。
だってこういう場面でそんなコト言うの、邪魔者扱いじゃんまるっきり。
いたわってくれればそれでいいの。余計なことは言わなくていいの。
「そ、そうだよね……ごめん。じゃあ、もう少し待っててくれる?」
「うん。小宮が納得するまでやってていいから。あたし、最後まで付き合うよ。ちゃんと応援してるもん!」
ぐっと拳を握ってみせたのは、自分への気合の入れ直しも兼ねて。
おっし! ついでに気のつくところも見せちゃおう!
「ね? ノド乾いてない? ジュース買ってこよっか?」
一転して明るい笑顔で訊くと、ナオが嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ちょうど何か飲みたかったんだ。さんきゅー比奈! 俺、コーラね!」
「じゃあ僕はウーロン茶で」
「りょーかい! そこの自販機で買ってくるね!」
何かの役に立てることが嬉しくて、小走りで反対の壁際にある自販機に向かった。
一緒にいてハグしてもらうコトだけが大事じゃない。あたしはそれを学んだはずなんだから、しっかりしなきゃ!
自販機に小銭を入れ、ジュースを取り出して振り返る。
と、ナオが随分おかしそうに笑ってる姿が遠く目に入る。小宮の肩に腕を回し、もう片方の手で額を小突いたりして、なんかやけに盛りあがってる。なんだろ?
あのニヤニヤ顔はロクなこと話してなさげなんだけど。
なんとなく足音を忍ばせながら二人に近付くと。
「……ってあげるわけ。さりげなくな。そうすりゃ……って喜ぶんだよ。わかる?」
「う……うん」
「でもって、もうひとつの悩みの方は……ん〜……手っ取り早いのは……」
「え!? それだけでいいの!?」
「ああ、簡単だろ? でも意外と効くんだよ」
「そうなんだ……」
「小宮も男ならガッコの勉強ばっかしてねーで、もっとソッチの勉強もしねーと」
「う……。僕はそういうのてんでダメで……」
「なんなら俺が色々教えてやろーか?」
「えっ!? ホントに!? 是非よろしくお願いします先生……って、うわっ! ひな、比奈さん!」
え? なに? なに? こっちが驚いたよ!
突然、肩を跳ね上げた小宮がピシッと姿勢を正す。
「コーラとウーロン茶買ってきたけど……どうしたの?」
聞かれちゃマズイ話でもしてたんだろうか。きょとんとしながら缶を差し出すと、
「いや、なんでもないよ! ありがとっ!」 なんてわざとらしい笑顔を繕ってあたしから缶を受け取る小宮。ナオも若干気まずそうな顔で「すわんきゅー!」なんて言いながら手をグーパーさせる。なんの合図それ?
「男同士の秘密の話なら聞かないよ。そんなにヤボじゃないもん」
唇をとんがらせて、自分用のアップルジュースのプルトップを開ける。なんか、分かってても隠されると拗ねたくなる微妙な乙女心。
どうせエッチな話でもナオがしてたんだろうな、小宮に。
「うんうん、比奈は物分りいーところが長所だよな。比奈を狙ってた奴って多いんだぜ? アンタは幸せモノだよ小宮クン」
「あは……うん。自分でもそう思う」
「言ってろ言ってろバカップル!」
「なにげに上げといて下げたよね? 褒めるんならちゃんと最後まで褒めてよね!」
「俺が言ってもしゃーねーだろ。そういうのはこいつの仕事!」
乾いた喉を潤しながら、あたし達三人は他愛ないお喋りで気分を和ませた。
特に神経を張り詰めっぱなしだった小宮は、愛想笑いにも力がなくて、いかにも疲れてますってカンジ。
額の汗をハンカチで拭いてあげたいけど、ナオがいるからなー。なんか恥ずかしい。
静かに呼吸を整えてる横顔をじっと見てたら目が合って、
「疲れた?」
と訊くと、
「ううん。まだ頑張れるよ」
とにっこりと返す小宮。
う……。そっか。まだ頑張れるのか……。
それで一瞬げんなりしちゃうあたしってば、やっぱりダメなヤツだよね?
はふう。ため息。