びっくり桃の木!第六話
しゅわしゅわと泡ぶく金色の液体。
それがいきなり目の前に現れて、あたしとイツキの目は同時にぱちくりした。
「イツキくん、ジンジャエール好きなんでしょ? どうぞ」
真上から落ちる微かな照明を受けて、キラキラと光るコップを差し出してきたのは、いつのまにやってきたのか、小宮だった。
「……いらねーよ。っつか俺の情報、勝手に引き出すのやめろよな」
「だってナオさんがいくらでも聞いてくれって」
「ナオ! いい加減にしねーと後でヤキ入れっぞてめぇ!」
「わりー、わりー。なんか真剣で面白くってさ、小宮くん」
小宮の後ろからやってくるナオは、頭に手をのせながらへこついて言う。でも目と口元が笑ってる。
イツキの顔はいつもほど不機嫌そうじゃなく、さっきの余韻を残してた。
そこであたしもすかさずイツキの背中を叩いて参入!
「そうそう! こんなに熱烈に想われて、幸せモノだよ、イツキ! カノジョのあたしが妬けちゃうくらい!」
言うと、イツキの顔が意地悪く歪みながらあたしを見た。
「…………そういうことか比奈。いきなりあのメガネを連れてきたのは……」
「そそ。さっさと仲良くなってくれないと、あたしと小宮のラブが落ち着かないじゃん」
「お・ま・え・な」
「まぁまぁ、イツキ。ダーツやりに行くんだろ? ホレ、やろうぜ」
右に小宮、左にナオ、背後をあたしに囲まれて、逃げ場をなくしたイツキは渋々と足を動かし始める。もともと目指してた場所に向かって。
店の奥の壁には、ダーツボードがかけられているのだ。イツキはこれが得意中の得意で、よくナオと競って遊んでいる。イツキが店の奥に向かうといえば、決まってダーツなのだ。
タンッ
ボードが震えて木が壁にかち合う高い音が鳴る。
ダーツ矢はボードの中心円――BULLっていうらしい――をやや上に逸れた位置に刺さって止まった。
「さっすが! 20てぇ〜ん! 惜しかったな」
ナオの拍手につられてあたしも拍手する。
実はルールあんまり分かってない。とりあえず中心に当たるのは点数高いってコトくらい。
「チッ。やっぱ真ん中からいくか」
イツキは真剣な顔つきになって、もう一本、ダーツ矢を投げ放つ。
タンッ
今度は中心円の中に入った! 凄い!
「うわっ。上手だね、イツキくん!」
「まぁな」
小宮の賞賛を素直に受けるイツキ。ダーツやってる最中は結構機嫌が良くなるのだ。
矢を右手の指三本で軽く支え、スマートに投げ放つ。タンッ。中心円の外周に当たった。中心円は二重の円になっていて、外側の円も結構点数高いのだ。
「すごいすご〜い! イツキ天才! ギャンブラーとかなれるんじゃない?」
「なんだそりゃ。なんでギャンブラーなんだよ」
いやなんとなく。ダーツって西部劇に出てくるギャンブラーとかが使うイメージない?
「僕もやってみていい?」
と、小宮が目を輝かせながらイツキの手の中の矢を覗き込んだ。
「いいぜ。やってみろよ」
イツキからダーツ矢を受け取り、しげしげと眺める。小宮って、ダーツ見たことないんだ?
「うわ、先っぽ当たったら痛そうだね。へぇ〜、結構重いんだ」
「いいからさっさと投げろよ」
「あ、うん、ごめん。やってみるね。えっと……いきますっ」
緊張した面持ちで矢を構え、エイッて感じに放り投げる小宮。
矢は高い放物線を描いて、ダーツボードのはるか下の壁に当たって弾かれた。
「ぜんっぜん外れてんじゃねーかよ!」
「あはは。難しいね、これ。やり方教えてよ、イツキくん」
「やだね。自分で考えな」
「ぶっ。ガキじゃねーんだから。その反応はナイだろイツキ〜! おまっ、カッコわるっ!」とナオ。
「こいつと仲良くするくらいならカッコ悪い方がましだ」
「言われちゃってるよ〜小宮くん。どうする?」
「慣れてるから気にしません。僕は友達にしてもらえるまで気長に待つつもりですから」
「すっげぇ直球〜〜っ! お〜もしれぇっ、小宮くん!」
ナオは小宮とイツキの平行線な絡み合いが麻美並みに可笑しいらしい。
「キモイっつってんだろ!」
「いいじゃんいいじゃん! お友達になっちまえよお前!」
心底嫌そうなイツキの肩を何度も叩きながらげらげら笑う。
ナオに控えめな態度をとれったって無理っていうものなのだ。それがナオなんだもんね。
「ホント、面白いね、小宮が絡むと。いつもは澄ましてるイツキがあーんなに焦った顔して」
いきなり横から声がしたから誰かと思ったら、意地悪な笑みを浮かべた麻美だった。
あたしはダーツを投げる位置からやや後ろにある高い丸テーブルに肘をついて三人を見てたのだ。
「麻美。それってS的発言……」
「Sだから」
そ、そうですね。なんか納得。
「だぁ〜〜っ! なにがおもしれーんだよ!」
と、ブチ切れ寸前のイツキのがなり声がかなり大きく響き、あたしと麻美は揃ってそっちに注目した。
「だって分かりやすすぎてさ。お前の態度。いいじゃん、ダーツくらい教えてやれよ」
「もう一回投げてくれるだけでもいいから。参考にしたいんだ」
「じゃあよく見てろ! うらっ!」
ヤケ気味に腕をスローイングするイツキ。超早業。
だけどしっかり矢はボードに当たってる。すごっ!
「ほんっきでコドモだなお前〜っ!」
ナオは更に可笑しそうにお腹を抱え、小宮は呆然とした顔でボードに刺さった矢を眺めた。
確かに大人げない。あたしと麻美も思わず「ぶっ」って声に出して笑っちゃった。
「あの……もう一回……ってのは、やっぱダメかな?」
「ダメだ。これで的はずしたら、お前、退場な」
「退場?」
「こっから出てけ。二度と来るんじゃねー」
『ええっ!?』
小宮とあたしとナオと麻美の驚きの声が同時にあがる。
「それは……ちょっと横暴だと思うんだけど」
さすがの小宮もこれには反論。
あたしもビシッと言ってやる。
「そーだよイツキ! ここはイツキだけの場所じゃないじゃん! 小宮が来るのは自由でしょ?」
「んじゃ俺が帰るのも自由だよな?」
本気の目で睨み返される。アイタタ、そこまでお怒りですか。
と、
「はーいはい、そこまで」
ナオの気の抜けたような声がイヤなムードに突入する寸前で、空気を変えてくれた。
「アツくなんなよ。お前をからかって遊んでるわけじゃねーんだって。ムキになるから笑われんだろ? この優等生クンがイヤなら、もっとクールに追い払えばいいじゃん」
うわ。本人目の前にして『追い払えばいいじゃん』とかさらりと言うか。
「あん? クールってどんなだよ」
「例えば……こういうのはどうよ? 一週間、この優等生クンに時間をあげて、ダーツ勝負。一週間後にまたここでダーツの腕を競いあって、イツキが勝ったら今後二度と話しかけてこないこと、とか」
「ええっ!? 一週間でですか!?」
「めちゃくちゃ条件厳しいじゃん! せめて一ヶ月とかにしてよ、ナオ!」
「だって一ヶ月も経ったらオレもイツキもそんな約束忘れちゃいそーだからさ」
う。それは確かに。
「その代わり、イツキが負けたら、小宮くんは俺たちの仲間。イツキはもう小宮くんを邪険にしない、ってことでどう?」
どう、って、どう考えても小宮に不利なんだけどソレ。
そのことがイツキの機嫌をよくしたのか、イツキは口の端を吊り上げて小宮を振り返った。
「ふーん……よさげだな。いいぜ。ダーツ勝負、やろーぜ小宮」
「えっ……」
当然、小宮は困惑した顔で手元のダーツ矢とイツキの顔を交互に見る。
「せ、せめてさ、ダーツ以外の、もっとこう、イツキと小宮の腕が互角なので勝負しない?」
あたしは即座に助け舟を出した。けど。
「……いや。いいよ。ダーツでやろう」
小宮ってば、あたしのせっかくの意見をしりぞけて、首を縦に振っちゃったのだ!
「ムチャだよ小宮! 一週間でイツキに勝つなんて!」
「やってみなきゃ分からないよ。それに僕が勝てば、イツキくんは僕を仲間だと認めてくれるんだよね?」
「ああ、お前が勝ったらな」
「じゃあ試してみる価値はあるね。一週間特訓して、必ず勝ってみせるよ」
イツキの見下した視線に負けじと、力強い瞳で見返す小宮。
そ、そんな余裕たっぷりな態度。
カッコイイけど小宮、負けたらもうイツキに話しかけちゃダメなんだよ? そこんところ分かってる?
ああでも。小宮ってば、ホント、たまにすっごく輝いて見える時がある。気弱そうないつもの顔から、突然こういう真っ直ぐな眼差しになる時とか。惚れ直しちゃいそうだよ! ってそんな場合じゃないしーっ!
「面白いことになってきたね〜」
「麻美〜! 面白がってないで、小宮を止めて〜!」
「いいじゃん。負けたら負けたで、小宮もスッパリ諦めがつくだろーし。なにもアンタと小宮の仲が引き裂かれるわけじゃないんだからさ」
「それはそうだけど……」
「頑張れ小宮ー! イツキを倒せ!」
麻美の声援に応えて軽く手を振る小宮。なんてのん気なお顔。
と。
「頑張ってね!」
「応援してるぞー!」
「優等生の意地を見せてやれー!」
ぎょっ!
いつのまにかギャラリーが増えてる!
背後を振り返ってみれば、あたし達の仲間を始めとし、他のグループの人達までもがどやどやっと人だかりを作って沸き立っていた。
その声援にも照れ笑いで応える小宮。
あーあ、もう。しょうがないなー。
じゃああたしも応援するしかないじゃん。
仕方なく両手を広げるあたし。
でもね。
数ヶ月前とは見違えるほどに頼もしくなった純情少年を、少し誇らしく思ったのは、悔しいから小宮にはナイショのハナシ。
なのだ。