いじいじいじの第五話デス
「すっごーい! 全国模試でそこまでいったの!? アタマ良すぎー!」
「比奈に勉強教えてあげてよ。数学とかひっどいんだよ、あのコ」
「あ、なんか飲む? ソフトドリンク、いっぱいあるよここ」
「次の曲、一緒に踊らね?」
「あ、じゃあ、コーラをもらっていいですか? 僕、踊りは初めてなんですけど、大丈夫ですか? 勉強しか取り得がないなんて、でもつまんないですよね。色々教えてもらえると嬉しいです」
小宮をみんなのところに連れていって紹介すると、あっとゆーまに囲まれて、質問攻めにあう小宮。
でも次々と話しかけてくるあたしの友達に、全部早業で答えてるから凄い。
うちのキャバクラで鍛えられたからかな? 大人数を相手にしても、小宮ってばスキがなくてカッコイイ♪
ちょっと淋しいけどね……。
「なに置いてけぼりくらった子猫みたいな顔してんの。もっと広い心を持ちなよ」
隅っこの席で小宮を遠目に見つつちびちびカルピスを飲んでたら、一曲踊り終えた麻美が隣にやってきた。
一度みんなに紹介したことのある麻美には、特に人だかりはできてない。気の合う数人と一緒に、さくっと踊りに行ってしまったのだ。
この飄々としたところがあたしと違ってやっぱりオトナ。羨ましい〜。
「だってさ。以前なら女の子に囲まれたら、『助けて比奈さぁ〜ん』とか言ってたのにさ」
両手の指先をツンツンあわせてもろイジイジなあたし。
ううっ。カッコ悪い。さっきの余裕なんてどこへやら。
「親離れ、いいことじゃん。ガチガチ症も完全に治ってくれないとアンタが困るっしょ?」
「最近は、むしろあたしと一緒にいる時の方がガチガチ症出てるんだけど」
「そんだけアンタが特別ってこと。あんなに愛されてんだから、もっと余裕持ちなって」
ぐはっ。言われてしまったYO!
「……あたし、段々欲張りになってきてるよね? もっと傍にいて欲しい、自分だけを見て欲しい、って。みっともないコトばっか考えてる」
あたしは重いため息をつきながら頭をカクンと下げた。
それは最近、ずっと心のどこかを占めてた。
言葉にするとますます生々しさを増して、あたしを激しく落ち込ませる。
直視したくない心の魔物。いわゆる『独占欲』ってやつは、かなり厄介だ。
「ん? ん〜……確かにみっともなく見えるかもしんないけど……」
「あう〜〜っ! こんなんじゃいつか小宮に嫌われちゃうよぉぉぉ!」
自己嫌悪でいっぱいになってきて、あたしはたまらず頭を抱えた。
だけど上から降ってくる麻美の声は思いのほか優しくて。
「ま、それが恋ってヤツだよ。アンタが今、本物の恋してるって証拠だから、あたしはわりと嬉しいけどね」
「え?」
意外な言葉に、ぱっと麻美の方を振り向いた。
麻美は少し照れくさそうに、視線を遠くに投げながら、
「ずっと傍にいたいって思えるヒト、できて良かったじゃん」
ごく普通の調子を装いながら言った。胸にじんわりと暖かいものが広がってくる。
「麻美……ずっと心配してくれてたんだ?」
「ん……まぁね」
やばい! 沁みた! たまらずガバッと麻美に抱きついた。
「あさみぃぃっ! 大好きだよぉぉぉっ!!」
「ひっつくな! 暑苦しいっ!」
「だってぇ〜〜。あーもう、麻美になら抱かれてもいいっ!」
「アホかっ!」
手の平で力一杯押し返されても、嬉しくて嬉しくて、あたしの勢いは止まらなかった。
やっぱり麻美は一番の親友だ!
「レズビアンショーやんならステージでやれよ」
「イツキ! えへへ。羨ましい?」
麻美と同じく、ダンスフロアから一息つきに戻ってきたイツキに、麻美の胸元から目線だけあげて言う。
「羨ましいわけないだ」
「イツキくん!」
多分、憎まれ口叩く気満々だったイツキに、すぐさまお呼びがかかる。イツキは口を閉じ、思いっきり苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
「チッ。おちおち休憩もしてらんねー」
いったん椅子に下ろした腰をあげ、店の奥に向かって歩きだす。
声の主のカノジョとしては、そこまで反発されるのは淋しいものがあるんだけど。
「イツキ! もうちょっとまともに相手してあげてよ。あんなに一生懸命なんだからさ!」
あたしはイツキを追いかけ、その手を取ってひとこと文句を言ってやった。
もちろん、イツキと小宮の架け橋になれたらいいな、って気持ちがあったから、自然と体が動いたんだけど。その実、またもや小宮があたしより優先してイツキに声かけたことが面白くなくて、当たりたい気持ちもあったってのは否定できない。
言い方がキツめになっちゃったのがいい証拠だ。
「るせー! アイツ連れてくんなら、もうお前も呼ばねーぞ! せっかく誘ってやったのに。ホントなら仲間じゃないヤツなんか……」
売り言葉に買い言葉。意地っ張り男子代表のイツキなんだから、この反応は予想してしかるべきだった。
あたしは当然、そんな言葉にひるまない。
だけど言った当のイツキは、「しまった」という顔で、凍りついたように動きを止めた。
あ。やっちゃった。
今の、イツキを傷つけた。
一瞬にして襲ってくる後悔。どう取り返そう。
めまぐるしく思考が回って、あたしも混乱してくる。
イツキはきっと、イツキの手を一度払いのけたあたしを、完全には許しきれてなくて。
だけど許したかったんだ。どこか自分が変われることへの期待があった。異分子になったあたしを受け入れることに、その期待をこめた。
だから今の言葉、あたしを否定する言葉は、言っちゃいけなかったんだ。イツキにとって。
結局自分は変わってないって、軋む音が聴こえた。イツキの心が軋みをあげる音が。
あたしは何か言わなくちゃいけない。イツキの心を救う何かを。
でも、わざとらしいごまかしすら頭に浮かんでこなくて。ごまかされてくれるかどうかもわからなくて。
どうしよう。
どうしよう。
「ジンジャエール」
その時、あたしとイツキの間に何かが差し込まれた。