どたばたチョン☆の第十四話♪
「やっぱ、てめーは信用ならねー! イイコちゃんのツラ被りやがって!」
「なっ……! 先に精神攻撃してきたのはそっちじゃないか! 僕はやり返しただけで」
「あんなん、大した攻撃じゃねーだろ! てめーがチェリーなのは誰が見たって分かるしよ!」
「そっ、そういう問題じゃないだろ!? 人前で使う言葉じゃないしっ」
「言葉が丁寧ならいいってもんじゃねーだろっ。どんだけ腹黒いんだっつー話だよ!」
「腹黒い!? 僕が腹黒いって言うんなら、イツキくんの方がよっぽど」
「るせー! 色々アドバイスしてやったのに、脅しをかけるたーいい根性してんじゃねーか! 比奈にばらすぞっ!」
「どっちが脅してるんだよっ!? 前々から思ってたんだけどね、イツキくんってかなり自分勝手で強引だよね!?」
「ああん? 女が怖いってヤツよりマシだろ!」
「ちょいちょい、お前ら、勝負の方はどーすん……」
「いま取り込み中だ!」
「こんなのは正当じゃない!」
迫力の二人に同時に怒鳴られ、びくっと尻込みするナオ。
もはや収拾のつかないほどけんけんごうごうに盛り上がってる二人。
周囲の視線がしら〜っとしたものに変わってきた。緊迫感のあるゲームがただの子供の口喧嘩に成り下がったのだ。仕方ない。
けどあたしの耳は二人の会話を洩らすまいと、いつになく真剣にアンテナを張ってたり。
ほーほー。うんうん。なるほどね。
「小宮。イツキ」
スッと群集の中から静かに歩み出て、互いの襟首を掴みあう二人に近付いていく。
「あたしにばれたらまずい話かぁ〜。ふんふん。なんだろなぁ〜?」
びくっ
と、間延びした口調のあたしに二人が振り返る。
「えっ、あ、その、た、大した話じゃ」
「そ、そうそう。言葉のあやってヤツだよ。気にすんな」
そっか〜分かった☆ って、そんな怪しすぎるごまかし笑いで引き下がるほどあたしもバカじゃない。
「気ぃ〜になぁ〜るなぁ〜〜?」
「そっ、そろそろダーツの続きやろうよ、イツキくん!」
「おうっ! ちゃっちゃと終わらせるか!」
「へぇ〜……。随分と仲良くなったみたいで。もう勝負は必要なさそーだね?」
「いや、やっぱケジメはつけておかないとさ!」
「ああ、次は小宮の番だろ? ほら、比奈は下がってろって」
「…………小宮」
小宮の前まで歩み寄り、その手の中のダーツ矢を取り上げた。
壁に向かい、間髪おかずに全力でシュート!
ダンッ!
ダーツボードが震え、しぃ〜んとした空気に微かな振動音を響かせた。
みるみる色を失っていく小宮の顔ににっこりと笑いかける。
「聞かせてもらえるよね?」
「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ! 明日話させていただきますっ! あ、こないだのお店でケーキでも食べながら」
「あたしがいつまでも食べ物に釣られると思ってんの?」
怒りで爆発しそうだった。
バカにしてらっしゃるのかしらね? おほほほほ。
「バカ、今は逆効果だ!」
「……どうも最近、小宮がやたらモノくれるようになったと思ったら……ふーん。イツキが小宮に吹き込んでたわけだ」
ぎくっ、と身を引くイツキをひんやりと睨み付けると、
「さ、先に言ったのはナオだかんな! 俺はコイツの相談に乗っただけで……」
「おいっ! 俺が全部悪者か!? 俺は最初、小宮が比奈を喜ばせたい、っつーから、『甘い言葉でも吐いてキスしときゃオッケー』って教えただけだぜ!?」とナオ。
「モノやりゃ、って言ったのもお前だろ!」
「そんな言い方してねーよ俺は! 『女のご機嫌取るんならちょこっとしたお菓子が効果的』っつったんだよ! エサやっときゃいーんだよ、つったのはお前だろ!」
「バッ……! まんま言うなって!」
「ああ……もうダメだ……。ごめん比奈さん。練習に黙って付き合ってくれる比奈さんをどう喜ばせてあげれるかな、って相談したのが最初だったんだけど……」
「他にも色々と教わったわけね?」
「はい…………。女の子がすねた時の対処法とかご機嫌とりとか色々と……」
「それで女にはエサあげてりゃ満足するとかなんとか言われて、実践してたわけだ」
「……面目もございません……」
とうとう観念した小宮が背中を丸め、告白する内容を聞いた限りじゃ、それほど目くじらをたてることもない気がする。
だけどエサをあげてりゃいいって言われて、その通りにするなんて素直さ、いくら純朴っつっても必要ない。
しかもそれで目論見どおりご機嫌になってた自分の単純さにもムカついちゃって。
「簡単には許さないよ?」
手がわきわきとうごめいちゃう。
「そうそう。女にはエサをやってりゃいいなんて、あたしも聞き捨てならないね」
と、あたしの後ろからすり抜けて前に出た麻美が、固まるイツキとナオの退路を塞いだ。
いや、麻美だけじゃない。さっきまで観客として見てるだけだった女の子達が、二人を囲む形でずらりと並んでる。
「随分、女を馬鹿にしてくれてるじゃん?」
「いつもくれるチョコはそういうコトだったわけ、ナオ?」
「あたしにくれるキャンディーも」
「あたしにだけって言ってたよね、イツキ。このキスミント」
「あっ、それ、あたしももらった!」
「ミント味のキスがいいって!」
「女の敵〜〜っ!」
もはや誰一人、勝負の行方に興味はなさそうだった。
二人を囲む女の子達の殺気はどんどん膨れ上がり、遠巻きに見つめる男性陣の固唾を呑む様子が伝わってくる。
「……こういう時、なんて言えばいいか知ってるか、イツキ?」
「アーメン、とでも言うしかねーんじゃね?」
悲壮感漂う二人が神妙に頷き合い、降参とばかりに両手を上げた。
* * * * * *
「次はこれいってみよっかな。クラシックチョコレート!」
「比奈さん……もう五個目なんだけど……」
「なんか文句ある?」
「いえありません。よく入るなっ〜て」
「デザートの入る場所は四次元ポケットに通じてるんだよ。知らなかった?」
「そ、そうですか」
結局、あのままダーツ勝負はうやむやになり、一転して平和な休日となった、翌日の土曜日。
あたしは例の有名スイーツの店で、思う存分天国の甘さを味わってるところ。全部小宮のオゴリで。
あの後、ナオとイツキの暴言にツノを立てた女性陣の怒りは凄まじく、二人は罰としてパンツ一丁に剥かれ、土下座することとなった。
普段から女グセの悪い二人のことだから、いい薬になったんじゃないかな。一体なんマタかけてたんだか。
抱いた女の数で競ってたとか、信じられない事実も発覚し、二人は当分の間、コナかけてた女の子達に下僕として仕えることになったとか。
ちょっと可哀想だけど自業自得だよね。小宮に貸してた本、『女をうまく扱える男になろう』とか、ナメてんのか的タイトルだったし。
クラブからの帰り道、『女ってこえぇ……』と肩を寄せ合って呟く二人と、それに頷く小宮は、すっかり意気投合してるように見えた。
イツキはもう小宮が話しかけても無視したりしなかった。きっと本人は意識してないんだろうけど。
それを見てあたしと麻美がこっそり後ろで笑ってたのはナイショ。
多分、ダーツ勝負はもう必要ない。
「そっちのモンブランも一口いい?」
小宮のツヤツヤした栗がのっかってるケーキを指差して言う。
「はいはい。いくらでもどうぞ」
諦めたようにお皿を差し出す小宮に、「そうじゃないっしょ?」と指摘すると、小宮の顔はいつものように真っ赤になる。
「結局、このパターンなんだよね……」
恥ずかしそうに目を伏せながら、ケーキを一口分、フォークで切り取り、「あーん」とあたしに向ける。もちろん、これも罰。今日一日は、何でもあたしの言うコトをきく約束なのだ。
あの後、小宮がナオとイツキに相談した内容、キッチリ聞かせてもらった。
『比奈さんの機嫌を損ねないようにするいい方法はないか。すねるとストレス発散に恥ずかしいことを要求してくるからなんとかしたい』
だって。それでまずコマメに声をかけること、完全にすねる前に機嫌をコントロールすること、手っ取り早いのは、モノをあげること、って言われたらしい。
ホントに失礼しちゃう。女の機嫌をコントロールしようだとか、ペットじゃないんだから。
小宮はそこまでは思ってなかったらしいけど、実践したから同罪。
最近ガチガチ症に悩んでたのも、あたしとスキンシップできないからじゃなくて、あたしにいじられる自分が男として情けないから、ってことだったらしい。
男らしくなりたい、って密かに研究してたらしいけど、それならそれで一言言ってくれれば良かったのに。そんな小宮を見てもやもやしてたあたしがバカみたいじゃん。まったく。
今日はとことん、やってほしかったこと、やってもらうもんねー。
「あと、口にクリームがついちゃったから取って」
「はいはい」
「そうじゃないっしょ?」
ナプキンを手に取る小宮ににっこり笑う。
小宮は最初ポカンとしてたけど、段々分かってきたのか、あわあわと真っ赤な顔で焦りだす。
「こっ、ここ、店、店の中だよっ」
「だから? 今日はお姫様の言うコト、何でも聞いてくれるんだよね?」
じんわりと湧き上がってくる意地悪な心とピンクのふわふわ。
今回のこと、あたしにも反省点はあるけど、好きなコほどいじめたくなるって言うじゃん? しょーがない。
明日からは気をつけるから、今日だけは、楽しませてもらおう。
少し身を乗り出して、王子様の決心を待つ。
あたしの大好きな純情王子様は、観念してため息をつき、ゆっくりと眼鏡を取った。
「気絶してた頃のが楽だったな……」
やがて唇に、甘い熱が降りてくる。
それをさくらんぼのようにたっぷり味わう、とってもとっても幸せな午後。
これひとつあれば、当分キャンディーはいらないよね♪
END