勝負開始だ!第十二話
その夜、軽快なダンスミュージックが流れるクラブの雰囲気は、いつもと同じようで、いつもとは少し違っていた。
躍ってる人が少ないし、みんなどことなくソワソワしてるし、DJのお兄さんが「バックミュージック、何がいい?」って訊いてくるし、知らない人が「頑張ってねー」なんて手を振ってくる。
そんなに盛り上がってるわけじゃないんだけど、静かに盛り上がってるってゆーか、期待の眼差しを感じる。小宮の横にいると。
「小宮、緊張してる?」
ソファーに座る小宮にジンジャエールを渡しながら訊く。
「ありがとう。それほどでもないかな」
小宮はさらりと答える。本当に緊張感なんて感じてなさそうな自然体で。
女の子に触るだとか、あたしとデートしてる時だとかは緊張しまくってるくせに、妙なところで肝が据わってるっていうか。
麻美があたしの横に立ったままジュースをズズッと一口吸い上げた。
「で、勝算はあんの?」
「五分五分だと思ってるよ」
なんとも頼もしいお答え。
でも根拠の無い自信じゃない。なんたって平日も血の滲むような練習した甲斐あって、小宮の腕は相当なものになったのだ。
イツキにもひけはとらないと思う。
「面白い勝負になりそうだね。……でもさ、ここんとこアンタとイツキとナオで良くつるんでたじゃん。今日のお昼も仲良さそうにしてたし。もう勝負とか必要ないんじゃない?」
あっ! そ、それはあたしも思ってたけど、一生懸命練習した小宮のやる気を削ぐのもなー、と思って言わなかったことなのに!
「あれは……仲良くしてるってほどじゃ……。それに、一応ケジメをつけなきゃいけないし」
真面目だなー小宮。
と。勝負前のひと時を過ごすあたし達のもとへ、またもや小宮を応援する集団がワイワイとやってきた。
「あのイツキと勝負すんだって!? すげーなアンタ!」
「アイツ、ダーツめっちゃうまいんだろ?」
「ねね? 一緒に写メとらない? カッコイーねーキミ!」
「応援してっから頑張れよ〜!」
小宮って、わりとどこ行っても人気者だよね……。毛色が違うカンジがウケてるんだろうか?
それにしても、カノジョのあたしが横にいるのに写メって……ブツブツ。
「あ……比奈さん。えと……飴、いる?」
頬が膨れ始めたところで、小宮から手が差し伸べられる。
手の平にのっかってるのは、さくらんぼ味のキャンディ。すっかり定番になりつつある。
「あ、いるいる!」
エサに釣られて尻尾を振るワンコみたいだけど、これ美味しいし、これをくれる時って小宮があたしを気にかけてくれてるみたいで素直に嬉しい。
単純だとは分かっていつつも喜んじゃうあたしってばやっぱりワンコ?
「んじゃ、そろそろ始めっか」
女の子達に袖を引かれて、ちょっと困り顔の小宮が腰を浮かしたところで、ナオがやってきた。ナイスタイミング!
「うん」
女の子に触られるのはまだまだ苦手。あたしの純情王子様はホッとした顔でナオのもとに向かう。
あたしも表情を引き締めてその後ろをついていった。
「ルールは簡単。三本の矢を投げて、合計点の高いほうの勝ち」
両手の指に三本ずつ矢を挟んで、掲げてみせるナオ。
小宮とイツキはナオの前に並んでそれぞれ頷く。
店の奥の照明は、ダンスフロアを照らすのとは別の白熱灯。壁に掛けられた二つのダーツボードをぼんやりと浮かび上がらせている。
「先攻は小宮。準備はいいか?」
ナオの確認に黙って頷く小宮。この順番はジャンケンで決まったものだ。
数歩前に出て、ダーツボードの正面に立つ。
あたしはその背中を見つめながら、ごくりと喉を鳴らした。
小宮がナオから受け取った矢を構える。
何度も見たポーズ。大丈夫。安定してる。
タンッ!
いい音が響いた。矢はBULLの上の赤い四角に納まってる。いきなりのトリプル20!
「ナイス小宮!」
思わず叫ぶ。
一週間前は的にかすりもしなかったのに、ホントに革命的な上達ぶりだ!
「へぇ……やるじゃん」
ここまでとは思ってなかったのか、初めてイツキの顔から余裕が消えた。
口元をわずかに引き攣らせて小宮を見る。あたしはスッと胸がすく思いだった。
うちのコはやる時はやるんです!
「じゃ、次は俺だな」
だらりと垂らした手にダーツ矢を持ち、小宮と同じ位置まで歩を進める。
さすがにイツキ。何をするでもなくプレッシャーを与えてくるその風格。多分、ボクシングとかやってるからだろう。打ち込む隙もない、って感じのオーラを纏ってる。
スッ、と無駄のない動きで腕が持ち上がった。
タンッ
うわっ!
その場にいる全員が息を呑んだ。
小宮に続けて、あっさりイツキもトリプル20を決めたのだ。