なんだか気になる第十話
「おはよ。よっ、小宮。頑張ってる?」
週明け、あたしと小宮が教室で日曜の成果のことを話してると、麻美が机の横にやってきて小宮の肩を叩いた。
「あ、おはよう、麻美さん。ダーツのことなら、この週末に結構頑張ったよ」
「すごいんだよ小宮! もうかなりの確率で真ん中に当たるようになったんだって!」
すかさず自分の功績みたいに自慢しちゃうあたし。だって嬉しいじゃん? こんなに輝いてるヒトがあたしのカレシだなんて。えへへ♪
「へぇ〜すごいね。どんだけ腕があがったかあたしも見てみたいけど……週末のお楽しみにとっておくかな」
「麻美も見に来るの?」
「もちろん。おもしろそーじゃん」
「ちょっと麻美! 小宮は真剣なんだよ! 真剣勝負! 友情のために火花を散らしあって血の海に沈むのはどっちだ的な戦いに赴く男をちゃかすなんてカノジョのあたしが許さない!」
「えっと……そんな流血沙汰になる勝負だったかな……?」
「一番ちゃかしてるのはオマエだ!」
スパーンと麻美にはたかれる。イテテ。
「お前ら芸人か。朝からナニ漫才してんだ」
と、クールなツッコミが横からやってきて、声のした方に顔を向けると、そこに呆れた顔のイツキとナオが立っていた。
「むむっ! 敵情視察ってやつだね、イツキ!」
「アホか。視察するほどの勝負じゃねーだろ。ナオがそいつにコレ渡しに行くっつーから、ついでにしけたツラでも拝んでやろーかと思ってついてきたんだよ」
イツキの説明にあわせてナオが手に持ってる長方形の包みを指差す。
ん? なんだそれ? 雑誌か何か?
「あっ! わっ、わっ、そ・それは後で、ナオくん!」
ってなんだこの小宮の慌てよう。
「わりー小宮。タイミング悪かったな」
片手をあげて謝るナオを一瞬怪訝な顔で見るイツキだけど、すぐに気を取り直して小宮をギロッと睨んだ。
「あと、ナオからダーツ教わったんだってな、お前」
「あ……うん」
ナオ、律儀にもイツキに報告したんだ。まぁ隠し事できるヤツじゃないから、さらっと言っちゃったんだろーな。
「で、少しはマシになったのかよ?」
「うん。百発百中とまでは言えないけど、大分狙ったところに当たるようになったよ」
「ふーん……ま、一方的っつーのもつまんねーし。せいぜい頑張んな」
挑発的な笑みを浮かべて小宮を見下ろす余裕しゃくしゃくのイツキにちょいムカ。
なにをーっ! 小宮だってやるときゃやるんだからね! やればできる子なんです!
鼻を鳴らしていきり立ってるあたしの横で、でも当の小宮はのん気に「あはは」な愛想顔。
コラコラ。緊張感ないぞ。
「じゃな、小宮」
気になる紙袋を持ったまま、ナオは自分達の教室に戻っていこうと体を反転させる。と、
「あっ、待って、ナオくん!」
小宮が席を立ち上がり、ナオの後を追いかけた。
「ホントに昨日はありがとう。その……アドバイスも」
教室の扉のところで、なにやら小声で話しかけてる。何度もお礼を言うなんて小宮らしいったら。
「ああ……ど? うまくいった?」
「うん! すっごく喜んでくれたよ!」
ん? 喜ぶ? なんの話?
「おい、お前らなにコソコソしてんだ」
イツキが怪訝な顔で突っ込む。するとにんまり笑ったナオがイツキの耳元になにやら囁いた。
「それがさ、おんもしれーんだよ小宮。あのさ……」
ごにょごにょ……うーん残念、聞こえない。
「ぶっ! ば、バカかオマエ、なにナオに相談してんだよっ!」
なんだなんだ!? 気になるぞー。イツキまで!
エッチな話か!? エッチな話なのか!? 男の生理とかそういうの!?
「あんなんに手こずってどーすんだ。情けなさすぎっぞ」
「だって僕こういうのよく分かんなくて……」
「まぁまぁイツキ。彼は品行方正な優等生クンだよ? 経験がないんだからしょーがないだろ? ここは俺達が手取り足取り、丁寧にご指導してやろーじゃないの。とりあえず、放課後ボクたちの教室にきなさい」
「は、はいっ! よろしくお願いします、先生!」
「って既に弟子入りかよ! それでコレか……お前ら真性のアホだな」
「あ、ちなみにコイツのアドバイスは全然ダメ。ただのムッツリスケベにゃ細かい駆け引きは教えらんねーよ」
「なっ……てめっ、誰がムッツリスケベだ! 付き合った女の数だって俺の方が多いだろっ!」
「そんだけ破局したってこと。俺の方が確実だから」
「了解です」
「ちょっ、待てオマエら! これでも俺はな」
「じゃ、放課後な」
「はい」
「聞けって! あ〜〜わかった! 俺もコイツの女々しいとこ叩き治すのに参加してやる!」
「はいはい、しょーがねーから入れてやるよ。でも有益な情報を頼むよイツキくん?」
「はっ! オマエよかよっぽど有益だっ! ただのエロにゃできねーテクを教えてやるよ!」
なんか……妙なコトになってるっぽいんだけど……。
大丈夫かな小宮? まさかエッチのやり方とか教わるつもりなんじゃ……。
小宮がソノ気になってくれたんなら嬉しいけど。あの二人に妙な知識を植えつけられて小宮がエロエロになったらちょっとイヤかも。
その時、予鈴が鳴って、ナオとイツキは慌てて自分の教室に戻っていった。
あたしも自分の席に戻って静かに座ったけど、小宮が気になってついそっちをチラチラ。
不意にこっちを見た小宮と目が合った。
途端、眼鏡の奥がぎくっと固まり、正面に向き直る。
なんだなんだ?
一限目が終わったところで、やっぱり気になるから、小宮の席に後ろからつつーっと忍び足。ぱっと前にまわりこみ、
「さっきの、三人でたのしそーに何の話をしてたのかなぁ〜なんて?」
体を横に傾け、上目線で、さりげなくないかもしんないけど、極めてさりげなく訊いてみた。
すると。
「えっ!? い、いや、別にっ。大した話じゃないからっ。気にするほどじゃないよ、うん」
逆にめちゃくちゃ怪しい挙動になってることに気付いてないのか、焦りまくって教科書をトントン片付けだした挙句、バサッとか滑らせて床に散乱させる小宮。
つくづく隠し事ができませんねキミ……。
「ふーん……言いたくないんなら別にいいけど?」
また唇がとんがっちゃう。ここんとことんがらせてばっかだよ、あたし。
でもハブにされたみたいで面白くないのはどうしようもないし。
「あ……あの、比奈さん。ごめんね?」
あたしがむくれたコトを察したのか。小宮は恐る恐るってな風にあたしの顔を覗き込んできた。
「いいよ。どうせエッチな話でもしてたんでしょ? オンナはそういう話する時には邪魔だもんね〜」
「えっ!? いやっ、あのっ、そのっ」
つーんとそっぽを向いて小宮が困るのを「ざまぁみろ」とばかりに内心愉しんだ。
と。
「比奈さん」
呼ばれて反射的に振り向くと、突然、何かが口の中に入ってきた。
「んんっ!?」
あまっ! なにコレ。飴?
びっくりしたけど美味しい。あ、これ、さくらんぼ味だ!
舌の上を甘くて丸いものがコロコロと転がる。
あたしの大好きな甘酸っぱい味が優しく口いっぱいに広がってウットリ。ん〜美味しい!
小宮を見ると、飴の包み紙を手の平にのせて「新発売だって。比奈さんが好きそうな味だな〜と思って」なんてニコッ。
それだけでもう、さっきの不機嫌なんかどっかに吹っ飛んじゃって。
なんかごまかされたような気がしなくもないけど、小宮がモノくれるなんて珍しいことだし。
ま、いっか。