お久しぶり〜の第一話
『コール中です』
もどかしい文字がディスプレイを点々と流れる。
あたしの大好きな名前の上に。
1秒。2秒。3秒。
そろそろかな? そろそろだよね?
携帯を握り締めた手が震えだす。
おあずけテンションはうなぎ昇り。そろそろMAXになろうかという時、ディスプレイの文字が、待望の「通話中」に変わった。
そして薄い筐体の小さなポツポツの穴から響いてくるのは。
『もしもし。比奈さん?』
きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
その声が聞こえた瞬間、携帯を握ったまま、ベッドに超ダイビング。布団の上をごろごろとイモムシみたいに転がり、壁にガツン! とか激突したりなんかして。
それでも痛みなんかなんのその、この名を叫ばずして今日という日は終わらない! とばかりに声を張りあげた。
「こっ、こみやぁぁぁぁ!!」
ハイそこ! 相変わらずのアホだとか言わない!
とゆーわけで皆さん、お久しぶりです!
もう忘れちゃったとか、淋しいコト言ってるヒトはいないよね?
そーです。『おいしいチェリーのいただきかた☆』の主人公、浜路比奈だよ〜ん!
前作で色々あったけど、現在はラブラブ街道爆進中。もと遊び人、現フツーの女子高生。純情少年ことあたしのダーリン、小宮啓介とアツアツの毎日を過ごす、多分、読者の3割くらいからは「こいつ刺したい」って思われてる脳みそ花畑なシアワセモノです♪
アホに磨きがかかってるのも見逃して!
だってあたし、小宮と付き合ってまだ二週間。青春ド真ん中なもんで、毎日ナチュラルハイ、なんだよね☆
小宮と携帯で電話するようになってからは、ますますテンションアップしちゃって。
あたしのために、あの時代遅れの小宮が、バイトまでして携帯電話を持ってくれたってのが、もう嬉しくて嬉しくて、えへへへ、まいったなこりゃ♪
『比奈さん、聞こえてる?』
「あ、うん、聞こえてるよ、小宮!」
突っ込まれてあたふたと返事する。
やばいやばい。またトリップしちゃってたよ、アタシ。
落としそうになった携帯を、慌てて掴みなおすと。
相変わらず気づかいの多い声が、少し焦ってるような響きを持って伝わってきた。
『比奈さんゴメン。僕、今、お風呂からあがったばかりだから、着替えるまで待っててくれる?』
「え? 着替え?」
『着信音が聞こえたから、慌ててバスタオルだけ巻いて部屋に戻ったんだ』
「バスタオルだけっ!?」
ととと、とゆうことは、今、小宮はバスタオル一枚の素っばだか!?
お、お着替え、手伝わせてくださいっ!!
『うん、だからちょっと待っててね』
言うなり小宮の気配は消え、ガサゴソと衣擦れみたいな音が聞こえてきた。
音量最大にしてるから、けっこう耳に痛い。布団の上かどっかに置いたなこりゃ。
こっちは何故かベッドの上に正座なんかしちゃったりして。
寝かせた携帯を前にスーハーと深呼吸。
邪念よ消えたまえ〜消えたまえ〜。
ああ腰のラインが色っぽいんだよなぁ小宮。風呂上りなんてほんのり桜色になっちゃって。
細いくせに筋肉はそこそこあるし、アレなんて結構太いほうじゃ……
ってヲ――――イ!!
なんだこの手は! なんの太さを確認してる手だっ!
バカバカあたしのヘンタイ! 小宮はあんなにピュアなのに、あたしってばどうしてこうエロエロなのぉぉぉ!!
『比奈さん?』
「ごめん小宮。あたし、明日から寺にこもる」
おそらく着替えて戻ってきた小宮にどんよりと伝える。
『へ? あの、またなんか飛躍してる?』
「だってだって、このままじゃタイヘンなコトしでかしちゃいそうで! 主に小宮に!」
『僕に!? ちょ、ちょっと落ち着いて。なんだかよくわからないけど、明日はまだ期末テストがあるから。とりあえずお寺はまた今度考えよう。ね?』
「こんな煩悩かかえたままテストなんてできない〜〜っ!」
『ぼ……どんな煩悩なんだか、聞きたいような聞きたくないような……』
「そりゃもう小宮を裸にひんむいてあーんなことやこーんなことを」
『すみません。僕が悪かったです』
「うっ。うっ。もしあたしが小宮に襲いかかっても、嫌いにならないでくれる?」
『そ、それは……。えっと、できればそういう時は、自然ななりゆきで……その……したいから…………てゆーか僕のほうこそ、不甲斐なくて』
照れと優しさが混じった声が、あたしをほんわりとあったかく包む。
それがどれだけあたしを救ってくれてるか、小宮はわかってないんだろうな。
「ううん、ゆっくり小宮のペースでいいんだよ」
あたしはほっこりしたキモチで言った。
『ごめんね。ホントにごめん。もっと強くなりたいんだけど……』
だけど小宮の声は、段々と落ち込んできて。
ありゃ。また始まった。
ふう……。思わずため息。
相変わらずチェリーでガチガチ症なコト、あたしはそれほど気にしてないのに。小宮はやたら気にする。
そりゃ、滅多に抱き締めてくれないとか、キスも数えるほどだとか、ほとんどスキンシップはあたしからとか、オンナとしての不満もなくはないけど。
そんな小宮が好きなんだからしょうがない。
それよりあたしを大事にしてくれてることへの嬉しさが数倍勝ってるわけで。
こんなに幸せいっぱいなんだから、そんなに気負うことないのに。小宮は真面目だから。
毎日、何かを思い悩んでる風にため息ついたり、なんかの本をコソコソ読んだりしてるのをバッチリ目撃しちゃってるワケなんだけど。
逆にそっちの方が不安だよ〜〜!
思い悩んだ末、やっぱり別れようって言い出さないかとか、こっちまで悩ましくなってくるじゃん!
「大丈夫だってば! あたしが発情しすぎなの! それより明日でテスト終わるからさ、放課後あそぼーね?」
あたしはムリヤリ話題を切り替えた。
そうなのだ。明日でユーウツな期末テストが終わるのだ!
『そうだね。ショッピングにでも行こうか』
「うん、麻美も誘ってお茶とかもしよ!」
結果のことは微塵も考えない。コレ基本。
あ、ちなみに麻美ってのは、忘れてる人もいるかもしれないけど、あたしの唯一無二の親友ね。桐生麻美。フルネーム紹介は初めてかな?
と、
『桐生さんも? あ、それなら……』
電話の向こうで、なにやら考えてる風な間があった後、
『イツキ君も誘っていい?』
熱のこもった声が伝わってきた。
「えっ。またアタックするの小宮?」
あ、思わず「また」とか言っちゃった。やる気の小宮に水を差すようなことを。
でもそんなんでへこたれるような小宮じゃないってことは重々承知。
『うん。僕らの間には垣根なんかないってこと、証明したいから』
普通は口に出して言わないような恥ずかしいコトを真顔で言えちゃうのが小宮のすごいトコロ。
真剣にイツキと友達になろうと思ってるんだ。
イツキはあたしの遊び仲間。淋しい夜からあたしを救ってくれた大事な友達。
それが、優等生嫌いのせいか、あたしと仲良くし始めた小宮に絡んできて。こないだはかなり険悪なムードになった。
だけど最後には小宮のコト認めてくれて。
小宮がボロボロにされたのは嫌だったけど、今は感謝している。あたしが小宮を好きだって自覚できたの、半分イツキのおかげだから。
そんでもって、「もうお前は仲間じゃねぇ」なんて言われたけど、あたしはイツキと友達でいたいから、気にせずいつものように接してたら、最初はぎくしゃくしてたイツキだったけど、段々おふざけに応えてくれるようになって、今じゃもうほとんど以前のように話せる仲に戻った。
だけど。それはあたしの話なわけで。
友達になりたい宣言した小宮を、イツキがそう簡単に受け入れるはずもなく。
小宮は毎日イツキに話しかけたり、遊びに誘ったりしてるらしいんだけど、まったく相手にされてないっていう、気の毒なハナシ。
イツキは意地っ張りだから、ちょっとやそっとじゃ気を許さないだろうってのは予測ついてたけど。ここまで無視されてるカレシを見るのは忍びない。
「一生懸命なのは分かるけどさ、小宮。あんまりしつこすぎるのは逆効果だよ?」
あたしはやんわりとアドバイスした。
『えっ。そうなの?』
「男女の駆け引きでもね。追われれば逃げるもんなんだよ。ぶっちゃけ、うぜぇなコイツ、て多分思われてるよ」
『う、うざい……』
どどーん、てなカンジに一気に空気が重たくなる。あ、ぶっちゃけすぎた?
でもこのままただつきまとってても、イツキは意固地になるだけで、むしろどんどん嫌われていく可能性のが高い、なんて思うのはホントのことだし。
「ま、まぁ、イツキのことは心の片隅で気にかけるくらいにとどめておいてさ。あたしとの青春を楽しむほうにもっとエネルギーを注いでよね」
あたしはフォロー気味に明るい声で言った。
そうなのだ。
ここのところ、小宮ってばあたしをデートに誘うより熱心に、イツキを誘ってたりするのだ。
それって、付き合いたてのカノジョとしてはちょっと淋しくない?
『う、うん。ごめん。もっと頑張るよ』
何を頑張るんだ、何を。
何事にも真剣なのはいいけどさ。思い詰めるよりまずは楽しもう! って派のあたしとしては、とにかくイチャイチャしてくれればいいわけで。
「小宮。ちゅーして」
ストレートにお願いしてみましたー!
『え!? で、電話で?』
「うん、チュッ☆ って言ってくれればいいから♪」
どんがらがっしゃん。
電話の向こうで何かをひっくり返す音。
うは。慌ててる慌ててる。超焦ってる!
「このくらい、らぶらぶナイトトークの基本だよ! 今こそスキルアップの成果を見せるんだ小宮!」
『ちょ、ちょっと待って! とりあえず息を整えるから!』
って、本当に深呼吸してるよ! スーハースーハー。
そ、そこまで真剣に取り組むことか? どんだけ素直なんだか小宮! 面白すぎる〜っ。
もっといじりたくなるよね。更なる催促をしてみちゃったり。でも笑いをかみ殺せず、震える声になっちゃって。
「くっ、こ、小宮、はやぐじでぇ〜」
『むっ……比奈さん、またからかってるでしょ?』
あ、さすがに気付かれたか。
小宮の真っ赤なしかめっ面まで浮かんでくるくらい、スネスネな声がこれまた。
「だって、小宮カワイイんだも〜〜んっ」
『明日の勉強があるでしょ? もう切るからねっ』
「だめぇ〜〜! 最後にチュッ!」
『恥ずかしいってば!』
ちぇー。
戻らなきゃいけない現実が過酷な時ほど夢の時間をひきのばしたくなるってもんでしょ。
ああ……この後テスト勉強しなきゃいけないかと思うと……。
小宮の脳みそが欲しい。マジ欲しい。
「どうせ小宮は今更勉強なんてしなくても楽勝だろーけどさ。あたしは明日が終わるまで地獄なんだもん。楽しみといったら小宮とのナイトトークだけで」
まぁ、よーするに現実逃避だよね。
それに小宮をつきあわせちゃって悪いな〜とは思うけど。
優等生なカレシがちょっと小憎らしい部分もあったり。
『夏休みになったら、いっぱい遊びにいこう。だから今日だけ、もう少し頑張って』
う。泣かせるセリフ。
「うん、約束だよ。いっぱい遊ぼうね!」
『サイクリングでもハイキングでもショッピングでも』
「映画と遊園地と海もね! えへへ♪ じゃあ頑張る! うん、あと一日だもんね!」
仕方ない。応援してくれるカレシのためにも頑張りますか。でも。
「そゆわけで、最後にチュ☆」
『結局そこに戻るの!?』
「えへへへ。冗談、冗談。おやすみねー小宮」
『もう……比奈さん、手になにかついてない?』
言われて思わず手の平を見ると。
「え?」
『ちゅっ。おやすみ』
プツッ
電話が切れた。
え? え? え?
思わず携帯を握り締めたままポカーン。
チュッて言った? 小宮がチュッて言ってくれた!?
ちょっ、人の気を逸らせたスキにって、どういう高等テク使ってくるんだ小宮〜〜〜〜!
あまりの不意打ちに腰くだけ。
頭んなか、まっピンク一色でふわふわふわ。
久しぶりのふわふわに包まれたあたしは、それから一時間、病的なまでの大興奮で布団の上を転がりまくり、何度も壁に頭をぶつける、かなりヤバめの人と化したのだった。
全国のみなさま、すみません。
超しあわせです☆