第3話「お伽話は真になるか(前編)」(仮題)
前回のあらすじ
主人公は思い出の品を見つけた。
自分の目元と縫い包みに落ちた涙をそっと拭う。
「、、、泣いたのなんて、いつ振りだろう。」
そのまましばらく縫い包みを抱きしめて、郷愁に浸っていた。
思い出されるのは、まだ心も体も幼く、いつか王子様が自分を迎えに来てくれるのを夢見てたあの頃の事。
女の子らしく、可愛らしくありたいと一番強く思っていた時期だ。
『こうして王子様とお姫様は幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。』
『いいなぁ。わたしにもいつかおおじさまがむかえにきてくれるかな?
おかあさん、おかあさんにとってのおおじさまっておとうさんだよね?』
母は絵本を閉じて、いたずらっぽく微笑みながら、小さい私の鼻先を軽くつついた。
『あら、違うわね。お母さんにとっての王子様はひろちゃんよ。』
『えー、なんで? わたしおひめさまがいい!』
『お父さんは白馬だから、馬よ、馬。その馬に乗ってひろちゃんが来てくれたんだから。ひろちゃんにはひろちゃんにとっての王子様が迎えに来てくれるわよ。』
私にとっての王子様が来てくれる。そう聞いた小さい私は頬を桃色に染めて母に詰め寄った。
『ほんと?』
『きっと来るわ。』
『いつくる? すぐくる?』
『もうひろちゃんてばせっかちなんだから。』
仕方のない子だと母は困ったように笑い、小さい私の頭を撫でた。
私はお姫様に憧れるようになり、可愛いものやキラキラしたものを集めるようになった。
テレビで好きになったキャラは私の中のお姫様のイメージに近いものだった。
私はその子を真似してリボンを付けるようになった。
このピンクの水玉のリボンは母が5歳の誕生日に買ってくれたものだった。その日から毎日付けて過ごした。付けない日、付けないという選択肢は無かった。
ずっと付けていればこれを目印に王子様が私を見つけてくれるのだと、私の中で勝手にジンクスを作っていたのだ。
そんな紛い物のおまじないは効くことがなかったが。
「待ってるだけじゃ意味ないものね。今日は出かけるから素敵な出会いがあると良いのだけれど。」
「すてきな人にであえるといいね。ぼく、応えんしてるよ。」
「ありがとう、アーニャ。」
縫い包みで自分を励ます。一息ついて、縫い包みを定位置の枕元に置き、台所に立った。
「何があったかなぁ。」
冷蔵庫を開けると、卵、ベーコン、レタス、牛乳、その他調味料が並んでいた。
「サンドイッチでいいか。」
薄切りのベーコンを油を熱したフライパンに入れ、カリッと焼き上げ皿に出す。
卵と牛乳をボウルに溶きほぐし、ベーコンを焼いたフライパンにそのまま投入。素早くかき混ぜて強火で焼く。
レタスの葉を二枚もぎ、軽く流水で洗って大雑把にちぎる。
全てをトースターできつね色に焼いた食パンに乗せ、もう一枚の食パンで挟む。
「サンドイッチの完成。頂きます。」
包丁で四等分に四角く切って食べやすくする。それを片手で摘んで、牛乳を飲みながらチビチビと食した。
「うん。美味しい。」
サンドイッチのパンは通常焼かないが、私は焼いている方が好きだ。
コンビニで買った時も、家に持ち帰る時は一度トースターで焼いてから食べる。そうすると温かいし、カリカリで美味しいのだ。
腹を満たした私はタンスとベッドの間にある化粧台に座り、薄化粧をした。
白めのファンデーション、ピンク色のチークとアイシャドウ、それに口紅。
アイシャドウは泣き跡が残る目元に少しだけ厚く置いた。これでだいぶ誤魔化せただろう。
財布、ハンカチ、ポケットテッシュ、スマートフォンを小さめのショルダーバッグに入れて、腕時計を付ける。
これで外出の準備は整った。
「その前にお花を摘みに。」
トイレを出た私は、ふと枕元の縫い包みを見た。年季が入おり、毛がへたってしまっているし、最初の頃より黒ずんできている。
小さい頃は母が時たまに洗濯機で洗ってくれたが、一人暮らしを始めてからはそういえば一度も洗っていなかった。
「クリーニングに出そうかな、、、。」
自分で洗濯機に入れて洗うのでも良いかもしれないが、乾かす場所が無い。そこそこ大きいので洗濯バサミで吊るしているといつのまにか落ちてしまうことも考えられる。
それにクリーニングに出せば自分で洗うより綺麗になるし、元のフワフワの毛に戻る気がするのだ。
「よし。持って行こう。」
縫い包みに布団を巻きつけ、扉を開けた。
「行ってきます。」
第4話「お伽話は真になるか(中編)」(仮題)に続く。