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第捌話 左右対称両手に華

ブックマーク等ありがとうございます。

 家から徒歩二十分。病院と大体同じ程の距離に在る、私立上善寺学園。


 開校してから三十年程であるが、定期的に改修工事をしているらしく、設備は良く、外観も開校当初の(おもむき)有る様相だ。


 敷地も広く、設備も充実。制服も、少し古風なブレザータイプだけれど、決して古臭くなく、けれど何処か郷愁を感じる見た目がまた他校の生徒には憧れの的になっている。


 この地域の中学生に進学するなら何処が良いか聞けば、八割方は上善寺学園と答えるだろう。


 雪緒は家から程良く近く、また姉も通っているので勉強を教えてもらい易いからという理由で上善寺に決めたけれど。中学の時、クラスの大半は上善寺が良いと言っていた。


 因みに、明乃は制服が可愛いと言う理由で選んでいた。


 ともあれ、ここまで良しが揃っているのであれば、雪緒としても不満は無い。学食も購買部も人気があるとなればなおの事だ。


 しかして、それとこれとは話が別である。


 いくら良い事尽くしの学校でも、一週間も出遅れたとあればとても気まずい。


 しかも、雷に撃たれて入院だなんて前代未聞だろう。世界的に考えれば事例は有るかもしれないけれど、この地域に限って言えば雪緒くらいだろう。


「だからと言って、休むなんて選択肢は無いしな……」


 明乃と繁治には心配をかけたのだ。学校に行けませんでしたと言って心配をかける訳にはいかない。


 雪緒は一つ溜息を吐きながら、気の進まない足を無理矢理に動かし、職員室を目指す。


 登校してきたらまずは職員室に寄るように言われているのだ。


 気重(きおも)過ぎて少しだけ胃がキリキリしながらも昇降口に到着する。と、不意に声をかけられる。


「お早う。君が道明寺雪緒くんかな?」


 下ばかり見ていて目の前に誰かが居ることに気付かなかった。


 雪緒は慌てて顔を上げる。


 そこには、綺麗な黒髪を肩辺りまで伸ばした美人が立っていた。


 少し驚きながらも、雪緒は返事をする。


「え、ああ、はい。俺が道明寺雪緒です」


「そうか。間違えていなくて良かったよ。私は小野木(おのぎ)(あざみ)。君のクラスの担任だよ」


「あ、どうも」


 担任と聞いて、ぺこりと頭を下げる雪緒。


「そろそろ君が来る頃合いだと思ってね。待っていたんだ」


「そうなんですか? すみません、お待たせしてしまって」


 待っていたと聞いて謝る雪緒。


「ああ、気にしないでくれ。待っていたと言っても、ほんの五分程だ。それに、職員室なんてあまり入りたくないだろう? さて、それじゃあ行こうか。君の下駄箱の場所も教えよう」


 そう言って、校舎に入っていく小野木。


 雪緒は小野木の後に黙って着いていく。


「君の下駄箱はここ。下駄箱は学年とクラスに別れてる。君は(いち)(よん)組だ」


「あの、先生。一と四が難しい漢字なのは理由が?」


「あぁ、それは理事長の意向だそうだよ。なんでも、その方が趣があるからだそうだ。あ、テストや教科書にクラスを書くときは簡単な方で良いよ。いちいち書くのも面倒だからね」


 言って、くすりと笑う小野木。


 これだけ気さくで美人なら、さぞ生徒や男性教員に人気があるんだろうなと思う雪緒。


 事実、雪緒の考えは正しく、小野木は生徒や男性教員にとても人気がある。小野木の気さくで面倒見の良い性格もあって、好きと言うよりも慕うと言う割合も多い。そしてそれは女子生徒も例外ではなく、姉のように慕う生徒も少なくない。


 気さくで面倒見の良い性格もあり、小野木は教室に着くまで雪緒と何気ない会話をする。会話も、声は大きくならず、授業の迷惑にならない程度の声量だ。


 こういう気遣いも出来るところもモテる理由なんだろうなと思いながら、雪緒も声を抑えて小野木と無難に会話をする。


「さて、ここが君の教室だ。ちょっと待ってて」


 言って、扉をノックしてから、少しだけ扉を開け、ひょこっと顔を覗かせる小野木。


 小野木には愛嬌も有り。と謎のメモをする雪緒。


「九条先生、道明寺くんが来ました」


「ああ、分かりました。それでは皆さん、授業は一時中断にしますね。それでは小野木先生、どうぞ」


「ありがとうございます。道明寺くん、入って」


「は、はい」


 小野木が扉を開け、雪緒に教室に入るように促す。


 雪緒は小野木に促されるまま教室に入る。


 教室中の視線が雪緒に突き刺さる。


 「目付き悪ーい」「でもちょっと格好良くない?」「結構がたい良いな」「雷に打たれた割に元気そうだな」「タッパもあるな」「サッカー部誘うか?」「ちょっと恐そうかも」


 等々、ひそひそと密やかに会話をする級友諸君。


 目付きが悪いのは母親譲り。格好良いはもっと言ってくれ。


「はいはいお静かに」


 雪緒が教壇の横に立つと、小野木が手を叩いてクラスメイトを静める。


「それじゃあ道明寺くん、自己紹介して」


 促され、雪緒は口を開く。


「道明寺雪緒です。一週間程遅れましたが、仲良くしてくれると嬉しいです」


 無難にそれだけ言って、ぺこりと頭を下げる。


 雪緒が頭を下げれば、ぱちぱちと(まば)らに拍手が起こる。


「それじゃあ、道明寺くんの席はあそこね。九条先生、お時間頂いてすみません」


「いえいえ」


 教員二人の会話を背に、雪緒は指定された席へと向かう。


 一つだけ空いている席なのでどの席か迷うことは無く、すぐに席に着く。


「それでは、失礼します」


 役目が終わった小野木が教室を後にする。


「それじゃあ、授業を再開しようか。あ、道明寺くん、教科書は持ってるかい?」


「いえ、まだ貰ってません」


「それじゃあ、隣の人に見せてもらって」


「はい」


 返事をし、困惑する。


 いや、どっちの?


 そう。雪緒の席は両隣が居るのだ。つまり、どちらにでも借りることは出来るのだけれど、だからこそどちらに声をかければ良いのか分からないのだ。


 隣の人の名前も分からないし、下を向いて歩いていたせいか、両隣の性別すら分からない。


 詰んだ、どうしよう。


 これならば名指しで言ってもらった方が救いがあった。いや、名前を言われても分からないけど、少なくとも名前を言われた方はアクションを起こしてくれるはずだから。


 どうしようと雪緒が悩んでいると、ちょんちょんと左隣から肩を(つつ)かれる。


「道明寺くん、私の教科書を貸してあげる」


 そう言って、彼女は机をくっつけて来る。


 すわ、ラブコメの予感か!? と思ったのも束の間、雪緒はそう言ってきた人物が誰か分かると途端に冷静になる。


「なんだ、土御門(つちみかど)か」


「なんだとは何よ。人が折角知り合いのよしみで見せてあげようって言うのに」


 そう言って、不機嫌そうに雪緒を見るのは、雪緒の中学からの知り合いである土御門(ほのか)である。


 彼女は、雪緒のスマホに唯一家族以外に連絡先が登録されている異性である。


 かと言って、友達という訳でも無く、頻繁に連絡を取る仲というわけでもない。そもそも、連絡先を交換してから一度もメールや電話をした事が無い。連絡先を交換した意味があるのか不思議な程だ。


「いや、知らない人に話し掛けられたかと思って身構えてたんだ。土御門で安心した」


 少なくとも、土御門は知らない人ではない。さりとて、良く知る人物という訳でもないけれど。


「なるほどね。悪気が無いのは分かったよ。それより、ほら、ノート開いて」


「ああ」


 少なくとも知っている人物が居ることに安堵した雪緒は、土御門に教科書を見せてもらいながら授業を受けた。


 今日の授業は全て座学。六時限目が美術だが、座っていることには変わりが無い。


 ともあれ、座学となれば、土御門に教科書を見せて貰わなくてはいけないことは必至。


 半分ずつだと教科書が見づらいなと思いながら、雪緒は午前の授業を乗り切った。





 午前の授業を無事に乗り切りお昼休み。


 授業間の小休憩はあったけれど、その時には誰も話し掛けてこなかった。


 雪緒が話し掛けづらい雰囲気を出しているからか、それとも先程密やかな会話の中にあったように、雪緒が恐そうに見えるからか。それともはたまた雪緒に興味が無いからか。


 いや、どの可能性も低いことは分かる。なにせ、雪緒に興味を示してちらちらと盗み見ている人が何人か居るからだ。


 では何故雪緒に声が掛けられないのか。


 それは、土御門とは真逆の席に座る少女に問題があった。


「でさぁ、親がウチの好きなようにやらせてくれないわけ! 酷くない? ウチもう高校生だよ? やりたいことの一つや二つはあるってーの!」


「だねー。加代(かよ)の言うことも聞いてくれても良いと思うよー。高校生(こーこーせい)なら、やりたいことの一つや二つあるもんね。んで、加代は何がしたいの?」


「ふつーにオシャレしたいからバイトがしたい。つったらバイトなんてしなくてもお小遣やるって言うんだよ? それじゃあ足りないし申し訳ないからバイトしようっつうんにさ」


「加代は偉いねぇ。あたしは気付いたらコスメとか増えてるから……」


「そっちのが羨ましいっつうの! 青子(あおこ)は良いよねぇ、そういうの困んなそうで」


「まーねー。パパ、直ぐ何か買ってくるから、逆に物が多くて困ってるって感じ。あ、加代に何個かあげよっか?」


「それじゃあ青子にも青子パパにも悪いっしょ」


「じゃあウチでバイトする?」


「メイド? お帰りなさいませお嬢様(じょーさまー)って?」


 言って、ぺこりとお辞儀をすれば、二人してあははと賑やかに笑う。


 そう、今絶賛楽しそうに会話をしている彼女達が問題だ。


 片方の、親に負担をかけたくなくてバイトをしようと思っている、雷に撃たれる雪緒よりも親孝行なギャルは別段問題では無い。何処にでも居る、可愛らしいギャルだ。


 しかし、もう片方のギャルは問題だ。


 名前は上善寺(・・・)青子。そう、この上善寺学園の理事長の愛娘(まなむすめ)である。


 彼女達の会話からも分かる通り、上善寺はとても親に甘やかされている。そして、親も上善寺を溺愛しているように思える。


 そして、このギャル二人はとても見目が良い。比較的、クラスの女子とも仲が宜しい様子。


 そんな立場的に近寄りがたい二人ーー主に上善寺ーーが雪緒の隣に居るのだ。話している内に彼女達に粗相をしてしまった日には睨まれることは必至。そうでなくても、彼女達が気に食わないと言ってネガティブな情報を吹聴して回ればその者はクラスで過ごしづらくなるだろう。


 そんな思惑もあり、雪緒に話し掛けたいが二人が怖くて近寄れない、といった者が多数居るのだ。


 しかし、それならば雪緒が場所を移すなり、自分から移動するなりすれば良いだけの話だ。けれど、それも出来ない。何故ならーー


「道明寺くん、雷に打たれたのに火傷一つ無いの? 雷って、脳天直撃したの? 禿げてないの?」


 ーー隣に座る土御門が猛烈に話し掛けて来るからだ。


 小休憩の度に話し掛けて来るので何処にも行けず、しかも会話のネタが尽きないのか会話が続く続く。区切るタイミングも無く、続きが次の小休憩に持ち越しになるのだ。


 まぁ、それだけであれば話に入ろうと思う人も居ただろう。しかし、そうはならない。


 何故なら、土御門仄もまた美形であるからだ。


 美形、それも少し近寄りがたいタイプの美形だ。上善寺が温和で近寄り易い雰囲気なのに対し、土御門は寡黙で冷たげな近寄りがたい雰囲気なのだ。近しい人物を挙げるのであれば、清明が挙がるだろう。


 本当に何故こんな美人が自分の知り合いなのか疑問に思う。


「ねぇ、道明寺くん、聞いてる?」


「ああ、聞いてない」


「は?」


「ごめんなさいぼーっとしてましたさーせんした」


 素直に答えれば凄みのある返答を頂いたので、慌てて謝罪をする雪緒。同級生にする対応とは思えない程冷たい対応に、雪緒の心は少し折れかけていた。


 雪緒が謝ると、土御門は不機嫌そうな顔で言う。


「人の話を聞かないのは良くないと思うの」


「ごめんなさい」


「宜しい。それよりも、お昼だね。お弁当は持ってきたの?」


「いや、持って来てない。学食で済まそうかなって」


「なら、学食行きましょうか」


「え、一緒に行くの?」


「何? 嫌?」


「嫌ではないけど、土御門には一緒に食べる友達とか居るんじゃって……」


「それなら安心して。私、まだ友達一人も居ないから」


「安心できる要素がねー……」


 つまり、土御門はかっこうの話し相手を見付けて、それで珍しくマシンガントークをしてしまったというわけだ。


 雪緒の知る土御門は決して口数の多い方ではなく、普段は聞き役に回るような人物だ。それが珍しく猛烈に話し掛けて来ると思えば、友達が居なかったのか。


「それに、道明寺くん学食の場所知ってるの?」


「知ってるよ。校内図には目を通してある」


 目を通したのは昨日だけれど、学食と購買、一年の教室がある階は把握している。お昼を準備できないと分かってたから、(あらかじ)め目を通しておいたのだ。


「あら、準備が良いのね」


「昼が準備できないって分かってたからな」


「ご家族の方は? 確か、お姉さんが居たわよね?」


「姉さんは料理はからっきしだ。俺か父さんが弁当とか作ってるくらいだからな」


「それは……」


 土御門がなんて言って良いのか分からないという顔をする。


「……まぁ、弁当云々は置いておいてだ。学食行こうぜ」


「あら、良いのかしら?」


「一人で食うよりはマシだよ。それに、さっきも言ったけど嫌って訳じゃないしさ」


 少なくとも、全く知らない場所で一人でご飯を食べるよりは、話したことのある土御門と一緒にご飯を食べる方が気は休まる。


 それに、おそらく土御門も雪緒と同じ心境だったのだろう。


 まだ友達がいないと言っていたので、今まで一人でお昼ご飯を食べていたのだろう。そう思うと、同じ境遇の者同士一緒に食べるのも悪くないと思えた。


「……それじゃあ、一緒に行きましょうか」


「おう」


 土御門はお弁当を持って、雪緒は財布だけ持って教室を後にする。


 二人が後にした教室では、二人がどういう間柄か等、なんとも高校生らしい会話の種になった。

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